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分子イメージング研究プログラム

研究内容

分子イメージングとは

分子イメージングとは、生物が生きた状態のまま外部から生体内の遺伝子やタンパク質などの分子の量の変化や働きを可視化する技術であります。
PETなどを使った核医学的診断では、トレーサ技術(リガンド・ナノ粒子・ペプチド・タンパクの標識)および解析技術の融合により、病態生理学や病態生化学的な変化を生体への負担が少なく、高感度かつ高精度で観察することが可能であります。
生体への負担が少ないトレーサ技術の中でも放射性同位元素を用いる核医学的方法は最も高い感度を有し、かつトレーサの集積に正確に比例した信号強度を示します。すなわち定量的な評価が可能である点がユニークであります。
特にPETの感度は高く、微量な受容体の機能イメージング評価が可能であります。また生体の主要構成元素である炭素(11C)、窒素(13N)、酸素(15O)に加えてフッ素(18F)を使って標識することができますので、非常に多くの分子プローブが利用できます。
多目的装置・総合システム

PETは、組織血流量、種々の基質代謝量、酵素反応、受容体結合能などの細胞質の機能イメージングに利用され、遺伝子発現やそれに由来するタンパク発現のイメージングが可能となってきました。将来は、内因性タンパクやペプチドそのものの標識により抗体、ホルモンなど多くの生体機能の調節を担う受容体のイメージングが可能になると考えられます。さらに、分子イメージング研究の成果を医薬品の研究開発に活用すれば、創薬効率の飛躍的な向上が期待されます。また、この分子イメージング技術を応用し、特定の疾患の病変を高精度でイメージングすることにより、超早期段階の疾患診断が可能となると考えられます。これにより、患者の身体への負担の少ない医療の実現が期待されます。
わかりやすいDDS分子イメージングの例
わかりやすいDDS分子イメージングの例 わかりやすいDDS分子イメージングの例 図: サル脳への11C標識分子の取り込み
標識位置の違いによって取り込み量が相違する。赤色部分は取り込み量が多いことを示す。

医薬品研究開発への活用

新薬のスクリーニングや臨床試験へのPET分子イメージングの活用法

米国や欧州では、PETを用いた分子イメージング技術を、統合失調症など精神神経系薬(アルツハイマー型認知症など神経変性疾患を含む)、制癌剤及び癌治療時に併用される制吐剤、循環器系薬(脳・心臓疾患)、慢性関節リュウマチ症・変形性関節症治療薬の臨床開発に活用する動きがあります。
PETを用いた分子イメージング技術は、医薬品候補化合物の選択(スクリーニング)、臨床段階での評価に有力なツールになる可能性があり、新薬の臨床開発へ実用化するにあたり、創薬プロセスの迅速化、および、低コスト化が期待されます。
1.極微量の試験薬を投薬(マイクロドージング)する場合には、非臨床試験や試験薬の条件を緩和することができ(探索的INDの概念)、前臨床段階でヒトに投与し、脳への移行など薬物動態を測定することによって、開発の早期に候補化合物の選別を行うこと
2.臨床試験の初期段階で、医薬品を投与した後で、適当なPET用標識化合物(トレーサー)を用いて受容体占有率など薬効薬理を測定すること、さらに、特殊な計算法を用いて受容体占有率から薬効が発現する臨床投与量を計算で求めること
3.PETを用いた疾患診断法によって、客観的・定量的な病態の指標(サロゲートエンドポイント)を得ることが出来ると、バリデーションを経て臨床評価項目として確立されれば、医薬品による治療効果を評価する新しい方法論を提供すること

分子イメージングによるこれらの技術によって、革新的な医薬品の創出に繋がることが期待されます。
分子イメージング技術

新規化合物をヒトに初めて投与する際のマイクロドージング安全性の基準

欧州:EMEAが2003年1月にPosition Paperを発表した
PET用標識化合物のように微量の場合には前臨床試験をかなり省略する
−マイクロドージングの考え方−
米国:FDAは2005年4月にDraft Guidanceを発表し、2006年1月に最終版を提示した。
体内動態測定など限られた目的の早期第1相臨床試験を行う場合には非臨床試験や試験薬の条件を緩和する −探索的INDの概念−
日本:官民の合意形成のもとで、科学的根拠にもとづき環境を整備する必要あり。

疾患診断・治療評価への応用

疾患診断へのPET分子イメージングの活用法

癌細胞は正常な細胞よりも盛んに活動するために、正常な細胞よりも多くのエネルギーを必要とします。癌細胞のエネルギー源は、ブドウ糖です。癌細胞が分裂・成長するためにブドウ糖をたくさん取り込む性質を利用して、ポジトロン放出核種のF-18で標識されたブドウ糖の仲間である18F-フルオロデオキシグルコース(FDG)を投与し、断層像として画像化する方法が開発されました。FDGを注射して全身を撮影すると、体内にブドウ糖を多く使って増殖する悪性腫瘍が存在する場合、その場所と悪性の度合いを診断することができます。
臨床的には、頭頸部癌や悪性リンパ腫などの悪性腫瘍で診断の有効性が報告()されており、また一度の撮影で頭頚部から下肢まで診断が可能であることも利点の一つとされています。FDG-PETの保険適応によりPET施設の開設も増加し、CTスキャンやMRIなどの形態診断と相補的な役割を担う検査として発展することが期待されます。
一方で、様々な理由から、胃癌や肝臓癌、腎臓癌や前立腺癌などの尿路系の悪性腫瘍、婦人科系の悪性腫瘍などでは診断能が低いとされています。また、炎症性病変の存在など、癌との区別が難しい画像となる場合も多くあります。
数ミリの癌が発見される場合もあれば、数センチの癌でも発見できないこともあり、癌の診断方法としてFDG-PETは決して万能なものではありません。それ故、もっと優れたPET分子イメージング用プローブの研究開発がいま進められています。

分子イメージング技術を活用した治療評価方法

FDG-PET検査は、脳の状態も教えてくれます。正常な場合は丸く光って見えるのですが、アルツハイマー型認知症では後部帯状回や側頭頭頂連合野と呼ばれる部位のブドウ糖の取り込みが低下し、その部分の輝きが低下し暗く見えます。FDG-PETによるアルツハイマー型認知症の検査は、保険適応を受けていませんが、発症リスクのある症例の診断にも役立っています。アセチルコリンエステラーゼ阻害剤によるアルツハイマー型認知症の治療など、新しい治療法の開発とともに、PET分子イメージングの薬効評価や臨床効果判定に果たす役割が大きく期待されています。
[11C]PIB PET 画像(βアミロイドの可視化)

アルツハイマー型認知症の発症メカニズムは、タンパク質ベータアミロイドによって、神経細胞の損傷が徐々に進行するためと言われており、長い時間をかけて、記憶障害などの障害としてゆっくりと症状が出てきます。それゆえ、中程度以上の症状になってからアルツハイマー病と診断される場合が多いのですが、早期に発見し治療することを目的に、いま精力的にベータアミロイドに着目した研究が進められています。FDGよりもっと優れたPET用分子プローブの実用化が期待されています。
PET分子イメージングを遺伝子治療の評価法として活用する研究も行われています。レポーター遺伝子とその産物であるタンパク質に親和性を有するPET用分子プローブの組み合わせを用いる評価法が提案されています。レポーター遺伝子としてヒトエストロゲンレセプター・リガンド結合部位、PET分子プローブとしてF-18標識エストラジオールの組み合わせを用いた血管新生遺伝子治療モニタリングなどの報告がなされています。
(※):日本核医学会・臨床PET推進会議編「FDG-PETがん検診ガイドライン(2004)」があります。このガイドラインのP.20の表1に、FDG-PETが最も優れた検出方法と考えられる癌種は、「頭頸部癌」と「悪性リンパ腫」と記載されています。有効な検診方法が他になく、FDG-PETの有用性が高いと考えられる癌種は、「膵臓癌」と「卵巣癌」と言えるでしょう。