研究開発トピックス

ISSCR2012 in Yokohama 学会報告

本間美和子、川上雅弘(共同執筆)
掲載日:2012年08月10日

第10回国際幹細胞学会(大会長:山中伸弥教授(京都大))が、アジア初の開催地となる横浜市に於いて、6月13日から16日に開催され、55カ国から3000人余の参加者を迎える盛会となった。全4日間の会期中は、全員が会するプレナリーレクチャー(国内外第一線研究者による招聘講演)、5つのセッションが同時進行で開催されるコンカレントセッション、日程を前半と後半の2グループに分け合計1500題のポスター発表が行われた。セッションのテーマは、多能性細胞、幹細胞の評価に関する先端技術、組織エンジニアリング、幹細胞シグナル、神経幹細胞、細胞運命、ヒト疾患モデル、幹細胞の代謝、造血幹細胞、幹細胞エピジェネティクス、幹細胞による治療、幹細胞の特異性を決定する増殖因子、ゲノム科学、等のサブテーマを掲げて各会場で活発な議論が行われた。各分野それぞれにホットな話題があり、すさまじい研究の勢いがあることから、セッション・チェアーのひとりが「同時進行中の "80%" の情報を私たちは聞き逃している」と漏らしたことが印象的だった。各ポスターはトピックス(臓器・分化系列、研究対象、先端技術、臨床研究、等)ごとに分類され、会場ではポスター番号だけではなく、トピックスを表示した案内ボードも整然と掲示してあり大変わかりやすかった。

ISSCRは、2003年にハーバード大学のレオナルド・ゾン教授らによって発足された学会である。大会の冒頭において、2011~2012年に学会理事長を務めた米国ソーク研究所のフレッド・ゲージ教授からは現在の学会を紹介する中で会員の構成について報告があった。この10年間に年々会員数が増え続け、現在では3,400人を超え、その構成は北米が44%で半数近くを占めているものの、次にはアジア圏の研究者が32%を占め、ヨーロッパが17%であった。この数字からも読み取れるように世界の幹細胞研究におけるアジア圏の研究者の役割は非常に大きくなっており、今大会がアジア初開催となったことはその象徴とも言えるだろう。 今大会の最初のプレナリーセッションでは、ホワイトヘッド研究所(米国)のルドルフ・イェニッシュ教授、ケンブリッジ大学(英国)のオースティン・スミス教授、ジョン・ガードン教授、そして、京都大学の高橋和利講師が順に講演を行った。

ルドルフ・イェニッシュ教授の講演では、iPS細胞の誕生に象徴される細胞の初期化技術の進展が、初期化メカニズムの分子生物学的な解析研究に大きく貢献することを紹介し、教授らの最新の研究において、最初のiPS細胞が作られた際に用いられた遺伝子と異なる組み合わせでも細胞の初期化が誘導できることが示されていた。また、iPS細胞技術が可能にした細胞レベルでの病態モデルの作成は、今後の医学研究に大きく寄与する可能性について紹介した。オースティン・スミス教授からはES細胞の性質を解析する研究の現状についての紹介があった。ES細胞は1981年に初めてマウスの受精卵から樹立された未分化の細胞だが、この細胞が未分化の細胞として維持されている分子メカニズムの解明は、最近の研究成果によるものが多い。当然、未だに明らかになっていないこともあるが、この10年間ほどの研究の進展によって、ES細胞やiPS細胞に代表される多能性幹細胞の分子メカニズムが明らかになりつつある状況が紹介されていた。ジョン・ガードン教授は、核移植技術を用いた卵子に含まれる成分による細胞の初期化過程とiPS細胞技術のような遺伝子導入による細胞の初期化過程における、初期化速度の違いに着目し、細胞が初期化される分子メカニズムの解析研究について紹介した。高橋和利講師からは、iPS細胞とES細胞の遺伝子発現の比較研究結果についての紹介があった。近年、様々な研究者からiPS細胞とES細胞の比較研究が行われており、iPS細胞とES細胞の性質の近似性や違いが多く報告され、細胞移植治療への利用の可能性を含めた議論が行われている。しかし、iPS細胞やES細胞のような多能性幹細胞では、細胞株ごとに遺伝子発現パターンのバリエーションに違いがみられる一方で、iPS細胞とES細胞で近似した遺伝子発現パターンを示す細胞株も多々あることを紹介した。さらにこれらの結果を踏まえた今後の展望として、iPS細胞の臨床応用を念頭に、この違いを見分ける技術や質の良いiPS細胞の作成技術の確立を目指した研究への取組みに言及していた。
このプレナリーセッションでは、"多能性幹細胞の分子メカニズム"を解明するアプローチが盛んになっていることが強く印象つけられ、ES細胞やiPS細胞などの多能性幹細胞を用いた臨床応用への期待が高まる中において、これらの分子メカニズムの解明は必須の課題であり、今後ますます研究の深化が進むことが期待させられる講演内容であった。

冒頭に述べたように、本会は世界中の最先端幹細胞研究者による成果発表が勢ぞろいした学会である。複数のトピックス例を順次列挙すると、はじめにiPS細胞の品質管理という観点からの研究成果が挙げられる。i) 分化細胞から初期化したiPS細胞のヘテロな集団の中から真の多能性細胞を同定し分離するための手法の開発、ii) 次のステップとして分化しにくい細胞、癌化しやすい細胞を分類し排除するための研究、iii) iPS細胞作製法の違いによる遺伝子発現プロファイルの比較による質的な分類、iv) 異種成分が皆無(xeno-free)のGMP基準を満たす条件下でのiPS細胞作製、等である。大規模トランスクリプトーム解析、次世代ディープシークエンシング、1細胞核からの遺伝子発現解析、高速セルソーティング等のトップ技術を駆使し、良質なiPS細胞を見分けるための新たな指標となる遺伝子等についての研究成果が多くあり、臨床応用に向けた、より安全で品質の高いiPS細胞の量的な確保という観点からも、まことに目を引いた。

ISSCR2012 in Yokohama 学会報告SSCR2012 in Yokohama 学会報告の写真

次に、分化細胞からリプログラミングの過程に関与する分子メカニズムに関する研究である。大規模トランスクリプト―ム解析による発現遺伝子の同定と分類、エピジェネティクスの観点からDNA修飾、ヒストンコード、それらの動的な変化に関与する酵素複合体等の解析である。また、定量的プロテオーム手法を用いて、継時的に発現タンパクのダイナミクスを解析した研究等も報告され、リプログラミングのステージ特有な分子メカニズムを示唆するかの如く、膨大な数の転写因子、キナーゼ、ホスファターゼ、細胞周期関連タンパク等の分子動態が明らかにされた。これらの成果は、初期化に関わる分子機序を明らかにすると共に、不完全なリプログラミング細胞を排除し、完全にリプログラムされたものを同定し分離する手法の開発にもつながると期待される。
さらに、多能性細胞の特性を明らかにするための研究として、多能性維持に関連する新規遺伝子や細胞増殖に関与する新規遺伝子について、それぞれの関与するシグナル伝達系を報告した他、プラナリア、ゼブラフィッシュ等を用いて、幹細胞の多能性維持と分化に関わるシグナル経路をそれぞれ明らかにした研究、エピジェネティクスの観点からの解析など、細胞内イベントの詳細をより明確にした報告が多数なされた。
ダイレクトリプログラミングという観点からは、幹細胞の分離と維持、培養条件下での安定的な継代培養に適する様々な因子等培養条件の検討、培養素材などツールの開発もあいまって、プロトコール整備により、再現性良い細胞モデルの構築がすさまじい勢いで進められていることを認識した。臓器特異的な組織幹細胞の培養系は、ES細胞、iPS細胞に置き換わる再生医療のツールとなる。例えば上部消化器幹細胞による管様分化細胞の作製や、細胞塊オルガノイドを病態マウスへ移植しin vivoで機能性肝細胞へ分化させた、等の報告である。また、リガンド作動性ニューロンへ分化させた後に凍結保存しても生理機能が保持されることや、その細胞を用いて神経変性疾患を模倣する分子を発現させた際の細胞内シグナルを解析するなど、病態メカニズムの解明に向けたツールとしても有効であることを示す発表もみられた。
再生医療への応用に向けた研究成果も多くの聴衆を集めていた。網膜変性疾患に対しiPS細胞から作製した網膜上皮細胞シートを移植する治療については、動物実験での成功に続いて臨床試験に向けた進捗についても報告された。その他、ヒトiPS細胞を膵島様の細胞へ分化させ、分化細胞としての機能を保持した立体的な組織構築についての成果、神経変性疾患モデル動物や脊椎損傷モデル動物へのヒトiPS由来神経幹細胞移植により、脳機能、運動機能の回復がみられた等、優れた研究成果が多数報告された。我が国の再生医療実現化に向けた、幹細胞バンクの整備と充実についても加速化が期待される。
疾患と関連するiPS細胞については、これまでもアルツハイマー病、パーキンソン病等神経変性疾患、血液疾患、糖尿病、網膜疾患、冠動脈疾患などに由来するiPS細胞作製が報告されているが、今回のポスター発表では特に、希少疾患や難病に分類される疾患由来iPS細胞、それらを分化させた疾患モデル細胞作製についての報告等が多数行われていた。例として、早老症で知られるWerner症候群、先天性巨大結腸症、メラス病、メンケス病、進行性骨化性線維異形成症(FOP)、家族性アミロイドニューロパチー(FAP)、Barth症候群、Wiscott-Aldorich症候群、等である。Rett症候群ではグルタミン作動性シナプスがおよそ50%減少する事が原因と考えられているが、その異常はグルタミン酸‐グルタミンサイクルのカギとなる分子の脱制御という観点から候補分子が見出され、正常型分子を発現させると正常型の表現型へ回復するとの紹介があった。また、DC (dyskeratosis、角化異常症)はテロメア長の異常が関与すると考えられ、テロメア長が短縮するほど疾患の重症度が増すことが患者由来細胞でも確認された。そこでいろいろなテロメア長を再現するiPS細胞を作成したところ、テロメア短縮によりp53下流のp21発現レベルが亢進することでiPS細胞としての多能性ならびに自己増殖能が失われる事が示された。このように、病態の分子機序を解明するという観点から、疾患モデル細胞は病因となる分子の同定が確実かつ容易と考えられ、貴重なツールとなるが、それを作製する上でのiPS細胞技術の有効性は、特に希少疾患でその威力が存分に発揮され検証されて来たといえる。これらの疾患モデル細胞は、治療薬スクリーニングのプラットフォームとしての有用性も多数報告され、世界中の研究者と企業の連携による成果が多数発表された。

学会イベントを紹介すると、今年度は第10回目の節目にあたりアジアで初めて横浜が開催地となったことから、学会3日目の6月15日には天皇皇后両陛下ご臨席のもと記念式典が開催された。学会理事長(米国ソーク研究所 フレッド・ゲージ博士)のあいさつに続き、国際幹細胞学会の立役者であるレオナルド・ゾン博士(米国ボストンこども病院)が設立の経緯を紹介した。次いで、文部科学副大臣・奥村展三氏、神奈川県知事・黒岩祐治氏、横浜市長・林文子氏が、幹細胞研究を牽引するISSCR活動の意義とそれを構成する研究者、特に山中教授への賞賛を述べると共に、横浜開催への祝辞をおくった。

大会4日目の最終日には、次期理事長に選出された山中教授によるスピーチも行われた。山中教授は、本学会の意義と今後の展望について述べる中で、幹細胞研究により一人でも多くの方を病から救うためには、幹細胞研究に加えて、化学と生物学、発生分化学等の基礎研究、さらに組織エンジニアリング等の先端技術成果を結集して臨床応用を推進することが最も重要なエフォートであるが、それに加えて倫理、規制、特許の意義についても強調した。これらひとつひとつの要素をジグソーパズルのピースに例えて「1つたりともピースが欠けてはならない」と、臨床応用の実現にはそれぞれの立場からの協調が必要であることを述べた。本会は2年前のサンフランシスコ開催時にアジア初となる横浜での開催が決定したが、山中教授はその後の大震災によるさまざまな心配があったものの無事に当地で開催できたことにも言及し、全てのISSCR関係者ならびに参加者への感謝を表明した。

初日のプレナリーレクチャーに登壇された高橋和利先生にコメントを頂いた。
「第2回のボストンでの大会から参加していますが、その頃の規模は小さく、参加するたびに大きくなったという印象を持っています。iPS細胞は、幹細胞研究の発展やISSCRの規模が大きくなる時期と重なるタイミングで登場したため多くの研究者に使ってもらえるようになったと思っています。いまはiPS細胞の作製方法の開発が進み、遺伝子導入を化合物で代替する可能性も出てきたり、ダイレクトリプログラミング法が開発されたりしていることは、本当に素晴らしいことで興味深く見ています。CiRAでも化合物ライブラリーを用いた最先端の研究が進行中です。臨床応用のためには、iPS細胞技術の進歩、効率化する工夫、実験の再現性、幹細胞株ごとの特性を標準化する工夫、そして安全性、これらが最も重要であると考えますが、それに加えて、初期化や分化のメカニズム等生物学的な理解を深めるための研究も大事で自分としても最も力を注いでいるところ。どのようにこの分野の研究が進んでゆくのかを楽しみにしながら、自分も着々と地道に研究を今後も進めていきたいです。」

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