研究開発トピックス

幹細胞の分化と脱分化に関する国際学会
- 2010 Keystone Symposia, Stem Cell Differentiation and Dedifferentiation

掲載日:2010年04月28日

写真:Keystone Symposia会場

Keystone Symposia会場

  • 開催期間:2010年2月15日−20日
  • 開催場所:米国コロラド州キーストーン・リゾート
  • 参加者数:およそ430人
  • 協賛企業等:Genzyme, Pfizer, Sangamoの他60社
  • 招聘講演数:29
  • ポスター発表数:230

冬季はスキーリゾート地として有名なキーストーンは、その名を冠する国際学会開催地としてもよく知られている。
もともとはカリフォルニア大学ロサンゼルス校が主体となり、分子細胞生物学 専門領域の研究者が集まってアイデアを交換し緊密なディスカッションのできる学会として1972年から運営していたが、開催本拠地の名称へと変更した。
その後ライフ分野における学会テーマも年々拡大し、全米にまたがる運営委員と現地専任スタッフにより、現在は毎年50近くの国際学会が開催されている。
通常は250名前後の参加者であるようだが、今回のStem Cell Differentiation and Dedifferentiationは総登録数430名を超える参加者を迎えることとなった。

全参加者が朝8時半から一堂に会して同じ講演を聞き、夜の部は10時過ぎまでポスター会場でディスカッションがある、という形式で連日進行した。
最初にKeystone Symposiaのスタッフから開催に際しての注意事項について説明があり、画像や映像、録音の禁止、講演・ポスター内容の外部への公表の禁止、また、標高2829mという高地であるため、一日8カップ以上の水を飲むようになど健康上の留意点も説明された。実際に初日の講演時には、気分を崩して運ばれる参加者の姿もあり、各テーブルには誰もがいつでも水を飲めるようにコップと水差しが置かれていた。

本学会は、京都大学の山中伸弥教授と英国フィオーナ ワット教授がオーガナイザーを務めた。
2006年の山中グループによるiPS細胞発見以来、世界を席巻した夢の医療への期待を背景に、これまで層の厚い幹細胞研究に携わってきた研究者と、新たに登場したiPS細胞の研究者を対象として開催された。
ディスカッションテーマとしては、幹細胞ならびにiPS細胞の作製と単離法、多能性を維持する培養条件、多能性を規定する分子群の解明、幹細胞ならびにiPS細胞から再分化させる手法の開発、を中心に討議することを目的とした。
さらにこの領域の裾野の分野として重要であり生物学の根源的な課題でもある、分化・脱分化メカニズムの理解や、臨床応用を具体化するための方法論として低分子化合物の利用と創薬への応用、疾患モデル細胞の作製と疾患メカニズムへのアプローチ、幹細胞ならびにiPS細胞の利用による臨床応用、再生医療への実現性、に関する発表と熱心な討論が行われた。

写真:懇談の様子

懇談の様子

日本からは、山中教授をはじめ、須田年生教授(慶應義塾大学)、西川伸一博士(理化学研究所)、篠原隆教授(京都大学)、岡野栄之教授(慶應義塾大学)、米欧からはJames A. Thomson博士(米国ウィスコンシン大学)Rudolf Jaenisch博士(米国ホワイトヘッド研究所)、Ihor R.Lemischka博士(米国マウントシナイ医科大学)、Austin Smith博士(英国ケンブリッジ大学)など、この分野の大御所研究者が勢ぞろいした。
それぞれの招聘講演者の発表は刺激的な内容であったが、特に上記の日本人研究者の発表は最新の研究成果と良く準備された滑らかなプレゼンによって、聴衆に深い感銘を与える、まさにお手本といえる素晴らしい発表であった。

おもに基礎分野についての研究発表の概要を以下にまとめる。

初日のKeynote Talkは、James A. Thomson博士。
遺伝子アレイの解析から分化細胞で発現する遺伝子群を同定、それら転写開始点にSMAD複合体が集積することなど、分化へ向かう遺伝子制御の仕組みについての講演があった。ES細胞で特異的に発現する14遺伝子の同定に端を発し、トムソン因子と呼ばれるdefined factorsを用いた手法により脱分化を成功させた経緯が紹介された。ES細胞 とiPS細胞の生物学的な相違点については、エピジェネティクスの側面からも詳細な研究がなされるべきであると提言され、本学会の主たるテーマの一つを明らかにされた。

多くの講演者から、iPS細胞の作製と維持管理については、iPS細胞は集団としてはヘテロな細胞の集まりであるため、その中でどれがgood でどれが badかを区別し評価する方法を開発し、安全性を管理する必要性があることが挙げられた。
山中教授からは、フィーダーレイヤーを用いない、より安全なヒトiPS細胞作製法についても報告された。
他研究者からも、臨床応用のためには4つの要素、すなわち、1)低分子化合物の利用などベクターを用いないiPS細胞の作製、2)初期化遺伝子の誘導を目的とする手法の開発、~一例としてZink finger ヌクレアーゼを利用する高効率(95%)遺伝子ターゲッティング法~、3)増殖培養条件の標準化、4)疾患特異的iPS細胞作製による疾患モデルの開発、に留意する必要があることが示された。
また、前駆B細胞を用いた実験系により、iPS経路について昨年山中教授が提唱されたstochastic(確率)modelを支持するデータが示された。

iPS細胞とES細胞との相同性については、遺伝子発現レベルの解析のほか、エピジェネティックな相同性、テラトーマ形成能、in vitroの分化能、細胞としての均一性などに関する解析は、マウスの系に比較してヒトiPSでは今後のさらなるデータ収集が求められている。
エピジェネティクスについてJaenisch博士は、iPS細胞においてDnmt3a,3bが関与するエピジェネティクス経路の一部が明らかになっただけで、まだブラックボックスのように解明されていないメカニズムがあることを強調し、今後はその中身について明らかにする必要性が示された。
X染色体不活化にみられるインプリンティングのように高等動物に特有の現象を例として、酸素分圧による影響など、その分子機構についての発表もなされた。
また、エピジェネッテッィク研究モデルとして融合細胞によるヘテロカリオンの系を用い、DNA脱メチル化によるリセットが適切に起こるかどうかが、リプログラミングの決め手となっていることが示された。

今後の臨床応用を視野に入れた興味深い発表として、機能的ゲノム解析法の開発による安全で有効なiPS 細胞の選別、「iPS スコアカード(成績表)」の提唱があった。すなわちiPS細胞作製に際して元となる細胞の選別と、出来上がったiPS細胞の分化能、その後の安全性までを視野に入れて、エピジェネティックな情報を過去・現在・未来に分類する。それをもとに、用いるべき細胞クローンを評価し選別する指標としての「スコアカード化」である。

一方、シグナル研究の観点からも、多能性を保持するための細胞内ネットワークの報告がなされた。
多能性として十分な「グランドステート」にある胚細胞を見分ける事が重要であるが、情報伝達に重要な役割を果たすMek/Erk系 あるいは GSK3阻害剤(2i)を用いることにより、多能性を十分保持した細胞集団に留め置き、選択し濃縮する方法を効率化できることが示された。
未分化な生殖細胞や血球系細胞のlineage(細胞系譜)を理解する研究成果をもとに、たとえばpost-implantation epiblast 等のエピジェネティックな状態を人工的に操作することで、多能性細胞へのリプログラムの手法を改良しようとする報告も行われた。
その他、骨格筋、心筋、神経、皮膚、胃粘膜上皮等の組織幹細胞や前駆細胞、上皮系や造血幹細胞の置かれた微小環境による未分化状態の維持と分化への変換、生殖幹細胞の維持に関与するシグナル、等の報告も相次いだ。

具体的な疾患例として、Noonan Syndrome 関連疾患(LEOPARD)患者からiPS細胞を作製し、心筋細胞、血球へ分化させた病態モデル確立についての報告では、リガンド刺激時のシグナル活性化について正常細胞との相違点などが明らかにされた。
種々のモデル系での研究成果をもとに、異常シグナルの中心となる分子や、Sox2などリプログラムに必須となる遺伝子に代わる低分子化合物のスクリーニング、また、リプログラム下流のシグナル分子を代替し得る化合物のスクリーニングなど、遺伝子発現解析、プロテオミクス解析と併行する大規模な化合物探索に関する発表も活発に行われた。外来遺伝子を用いないリプログラムの実現、その安全性評価の確立も、そう遠くないと感じられた。

懇談の様子

キーストーンの風景

モデル動物も従来のマウス、ラット以外にマーモセットに外来遺伝子を組み換えモデル化した研究成果も報告され、パーキンソン、脊髄損傷、脱髄性疾患、自閉症、網膜変性疾患、冠動脈疾患、糖尿病などを対象とする、疾患の理解と治療への試みに関する研究成果が加速度的に蓄積されている事をあらためて認識させられた。
実際にヒト神経幹細胞バンクを利用した臨床試験成果や、今後の臨床応用に備える多能性細胞ソースに関する研究として、臍帯血や胎盤由来細胞についての報告も行われた。

以上のように全5日間、ぎっしりと高密度な講演とディスカッションが続き、さらにポスター発表が行われたが、大物研究者達も連日会場で熱心に耳を傾けていた。午後のスキー疲れを窺わせることもなく、緊迫した雰囲気の中では居眠りする参加者など皆無であった。
オーガナイザーの一人である山中教授は、最後の閉会挨拶の中で、参加者に対して継続的な参加と熱心な討議への謝辞、そして開催に関与した全てのスタッフへの感謝を述べられた。
日本の学会とは異なり、最後はバンド演奏と傍観者の多いダンスで締めくくられたが、希望に満ちた前途さえ想像させる明るさに満ち溢れた学会であった。
(本間美和子)

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