研究課題別中間評価結果

1.研究課題名
ゲノムインプリンティング制御の分子機構
2.研究代表者名
押村 光雄 (鳥取大学 医学部 教授)
3.研究概要
 新規インプリント遺伝子の発見や制御メカニズムの解明はヒトの疾患の原因の解明や治療法の開発に極めて重要であり、研究者は新規インプリント遺伝子の同定システムや制御メカニズムの解析システムの確立を行ってきた。これらのシステムを用いてゲノムインプリンティングの制御メカニズム、生物学的意義やヒトの疾病との関わりを明かにしつつある。
4.中間評価結果
4−1.研究の進捗状況と今後の見込み
(1)ゲノム刷り込みを受けるヒト遺伝子の単離
  1. 親由来の明らかなヒト染色体1本を保持するマウスA9細胞のライブラリーを作製した。
  2. 刷り込み候補領域に位置する計2,000のEST(expressed sequence tag)を用い、父方と母方のヒト染色体を保持するA9細胞において、親由来により異なる発現を示すESTのスクリーニングを行った。
  3. 過成長症候群であるBeckwith-Wiedemann症候群(BWS)の原因遺伝子座の同定を試みた。
(2)ゲノムインプリンティング制御機構の解析
  1. ヒト11番染色体上に存在するH19遺伝子の刷り込み制御機構を明らかにする目的で、父方と母方の11番染色体をマウス未分化細胞株に移入し、H19の発現パターンについて検討を行った。
  2. 胎盤哺乳類と非胎盤哺乳類における刷り込み維持機構の保存性を明らかにする目的で、染色体移入法を用い、ヒト11番染色体を保持するA9、m5S(マウス)、BP6T(ハムスター)、FM7(インドホエジカ)、PTK1(ラットカンガルー)、DT40(ニワトリ)細胞を樹立し、これらの細胞におけるH19遺伝子の刷り込み状態の検討を行った。
(3)インプリンティングセンター(IC)の同定
  1. DT40細胞を用いたて、ヒト11番染色体上のLIT1 CpGアイランド領域を欠失した改変染色体を作製し、LIT1および近傍に位置するインプリント遺伝子の発現パターンについて検討を行った。
  2. DT40細胞を用い、ヒトH5'側上流のインプリンティングセンターとして機能する可能性の考えられる父方特異的にメチル化を受ける反復配列を除去し、その改変領域の機能の解析を行っている。
(4)インプリンティング異常の発がんにおける役割と個体差に関する研究
  1. 大腸がんにおけるインプリンティング異常とゲノム不安定性について検討した。  
4−2.研究成果の現状と今後の見込み
(1)ゲノム刷り込みを受けるヒト遺伝子の単離
  1. 10種のヒト染色体については、父親と母親由来の染色体を各々保持するマウスA9細胞が得られた。さらに、ヒト遺伝子の刷り込み状態はマウス細胞中においても安定に維持されていることが明らかになった。
  2. ESTを用いたヒトインプリント遺伝子の系統的探索をしたところ、5つについては実際にヒト正常体細胞で刷り込みをうける新規のインプリント遺伝子であることが明らかとなった。親由来の明らかなヒト染色体を保持するマウス細胞を用いることにより、刷り込みを受けるヒト遺伝子の系統的な探索を容易に行うことが可能になった。
  3. 11p15領域に位置するLIT1については、Beckwith-Wiedemann症候群(BWS)の染色体転座点に位置する新規のインプリント遺伝子であり、BWSの原因遺伝子座であることを明らかにした。また、LIT1はBWSの責任遺伝子座であると考えられる。
 今後は新規のヒトインプリント遺伝子の単離、機能解明、さらにはその異常とがんを含めた種々の疾患との関わりを明らかにする。
(2)ゲノムインプリンティング制御機構の解析
  1. 体細胞では、刷り込みによる遺伝子の不活性化は可逆的であり、その表現パターンに関わらず遺伝子あるいは染色体領域はその親起源を記憶している。H19の発現パターンを直接的にコントロールする修飾因子に加え、生殖系列を経なければ消去することのできないインプリンティングセンターが存在し、分化細胞における発現パターンを制御していることが示唆された。
  2. ヒト染色体上の親由来の情報は有胎盤類以外の細胞においても維持されるが、発現パターンの制御機構は胎盤哺乳類と非胎盤哺乳類では異なり、少なくともヒトの刷り込みは非胎盤哺乳類においては機能しないことを示唆している。鳥類や有袋類ではインプリント遺伝子のマークやマークを認識する機構が存在しないと考えられるので、今後はマーク付けやその認識に関わる染色体、さらに遺伝子の同定を行う。
(3)インプリンティングセンター(IC)の同定
  1. LIT1CpGアイランドはLIT1,KvLQT1,SMS4の3つのインプリント遺伝子の刷り込みに必須であることが示唆された。DT40細胞を用いたヒト染色体改変技術は、ゲノム刷り込み減少など染色体ドメインレベルにおける遺伝子発現の制御機構を解明するためにきわめて有用であると考えられる。
 今後は、インプリント遺伝子の上流を欠失させ、さらに、その染色体をES細胞に導入、キメラマウスを作製し、生殖細胞を通過させることにより、一次インプリントを担う領域を決定し、その部位に結合するタンパク質の同定を行う予定である。
(4)インプリンティング異常の発がんにおける役割と個体差に関する研究
  1. 大腸がんでLIT1遺伝子のインプリンティング異常が高頻度に観察され、LIT1が何らかの役割を果たしている可能性が示唆された。
 今後は種々のがん細胞について、がん化に関わるインプリント遺伝子を同定する。また、血液細胞のインプリント遺伝子の発現パターンを健常人とがん患者において解析し、がん素因としてのゲノムインプリンティングの発現パターンの関与を検討する。
4−3.総合的評価
 限られた分野であるが、生物学的には極めて興味深い現象に対して正面から対峙し、地道に研究を進めている。成果も上りつつあり、特に遺伝疾患の一つ、Beckwith-Wiedemann症候群の遺伝子座を決め、antisenseRNAが関与していることを見出したことは高く評価される。
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