研究開発トピックス

iPS細胞の標準化動向に関する国際比較調査
- 国際比較調査のバックステージストーリー:海外訪問調査を終えて、報告書ができるまで

福士 珠美(科学技術振興機構研究開発戦略センター ライフサイエンスユニット フェロー)
掲載日:2010年06月25日

京都大学iPS細胞研究所1

口頭発表が行なわれる会場は2階と3階にあり、エスカレーター
で移動します。知的財産保護の観点から研究発表が行なわ
れる会場内の撮影は参加者であっても禁止されています。
学会では、論文としては未発表のデータも数多く発表され、
最先端の情報が行きかっている現場にいることを実感します。
(写真提供:京都大学 iPS細胞研究所(CiRA))

筆者は本年6月16日から19日まで開催されたInternational Society for Stem Cell Research (ISSCR、国際幹細胞学会)の年次大会に参加するため、米国はサンフランシスコ中心部のコンベンションセンターを訪れました。昨年もこの学会に参加しましたが、その時には、ちょうど、このiPS細胞の標準化に関する国際比較調査のために訪問すべき機関やそれを知っているキーパーソン探しをして、学会会場を歩きまわっていました。
今年は、そうした人たちの姿を見かけたら、調査協力してくださったお礼を兼ねて、それぞれの立場からみた幹細胞研究の最先端や、各国政府の推進戦略の最新動向の情報交換を行うことになります。
iPS細胞研究のような先端科学技術の進歩はものすごく早く、たかが1年、されど1年、情報はあっという間に古くなってしまうのです。常に最新の情報を見聞きし、調査報告書を発行した時点では最新の成果であっても、それをアップデートする必要があるかどうか検討し、提言した内容の軌道修正を行うべきか、そうしたフォローアップも抜かりなく行っていくことが、日本のiPS細胞研究の国際競争力を維持して、さらに高めていくために私たちJST-CRDSが行っていくべきミッションだと言えます。

さて、前回までに、iPS細胞の標準化に関する国際比較調査について、What(調査の結果)、 Why(なぜ調査を行ったか)、How(どのように調査を行ったか)そしてWhere(どこへ調査に行ったか) について、お話ししてきました。
今回はそれらの成果と「日本にいながら、ウェブや文献情報によって、各国の動向を調べてまとめる」調査の成果とをどのようにつなげて、一つの報告書にしていくかについてお話して、この連載を締めくくりたいと思います。

iPS細胞の標準化についての海外訪問調査は、前回にお話しした米国のウィスコンシン、ワシントン、ボストン、カリフォルニア(2009年11月)の他、米国の国立衛生研究所(2010年1月)、英国ロンドン(2010年1−2月)と合計3回行われました。それらの調査出張に参加したフェローと、国内でのウェブ、文献調査を担当してくれるフェローが集まり、成果を報告し、どのような内容で報告書を書いていくか、報告書のグランドデザインについての相談が始まったのは2月の中旬です。
相談の中では、幹細胞バンクの訪問調査を踏まえて、世界中に今存在する幹細胞バンクの所在地に加えて、品質管理基準や受託、寄託をうける細胞の受け入れ方法などについてまとめていこう、とか、各国の標準化技術開発に関連する学術論文や特許の数も調べて記載しよう、など、今度は「現地インタビューではとれない網羅的、定量的な情報」を、インタビューで得られた情報の粒度に合わせつつも如何に客観的に収集、補足していくかについての検討が行われるのです。このような打ち合わせは、報告書の完成までに数回行われます。

海外への訪問調査は、主に海外への留学経験や関連する人脈を持ち、英語でのコミュニケーションに慣れているフェローが担当し、彼らがインタビュー調査の報告文章を作成していきますが、国内でのウェブ・文献調査になると、少々様相が変わってきます。
文献情報の検索に長けたフェローや、数値情報を整頓してグラフ、表をまとめるのが得意なフェローがどんどん情報を検索して図表を作成してくれます。また、インタビュー調査の際に録音した音声記録を聴きとり、その内容を日本語に訳し、現地で取られたメモや海外調査原稿との整合性を図ってくれる、高いヒアリング能力を持つフェローなど、様々な形で、海外調査には直接関わらなかったフェローたちも国内調査と報告書原案の執筆に関わってきます。
それらをまとめて、文科省からの要望に応える内容に仕上げること、さらに研究者から見た時の学術的、科学的レベルを一定に保てるように、出典情報などを押さえながら編集作業が進んでいくのです。

編集段階では、毎日のように原稿ファイルがアップデートされ、さまざまなデータと文書が組み合わされていきます。そして、編集していくうちに新たな調査や情報が必要になると、いつまでにそれを行い、原稿にどのように反映させるか、誰がそれを行うかなどの打ち合わせも頻繁に必要になってきます。
私たちの報告書作成にも常に5、6名のフェローが関わり、メールでの進捗状況確認や分担会議、そして皆が顔を合わせての編集打ち合わせなど、何度となくやり取りが行われました。特に、今回は海外訪問調査の終了から報告書の脱稿までの時間が1ヶ月半と短いうえに、複数のユニット、チームの混成による特別ミッションとしての調査であったために、打ち合わせのための時間と場所を確保することが難しいこともありました。それを乗り越えて年度末までの活動成果としてまとめることができたのは、iPS細胞とその標準化に関わる研究というものの持つ、科学技術としての魅力と、その推進戦略が左右するもの(日本の科学技術外交の力を試されるということ)の大きさからくる、フェローたちの責任感、仕事に対するやりがいといったものに支えられていたのだと思います。

京都大学iPS細胞研究所2

ポスター/企業展示の会場前に設けられた休憩スペース。空き時間を
利用して情報交換、研究のディスカッションが行なえるよう、テーブル
が設けられているほか、インターネット接続も可能になっています。
(写真提供:京都大学 iPS細胞研究所(CiRA))

サンフランシスコのISSCR会場では、iPS細胞についての最先端の研究成果が発表され、幹細胞バンクや標準化に関連した研究発表もたくさんありました。
2012年には、京都大学の山中伸弥教授が大会長となって、横浜でこの学会が開催されることが決まりました。あと2年—おそらくあっという間に経ってしまう時間かもしれませんが、その間にもiPS細胞の品質管理の向上が図られ、標準化のための技術開発もどんどん進んでいくのでしょう。実際、私たちの調査が終了してから4カ月の間にもいろいろな動きがありました。
ジェロン社のヒトES細胞による脊髄損傷患者の治療は、一度は再開が許可されたものの、再度停止になり、現在まで再開されていないそうです。
ウィスコンシン大学の幹細胞バンクは、国立衛生研究所がウィスコンシンのヒトES細胞株を基準にすると正式に述べた後にNational Stem Cell Bankとしての活動契約が終了し、米国には今、連邦政府の管理するヒトES細胞のバンクが存在していない、という状態です。
一方で、iPS細胞センターが国立衛生研究所に設立され、iPS細胞バンクの運営がそこで行われることが報道されています。
カリフォルニア州政府は、カリフォルニア大学デービス校に約20億円を投じて、ヒトの臨床研究に使用可能な幹細胞の作製、品質管理技術を開発する施設を建設しています。
英国でも、今まで無償で行ってきた幹細胞の配分を来年から有償化し、さらに、英国人研究者グループが作製に成功した複数のiPS細胞株の品質管理試験も進んでいるそうです。

このように、標準化とは、規格、基準を設けることで、その結果、誰もが、最初からいちいち考えなくても、すばやく処理ができ、一定の水準の結果も期待できるようになります。
身近なところでは、通勤・通学のルートをいろいろと変えてみて最短ルートを探すこと、仕事の手順をマニュアル化すること、台所の調味料の位置を使いやすい ように配置することなども広くは標準化の一例と言えるでしょう。私たちは意識せずに生活の中で絶えず標準化を試みているとも言えるのです。

4回にわたってお伝えしてきた、調査エピソードでしたが、調査からたった4ヶ月でこれだけたくさんの展開が世界において見られるということは、苦労して皆で作ってきた報告書であっても、新しい技術開発や政策的展開が見られれば、その役割を終え、価値を失ってしまうのかもしれません。そして、また新しいミッションとしてiPS細胞研究の「最先端」を改めて調べそれに応じたiPS外交戦略を提案する必要がでてくるのでしょう。
その時にもまた、今回お伝えしたような、フェローたちの様々な努力と協調によってJST-CRDSが日本の科学技術政策のお役に立てることを願って、この連載を終わりたいと思います。最後まで読んでくださった皆様、どうもありがとうございました。

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