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Modelling the long QT syndrome with induced pluripotent stem cells.

Modelling the long QT syndrome with induced pluripotent stem cells.
Itzhaki I, Maizels L, Huber I, Zwi-Dantsis L, Caspi O, Winterstern A, Feldman O, Gepstein A, Arbel G, Hammerman H, Boulos M, Gepstein L.
Nature. 2011 Mar 10;471(7337):225-229.

 QT延長症候群(LQTS)とは、心電図上でQRS波の始まりからT波の終末までの間隔が、RR間隔に比較して長い症状を示す疾患であり、イオンチャネル機能の異常が要因となる遺伝性不整脈症候群と、長期薬剤投与または心筋障害等に起因する二次性疾患に区別される。先天性QT延長症候群は、再分極の遅延によるQT延長を特徴とする12の型に分類され、不整脈を主症状とするが、多形性心室性頻拍(トルサード・ド・ポアン,TdP)による急性心不全の怖れもある重篤な疾患である。これまでにモデル動物はあったものの、ヒトの個人差を反映するような疾患モデルの確立が求められていた。

 本研究では、カリウムチャンネル遺伝子変異による先天性2型QT延長症候群患者の体細胞をもとに、患者特異的なiPS細胞を作製する方法を開発した。そのiPS細胞を分化させた心筋細胞を疾患モデルとして用いることで、パッチクランプ法等により活動電位持続時間の延長など、疾患を特徴づける機能異常の仕組みを解析するとともに、治療に有効な薬剤を検討した。

 本モデルとなった家族性2型LQTS患者(28歳女性)は、カリウムチャンネルをコードするKCNH2遺伝子9番目のエクソン上の1塩基置換により614番目のアミノ酸がアラニンからバリンへ変異(A614V)しており、チャネル孔部分の立体構造変化が予想された。実際に患者の皮膚線維芽細胞へウイルスベクターによりSOX2, KLF4, OCT4の3因子を導入してiPS細胞を作製したところ、いずれもヘテロ接合性A614V変異を確認したほか、ES細胞と似た形態、多能性マーカー(NANOG, SSEA4, OCT4, TRA-1-60)の発現、正常な核型であること、内在性の多能性遺伝子発現、NANOG 遺伝子プロモーター領域の脱メチル化等の表現型から、iPS細胞であることを確認した。複数のiPS細胞クローンのうち3つを選択して解析したところ、いずれも三胚葉への分化とテラトーマ形成能も観察された。これらを胚様体分化システムを用いて心筋系列の細胞へと分化させたところ、ヒトES細胞や正常人由来iPS細胞と同様に、胚様体内で拍動する細胞が得られ、さらにトロポニン(TnI), ・-アクチニン,コネクチン43など、心筋細胞(CMs)特異的遺伝子を発現する細胞が得られた(LQTS iPSC-CMs)。正常人由来細胞と同様にLQTS iPSC-CMsでは、・アゴニストへの応答など心特異的な機能の発現が認められた。

 これらの細胞を用いた電位固定法による解析では、心室筋、心房筋、結節細胞の3種類の活動電位の中で心室筋タイプの波形が最もよく観察された。正常由来細胞と比較してLQTS iPSC-CMsでは、活動電位持続時間(APD)の延長と再分極の遅延が顕著であった。電気刺激によるAPD値の解析でも、特に3つのLQTS iPSCクローンに由来する心室性心筋細胞では、正常由来CMsに比較していずれも顕著なAPD延長がみられた。遅延整流性カリウム電流のうちrapid型(IKr)阻害剤を、正常iPS-CMsへ投与した実験では、LQTS同様の表現型が再現できたことから、おそらくIKr機能の低下による早期後脱分極(EADs)が2型LQTSを特徴づける催不整脈性の要因となっていることが示唆された。また、単一細胞のパッチクランプ法による解析から、IKrの著しい減少はカリウムチャネルA614V変異に原因があると考えられた。パッチクランプの解析結果と同様に、細胞外活動記録の電位持続時間(FPD)から標準化した伝導速度(cFPD)の結果からも、3つのLQTS iPSC-CMsクローンでは正常細胞と比べ、QT間隔に相当する著しいFPD値の延長(0.31s→1.01s)と、高頻度に発生する早期後脱分極(EADs, 66%)による催不整脈性が観察された。(APD延長はペースメーカー部位からの伝導速度も遅くなっていることを反映する。)その一方で正常由来細胞では、このような異常は一切観察されなかった。

 LQTS iPSCから分化した細胞を疾患モデルとして、治療薬剤の評価に用いることも重要である。この可能性の検討のために、先ずLQTS患者へ重篤な不整脈を誘発することが知られるカリウムチャネル拮抗剤(E-4031)の影響を調べた。7種類のLQTS iPSC-CMsのうち6種類の細胞で、著しい活動電位間隔(APD)延長、催不整脈性の増加、より複雑な早期後脱分極(EADs)の頻出などが観察され、A614V変異に起因すると考えられた。さらに疾患モデル細胞の有益な点は、たとえば薬剤によるIKr阻害効果の有無により、致死性の多形性心室性頻脈(TdP)を誘発する可能性をあらかじめ予測できることである。このように、より安全かつ患者の特性に合わせた治療薬の開発が可能となることは、特に強調されるべきである。

 さらに、APD短縮とEAD の抑制という観点から、新たなLQTS治療法の可能性について、患者由来iPSC-CMを用いて検討した。L型カルシウムチャネルはこれらAPD短縮とEAD の抑制という二つの機能に関与することから、カルシウムチャネル拮抗剤は抗不整脈作用があると予測した。実際に拮抗剤の一種であるニフェジピンは、LQTS由来心筋細胞のAPD時間を約57%短縮させた他、EADsならびに催不整脈性を完全に抑制した。しかしニフェジピンを胚体へ長期投与した場合には、拍動の停止等の副作用がみられた。また、ATP感受性カリウムチャネル開口薬の一種ピナシジルも、同様にAPDとcFPD短縮効果を発現し、EADsならびに催不整脈性を完全に抑制した。その他に遅発型ナトリウムチャネル拮抗剤など、既存ならびに新規薬剤についても、LQTSモデル細胞を用いて治療効果を検討した。

 以上のように、ヒト疾患由来iPS細胞技術により、重篤な先天性心疾患の機能異常と発症メカニズムの解明、増悪因子や治療薬剤スクリーニングのためのプラットホームを確立できる可能性が示唆され、より安全な治療戦略の開拓に向けた有望なツールであることが示された。LQTS疾患には他に1型と3型が存在するので、iPS細胞技術によりそれぞれのモデル細胞を作製すれば、同様の電気生理学的な手法を用いた疾患メカニズムの解明が可能となる。さらに疾患の増悪因子を同定し、患者ごとの特性に配慮した個別化医療を実現できるなど、新たな治療法への可能性が示された。

なお、遺伝性不整脈疾患のひとつで認知障害を伴うことが知られるチモシー症候群についても、同時期にiPS細胞技術を用いた論文が米国スタンフォード大学のグループより報告された。(Nature. 2011 Mar 10; 471(7337):230-234.)

(解説:本間美和子)

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