研究課題別中間評価結果

1.研究課題名
微細構造におけるスピン量子物性の開拓
2.研究代表者名
家 泰弘(東京大学 物性研究所 教授)
3.研究概要
 本研究チームの全体目標は,金属や半導体の表面界面に形成される微細構造における量子現象、特にスピンの自由度が関連した量子現象に着目して新奇な物性を開拓することにある。人工微細構造や自己形成微細構造における伝導と磁性とのさまざまな関わりを明らかにして行くことを目指している。プロジェクト開始から現在までに取り組んでいる研究テーマは、(A)半導体2次元電子系における量子伝導、(B)希薄磁性半導体の研究、(C)表面ナノ構造における磁性と伝導、(D)微小領域における超伝導と磁性、に大きく分類することができる。
4.中間評価結果
4−1.研究の進捗状況と今後の見込み
 東京大学物性研究所内の3つの研究室で組織された纏まりのある研究体制で研究を進めてきている。半導体2次元電子系と微細磁化構造系との相関を解明するためのプロセス・計測技術、希薄磁性半導体の製膜技術、磁性ナノ構造の作製評価技術など磁性と伝導との新しい量子現象を探索するために、独自の技術を盛り込んだ実験環境の立ち上げを着実に進めてきている。具体的には2次元電子伝導の微細磁場変調効果、希薄磁性半導体のMBE成長とアニール効果による試料作成技術、表面自己形成を利用した微小磁性体アレイの作製技術など興味ある進展が見られる。全体として着実な進展である。
4−2.研究成果の現状と今後の見込み
 GaAs/AlGaAs2次元電子系に微細加工磁性体による周期磁場変調、ランダム磁場変調を与えて低温伝導における磁気抵抗を計測することによって、電子−電子散乱の磁気抵抗への寄与を明らかした。(GaMn)As, (InMn)As のV−X族の希薄磁性半導体薄膜について、磁場誘起の金属/絶縁体転移の観測、及び膜物性、プロセス安定性を劇的に改善する熱処理方法を開発した。特に安定化熱処理法の開発によって高い強磁性転移温度が得られるなど、この系の相図、物性データを書き直す可能性が出てきた。2原子層レベルのCo粒子をCu基板上に格子状に配列させる技術を確立し、Co薄膜に比べて高いキュリ−温度などナノ微粒子特有の磁性を観測した。極低温超高真空中でSTM探針先端と基板表面にFe を蒸着しすることによって、探針先端と基板の間に磁性金属原子ワイヤーを作製する技術を確立し、磁性原子ワイヤー特有の量子化電気伝導の観測に成功した。いずれも磁性と伝導の基礎的な量子現象の解明につながる成果であると言える。これらの成果のさらなる進展によって、将来のスピンと電子伝度を用いた量子デバイス創出につながる発展が見込める。特に、V-X族希薄磁性半導体の安定化熱処理法の開発はこの系の応用的発展への貢献が見込める。
4−3.総合的評価
 本チームはまとまりのある、レベルの高い研究チームであると言える。これまでは独自に工夫した研究環境を立ち上げるなかで、いくつかの磁性と伝導が結合した量子現象の発見、例えば2次元電子系の実験データ、金属表面ナノ構造の磁性、磁性金属原子ワイヤーの量子化伝導、希薄磁性半導体の安定化処理技術など、地道な努力によって着実に成果を積み重ねてきているところは高く評価できる。しかし、全体的にスマートにまとめようとする傾向も見られる。基礎物理現象の理解に重点を置いている本研究チームの特色から、目標が不鮮明になり、迫力に欠けてくることが懸念される。今後は、目玉となる成果をどこに求めるのかを吟味選択して、既存理論では説明できない新しい物理現象を追求し、拡大して欲しい。そのためにチーム内で十分な議論を煮詰め、必要に応じて意識的な思い切った舵取りがなされることを期待する。磁性と伝導が結合した未知分野に楔を入れるために、基礎物理の成果だけでなく、磁性伝導デバイスが将来どのような形で実現できるのかの指針を得るような応用に繋がる成果も期待したい。その実現に近づくことが可能なレベルにある研究チームであると評価する。
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