研究課題別中間評価結果

1.研究課題名
ゲノム全遺伝子の発現ヒエラルキー決定機構の解明
2.研究代表者名
石浜 明 (国立遺伝学研究所 分子遺伝研究系研究主幹/教授)
3.研究概要
 転写酵素RNAポリメラーゼが、ゲノム全遺伝子から発現遺伝子を選択し、またそれぞれの発現水準を決め、遺伝子間の発現水準の順位を決定しているという理論を提唱し、その実証を目指した研究を実施した。研究対象として、主として原核生物の代表として大腸菌と、真核生物の代表として分裂酵母を利用して解析した。また、RNAポリメラーゼの機能特異性変化の典型として、細菌および動植物ウイルスについても解析した。
 これまでに、大腸菌RNAポリメラーゼが、その生育環境で、構造と機能特異性を変換し、転写遺伝子のスペクトラムが変換する包括制御機構の解明が進んだ。一方、分裂酵母では、RNAポリメラーゼTおよびUの分子構成の全貌を解明し、その構造機能変化に関与する転写因子の探索に入った。また、ウイルスRNAポリメラーゼの特異性変換に関与する宿主因子の同定が進展した。 
4.中間評価結果
4−1.研究の進捗状況と今後の見込み
(1)大腸菌における遺伝子発現ヒエラルキー決定機構の研究
 大腸菌の増殖相を追って発現遺伝子を新規に開発した高分解能二次元電気泳動法で分析し、定常期で100の遺伝子の発現を認めた。
 大腸菌は、成育環境に応じて様々な転写因子を誘導合成し、遺伝子発現の切り換えを行っているが、RNAポリメラーゼに直接接触し、その特異性に影響する転写因子は、約100〜150種類存在すると予想し、これらの転写因子の全てについて、作用機構を解析しつつある。
(2)分裂酵母における遺伝子発現ヒエラルキー決定機構の研究
 RNAポリメラーゼを構成する多数のサブユニットそれぞれの生理機能を同定し、各サブユニットについて蛋白質―蛋白質相互作用ネットワークを組織的・系統的に解析した。一方、全12種サブユニット遺伝子の転写地図を解析し、また分裂酵母内の各サブユニット蛋白量を測定した。
(3)ウイルスにおける遺伝子発現ヒエラルキー決定機構の研究
 ウイルスのRNAポリメラーゼの特異性変換の典型としてRNAファージ、動植物RNAウイルス、それぞれのRNAポリメラーゼと直接接触する宿主因子の解析を実施した。
4−2.研究成果の現状と今後の見込み
(1)大腸菌における遺伝子発現ヒエラルキー決定機構の研究
  1. 大腸菌転写装置のうちこれまでに7種類のシグマ因子すべてを精製し、それぞれが識別する遺伝子プロモーターの探索を行った。シグマ因子全7種の細胞内濃度の実測に初めて成功した。シグマ因子の活性調節要因のひとつとしてアンチシグマ因子を発見した。細菌では、シグマ因子の量の変化と活性調節の両面で、遺伝子転写制御を行っていることが予測されるに至った。シグマ因子、アンチシグマ因子共に、細菌増殖相の変化に伴い、細胞内濃度が制御されていることが判明した。
  2. これまでに30種類の転写因子を単離したところ、いずれもRNAポリメラーゼと直接接触し、その特異性に影響を与えることが判明した。転写因子がRNAポリメラーゼの接触サブユニットに応じて、4群に分類できることを提唱した。
 以上より、RNAポリメラーゼが2段階で機能分化し、各機能形態の転写装置の存在量で遺伝子発現ヒエラルキーが決定されると考えた理論が、本質を捉えているものと思われる。
 今後は(イ)大腸菌増殖相変化にともなう遺伝子発現パターン変動の解析、(ロ)転写装置の機能制御機構の解析を計画している。また (ロ)については、ゲノムの全遺伝子の発現レベルの順位決定機構のモデルを提案し、大腸菌ゲノム上の4,000遺伝子の発現順位の予測を行う。
(2)分裂酵母における遺伝子発現ヒエラルキー決定機構の研究
  1. RNAポリメラーゼUの12種類のサブユニット全部の遺伝子を同定単離し、構造決定を行った。また、RNAポリメラーゼTのほぼ全部の遺伝子を単離した。
  2. 純化RNAポリメラーゼ内でのサブユニット接触マップの解析と平行して、サブユニット相互作用のネットワークの全容を推測することに成功し、また、サブユニット集合機構が予測できるまでになった。
  3. 分裂酵母内の12種サブユニット濃度は、最高と最低の間で、約10倍の濃度差があることが判明した。分裂酵母でも、RNAポリメラーゼ自らが、転写対象遺伝子を選択していることが予想された。
今後の研究として、以下を実施する予定である。
  (イ)RNAポリメラーゼTおよびUの各サブユニット遺伝子ごとの変異体を作製し機能異常を調べる。
  (ロ)RNAポリメラーゼTおよびUのサブユニット集合機構を解析する。
  (ハ)RNAポリメラーゼに直接作用する転写因子を検索し、各サブユニットにつき、直接接触転写因子コレクションを作製する。
  (ニ)得られた直接転写因子が作用することによるRNAポリメラーゼの機能変化を解析する。
  (ホ)得られた直接転写因子に作用する間接転写因子群を検索し、各種特異転写因子との関連を求める。
  (ヘ)これらを総合し、RNAポリメラーゼを中心とする転写因子ネットワークの全体像を提案したい。
(3)ウイルスにおける遺伝子発現ヒエラルキー決定機構の研究
  1. Qβファージの宿主因子が、宿主ではmRNAの翻訳効率制御の主要因子であることを発見し、また、インフルエンザウイルスのRNAポリメラーゼが宿主因子で転写酵素から複製酵素へ変換することを発見した。ウイルスRNAポリメラーゼの機能分子を酵母で発現することに成功した。
 今後は、(イ)ウイルスRNAポリメラーゼと直接相互作用する宿主因子を探索し、宿主蛋白因子の相互作用によるRNAポリメラーゼ機能制御機構をモデル系として解析し、(ロ)宿主因子の非感染細胞における本来の生理機能を同定し、ウイルスがそれらを利用する分子的基盤を解明することを計画している。
 これらの研究によって、RNAポリメラーゼを中核として、そこから外に広がる転写因子のネットワークを明らかにできるであろう。
4−3.総合的評価
 現代の潮流が原核生物から真核生物へと移り、生命の原型とも言うべき原核生物における遺伝子発現の第一段階、転写の研究はややおろそかにされている気配がある中で、実はその制御機構は分子レベルでは殆どわかっていない。この点を視点を明確に取上げ、驚くべき量の高度な仕事で肉迫している。一流の国際誌への発表が多く、質も高い。
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