研究開発トピックス

化学物質によるリセット

掲載日:2009年11月13日

体細胞からiPS細胞を作製する初期化の効率を上げることは、iPS細胞を利用する再生医療、疾患メカニズムの解明、創薬など医療への応用面でも大変重要である。ただし、外来遺伝子導入による遺伝子変異を回避する手法の開発など、安全面での検討も必要となる。
このような観点から、高効率かつ安全なiPS作製技術開発競争がしのぎを削る中、非ウイルス性遺伝子ベクターの利用、外来遺伝子の種類を最小にする方法、ひいては外来遺伝子を発現させる代わりに4因子遺伝子がコードするタンパク質そのものを細胞内に導入する方法、等がすでに報告されている。
それら開発競争には、遺伝子発現を代替し得る「低分子化合物」の利用も大きな役割を果たしている。

A chemical platform for improved induction of human iPSCs.

米国スクリプス研究所Sheng Dingのグループは、細胞の初期化に関わる4因子(Sox2, Oct4, Klf4, c-Myc)の機能が「遺伝子発現に関与する転写因子」であることから、遺伝子の下流にあるシグナル系に関与する3種類の低分子化合物を利用することで初期化を試みた。
一つは、体細胞など間葉系細胞が、初期化誘導とともにカドヘリン(E-cadherin)を発現して上皮系への転換を促進する、「TGF-beta 阻害剤」である。
二つ目は、細胞のリプログラミングを誘導する事が知られている、「MEK-ERK系シグナル阻害剤」。
三つ目は、初期化の過程にも重要な役割を果たすと予想される「細胞の生存に関与する化合物」である。実際に、ヒト初代繊維芽細胞にレトロウイルスベクターにより4因子を導入して7日後に、TGF-betaシグナル(ALK5)阻害剤SB431542とMEK阻害剤PD0325901をそれぞれ単独あるいは両者を培地に添加すると、初期化誘導の指標となるアルカリホスファターゼ遺伝子を発現するコロニー数が増加するとともにSSEA4, NANOGという多能性マーカー遺伝子発現コロニーも増加した。
30日後には、2つの阻害剤併用処理群は、非処理群に比べおよそ100倍のコロニーが得られ、「初期化の高効率」だけではなく、短期間にコロニーを形成できる「初期化の加速化」も観察された。
さらに、ヒトES細胞培養条件下の生存率を改善するための低分子化合物として見出されたthiazovivin処理をも併用する、3種類の化合物処理では、非処理群と比較して初期化の効率を200倍以上増大させることが明らかとなった。

Generation of human induced pluripotent stem cells in the absence of exogenous Sox2.
by Li W. et al. Stem Cells, Epub 16 Oct. (2009)

また、同グループは「グリコーゲン合成キナーゼ-3(GSK-3)」阻害剤であるCHIR9902を利用することにより、マウス胎性線維芽細胞(MEF)を2つの山中因子、Oct4とKlf4、だけで初期化させることに成功した。
一方、ヒト皮膚に由来する初代培養細胞(ケラチノサイト)を同様に上記の2遺伝子のみ導入した場合には、CHIR9902に加えて「リジン特異的脱メチル化酵素1」阻害剤であるParnate (別名tranylcypromine)と共に処理した場合に、初期化に成功した。

増殖能に関与するSox2ならびにMycを外来遺伝子として導入することはがん化のリスクを負うことになるため、それら遺伝子を用いることなく、他の2遺伝子と化学物質と併用することでヒト体細胞の初期化に初めて成功した意義は大きい。この結果からマウスおよびヒト体細胞の初期化メカニズム(リプログラミング)を考察すると、GSK-3阻害剤処理により初期化遺伝子発現を誘導する効果が得られた事が示唆された。
今後、このような低分子化合物の利用は、初期化メカニズムの解明とも関連して、多くの研究者と開発分野の注目を集めていく事が予想される。

背景

1.iPS作製法は効率が低く(およそ0.01%)、作製までの時間も4週間以上かかる。その上、出来上がったiPS細胞は分化しやすいという、培養条件の困難さがある。
2.具体的には、内在性のSox2遺伝子を発現している神経前駆幹細胞(NPCs)では、Oct4とKlf4の2遺伝子、あるいはOct4のみ1遺伝子を導入するだけで、効率は低いもののiPS細胞の作製に成功している(iPS Trend研究開発トピックス 初期化因子Oct4だけでヒトiPS細胞の作製に成功)。別のグループは、NPCsにメチル基転移酵素のひとつ「G9a」の阻害剤BIX-010294を添加することにより、Klf41遺伝子のみでiPS作製に成功した。その後、Sox2を発現していないマウスMEF細胞では、Oct4とKlf4遺伝子導入とBIX-010294処理を併用することで初期化に成功している。
その他、DNAメチル化酵素「DNMT」阻害剤であるRG108、5-AZAや、Caチャンネル阻害薬 BayK8644もマウス細胞の初期化を促進する化学物質として同定されている。ヒストン脱アセチル化酵素阻害剤であるvalproicacid(VPA)も初期化の効率を上げる。タンパク質導入によるiPS作製時にもVPAが利用されたことはすでに報告されている他(iPS Trend 研究開発トピックス 初期化タンパク質の直接導入によるヒトiPS細胞の創生)、ヒト体細胞由来線維芽細胞にOct4、Sox2の2因子とVPAを併用することで、初期化に成功した例が報告されている。
このように、遺伝子発現を相補する化学物質の利用は、今後のiPS研究の進展に大きな役割を果たしており、有用な化学物質の登場はiPS開発研究に大きな影響を与えると予想される。

(解説:本間美和子)

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