研究開発トピックス

iPS細胞の標準化動向に関する国際比較調査
- 国際比較調査のバックステージストーリー:JST-CRDSの行う海外訪問調査って?

福士 珠美(科学技術振興機構研究開発戦略センター ライフサイエンスユニット フェロー)
掲載日:2010年06月14日

前回までに、iPS細胞の標準化に関する国際比較調査について、What(調査の結果)と Why(なぜ調査を行ったか)についてお話ししてきました。今回は、How(どのように調査を行ったか)とWhere(どこへ調査に行ったか) について、お話ししていきます。
国際比較調査には、「日本にいながら、ウェブや文献情報によって、各国の動向を調べてまとめる」タイプのものと「実際に現地を訪問して、担当者から直接話を聴いたり、施設を見学したりする」タイプのものがあります。JST-CRDSでは、この両方の手法によって国際比較調査を行いますが、今回は、特に現地訪問調査についての手法や、私たちが訪れた場所のエピソードについて紹介しましょう。

iPS細胞の標準化については、特に治療のために人間の体内に投与するような目的で作製される細胞の品質をより均一な条件で作製し、その性質の安全性、安定性、そして確実性を担保することが重要です。しかし、ヒトiPS細胞は、2007年に世界で初めて「作ることができた」という状況です。その後も「こんな方法で作れました」「あんな方法でも作れます」という主旨で論文発表されている成果も少なくありません。つまり、「iPS細胞を作りだすための方法論」すらまだ確立されておらず、安定した品質のiPS細胞を「標準細胞」として数多く作製、分配できているわけではないのです。
また、作製したiPS細胞は、患者さんなどヒトの体内に注入するのか(in vivo)、体外(in vitro)での研究開発に使われるのかで、求められる安全性の基準が異なります。また、一口に体外(in vitro)と言っても、ある難病に罹るメカニズムの解明に使うのか、開発中のある薬剤の毒性試験に必要なのか、使用目的の違いによって、より適した(iPS細胞の)作製方法や保管の方法、あるいは品質管理の基準だって変わってしまう可能性がまだまだあるのが現状です。
そのため、標準化に関する技術開発は今まさに熾烈な国際競争のさなかにあり、最先端の成果を発表するタイミングやその内容について、各研究者の所属する組織、あるいは実験を行った国、はたまた、彼らの出身国の政府によって綿密にコントロールされ、少しネットサーフィンをしてみただけではわからないことが多いのです。

そこで、私たちは、ウェブや文献ベースの情報収集と分析を行う以外にも、そうしたリソースからは得られないであろう「リアルタイムの情報」を「より早く、より詳細に、より正確に」聴きだすことができる、「訪問調査」を行っていくことを決めました。
また、その際、まだ不確定要素の多いiPS細胞のことだけではなく、同じように品質管理やバンク機能を持った機関がすでに数多く設立されているヒト胚由来の幹細胞(ヒトES細胞)も対象として「幹細胞の品質を一定に培養、管理するための技術開発を進めているか」「幹細胞の品質管理の基準や評価項目、評価手続きがしっかりしているか」「標準化を見越して国内外に自分たちの作製あるいは管理している幹細胞を分配する、いわゆる「バンク機能」を持っているか」「バンク機能を通して配布されている幹細胞を用いた研究成果が国際的に認められているか」「どのような方法で(経費も含めて)標準化を行おうとしているのか」などの条件を考慮して、訪問する意義の大きい研究所や幹細胞バンクを選考していったのです。

訪問調査先を決めるのも大変ですが、そこに問い合わせをして訪問日程を調整するのは、もっと大変です。
訪問先としてふさわしく、なおかつ、こちらの問い合わせに応えて訪問調査を受け入れてくださる見込みのある場所を選んで、ある程度日程を絞り込んだ訪問交渉を進めていかなくては、短期間に効率的な調査を行うことは難しいのです。
交渉をうまく進めるためにどのような有効な方法があるのかを考えた時に役立つのは、フェローが日ごろ業務や海外出張などで得てきた人脈や情報網、そして調査の趣旨に賛同し、協力を申し出てくださる外部有識者の先生たちからの紹介です。今回の調査に関しては、フェローが開拓、問い合わせをして訪問が実現した組織の他、上席フェローである浅島誠先生、外部有識者として協力くださった京都大学iPS細胞研究センターの石井哲也氏、理化学研究所の西川伸一先生らの紹介によって訪問が実現した組織(ハーバード大学、米国国立衛生研究所など)もありました。

JST-CRDSのフェローが海外の研究者や科学行政従事者との人脈を構築するのは、海外で開催される国際学会や国際会議へ情報収集のために参加する機会の他、JSTの国際科学技術部、文部科学省など、海外への組織的つながりを持つ内外の部署からの紹介によって、各国の大使館職員や、本国の政府機関、資金配分組織からの訪問者との交流によって得られた知己に寄るものが多いです。
その他、フェロー自身の留学経験やこの仕事に就くまでの研究経験から派生した人脈を利用したり、いろいろな縁で「知り合いの、知り合いの、その知り合い」くらいを頼ることも稀ではありません。
とにかく、国際比較調査に携わるフェローとしては、国内外に人脈を作り、維持すること、またそういう知り合いたちから、しかるべきタイミングでしかるべき場所や人物を紹介してもらえるよう、自分の入手した情報と相手の持っている情報を交換する機会を保ち、信頼関係を築いておくことが重要なのです。
調査では、お互いの人間関係と相互信頼、科学者や研究者としての理解と協力度など、インターネットではわからないものが情報として得られるのです。

今回の調査における訪問先の一つ、ウィスコンシン大学のWiCell Research Institute も、フェローが参加した国際学会で名刺交換を行った相手を頼りに取り付けたアポイントメントでした。
ウィスコンシン大学はそんなに日本で知名度の高い大学とは言えませんし、そもそも「ウィスコンシン」という地名すら聞いたことのない人も多いかもしれません。しかし、幹細胞研究においては、ブッシュ政権下で米国の連邦政府がヒト胚由来の幹細胞を用いた研究への助成を見合わせていた頃に、せっせとウィスコンシン州の政府が研究を支援し、州ぐるみで幹細胞研究による医薬品産業の活性化(有名企業の誘致や研究者、企業の開発した技術の特許申請、登録などに州が絡むことで、知的財産権の州への帰属を促進し、州の歳入増加を見込んでいると思われます)に取り組んできた拠点施設という経緯があり、かつては、この研究所の幹細胞バンクが米国国立衛生研究所と「National Stem Cell Bank」契約を結んで、全米のみならず、全世界に、H1株という、ヒトES細胞の「標準」とも言うべき細胞株の管理と配分を一手に引き受けてきたのです。((注)その結果、2010年4月にウィスコンシンのES細胞株が米国国立衛生研究所によって連邦政府助成研究における使用に関する承認を受けました。)
このような経緯を考えて、私たちはWiCellの広報担当者とメールでやり取りし、JST-CRDSの設立経緯や役割、今回の調査の趣旨や質問項目を英語でまとめた資料を事前に送って、調査に備えました(事前に資料を送ることで、先方も私たちの調査の趣旨により適した研究者やスタッフに声をかけて、インタビューの時間を確保してくれるのです)。
そうして、秋も深まった11月に、日本からの直行便もなく、冬を思わせる冷たい風が吹き、日差しが陰り鬱々とした「1年のうちでもサイアクのシーズン」を迎えつつある中西部の片田舎にある文教都市、ウィスコンシン州マジソンを訪れたのです。他のアポイントメントと重なったため、ワシントン、ボルチモアを回るチームと、ウィスコンシンを訪問するチームにまずは別れて調査を行い、ボストンで合流して、ハーバード大学を訪問したのちにカリフォルニアに移動し、さらにいくつかの研究機関を訪問してから帰国することになりました。

最終回は、このような調査旅行の成果をどのように報告書としてまとめていくか、お話していきます。

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