研究課題別中間評価結果

1.研究課題名
量子構造を用いた遠赤外光技術の開拓と量子物性の解明
2.研究代表者名
小宮山 進(東京大学 大学院総合文化研究科 教授)
3.研究概要
 第一の目標は、量子構造を用いて遠赤外光領域での超高感度分光検出器を開発し、最終的には量子ドットの単一電子トランジスター効果を利用した単一光子検出をめざす。第二に、開拓した遠赤外光技術を活用して2次元電子系など半導体量子構造の研究に応用し、その理解を深める。第三に、量子井戸構造中の電子準位を利用して連続発振の広帯域化波長可変遠赤外レーザーの開発を目指すことである。
4.中間評価結果
4−1.研究の進捗状況と今後の見込み
 第一目標は遠赤外領域の単一光子検出を目指すもので、この波長領域における究極の超高感度検出器の開発である。具体的で明確なこの目標の達成の成否が本研究チームの成否を決めるものとの判断から、その達成のために最大の努力がなされてきた。その結果、EB露光装置の導入によるデバイスプロセスの構築や遠赤外光計測システムの構築など研究環境の整備を進め、当初想定した独自のアイディアに基づいて量子ドットを用いた遠赤外単一光子検出素子の開発に成功した。この成功は、この分野では画期的な成果として、国内外で注目を集めている。
 また、遠赤外発光測定系の空間分解能向上なども進み、これら技術を応用して第二の目標に向けた研究を深める環境が着実に進展した。また、本チームのグループの一つから応用上重要な10μm波長帯で高感度検出素子を開発するなどの成果も出てきている。尚、第三の目標も重要な課題であり、予備検討が第一目標と併行して行われた。その結果、レーザ実現の可能性はあるが、実現までに相当の時間を要すると判断された。このため、第三の目標達成は保留し、第一の目標のさらなる発展に研究の努力を集中し、その中で第二の目標に向けた研究を進展させる軌道修正をしてきている。
4−2.研究成果の現状と今後の見込み
 開発された量子ドットを用いた遠赤外光領域の単一光子検出素子は、AlGaAs/GaAs量子ドットを用いた単電子トランジスター(SET)のゲートを遠赤外光のアンテナと一体化させたもので、強磁場下でランダウ準位分裂させた量子ドット内に遠赤外光子が吸収されて出来る準位間の電子・生孔対が分極するこによって、SETがオンからオフ状態に遷移することを利用するものである。この素子の開発により、従来の遠赤外検出器の最高感度と比べて、10000倍以上の感度が達成された。 しかし、波長範囲は0.17mm〜0.21mmと狭いこと、応答速度が1msと遅いこと、動作温度が0.4K以下と極低温であることなどの問題があるが、すでにこれらを解決するアイデアが実行に移されており、研究期間内には磁場ゼロ状態で波長範囲として0.03mm〜0.40mm程度、応答速度も1μs、動作温度1K程度と性能向上が見込まれる。また、強磁場下ではあるが、スピン共鳴吸収を使うことで波長範囲はマイクロ波領域へ拡大することも見込まれる。また、10μm(0.01mm)帯の高感度検出器の更なる改善と合わせれば、本チームから、赤外からマイクロ波に及ぶ超広帯域の高感度検出器が開発されることになる。
 遠赤外発光測定系の空間分解能向上の現状は60ミクロン程度であるが、これは、従来の検出器を用いての結果で、開発されたた検出器と組み合わせることによってサブミクロンまで向上することが見込まれ、理想的には単一分子から発する微弱な遠赤外光を検出するような光学系の開発が期待される。
4−3.総合的評価
 遠赤外単一光子の量子検出素子の開発成功は、独創的な着想を予定通り実現したもので、そのユニークさは素晴らしく、高く評価できる。現状での実用上の制約を克服するアイデアも独創的である。今後の発展も十分に期待できる。また、これらの成果については特許出願がなされて実行に移されているなど、研究開発姿勢も高く評価できる。第三目標の遠赤外レーザーの開発を先送りする判断は妥当と思われる。さらに、高感度検出器の開発成功に止まらず、その活用が期待される異分野の研究領域(例えば天文学)との交流で新たな展開も期待される。ただし、高移動度AlGaAs/GaAs試料を提供するするためのMBE成長の立ち上がりが遅れており、これで研究開発が遅れないように十分な対応が必要である。

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