研究開発トピックス

第7回 International Society for Stem Cell Research(ISSCR)への参加報告

京都大学物質-細胞統合システム拠点 特任准教授 石井哲也氏
掲載日:2009年08月24日

参加概要

開催期間:2009年7月8日(水)−11日(土)
開催場所:バルセロナ(スペイン)

国際幹細胞学会(ISSCR)について

−参加者数 3,185人(2002年 679人)
(内訳;41%がヨーロッパ、 33%が北米、 19%がアジアからの参加)
−共催カタルーニャ州政府下記の 2機関
(Center for Genomic Regulation, Center of Regenerative Medicine in Barcelona)
−サポーター数 31社・機関(展示ブース、レセプション等主催)
−ポスター発表数 1,700件以上

iPS細胞関連の研究動向調査結果概要

  • 今大会でのiPS細胞関連の発表・報告は約180件、昨年の5倍以上。
  • 発表・講演は米国、日本のみならず、英国、ドイツ、スペイン、北欧などの欧州、そしてアジアでは中国、韓国、シンガポールからなされた。
  • 内容は、多能性誘導の分子機構の解明、新たな多能性誘導因子の同定、多能性誘導因子の遺伝子やタンパク質の導入方法など様々。
  • 昨年は何らかの方法によって単にiPS細胞の樹立を報告したものが多かったが、今回は多能性誘導の分子機構を洞察する報告が顕著。
  • ヒトiPS細胞の樹立についての検討状況は、皮膚線維芽細胞のみならず、毛胞角化細胞、臍帯上皮細胞、臍帯血や末梢血の有核細胞、神経幹細胞など多彩。
  • 疾患iPS細胞の樹立については、昨年にも増して神経変性疾患、心疾患など多数。

ISSCR 7th Annual Meeting

所感

ISSCRは、初の欧州開催であったが、参加者数をさらに300人ほど増やし、盛況であった。なかでも、iPS細胞関連の発表は、非常に増えており、研究が世界的に拡大し、激しい競争を目の当たりにした。

山中伸弥京都大学教授は、学会直前にiPS細胞の樹立機構に関する総説「iPS 細胞樹立を考察するエリートモデルと確率モデル」(Elite and Stochastic Models for Induced Plulipotent Stem Cell Generation)をNature(7月2日号)に発表した。
iPS 細胞は体内に稀に存在する幹細胞など特殊な細胞だけがiPS 細胞になるのか、それとも大部分の細胞がiPS 細胞になれるのかについては議論が分かれていたが、本総説において山中教授はこれまでの知見を考察し、特殊な細胞ではなく、ほとんどの種類の細胞がiPS 細胞になる能力を秘めているというモデル(確率モデル)が優勢であると提唱した。
この説では、多能性誘導因子が導入されても、iPS細胞になるのはごく一部だが、その要因の一つとしてエピジェネティクス(遺伝子発現の後天的な制御)がバリアになっているためと考察されている。今回の学会の他発表者の多くはこの確率モデルを支持する意見を表明していた。

iPS細胞の樹立過程は、従来、その詳細な分子機構は不明な点が多かったが、今年の学会では、エピジェネティクスおよびがん抑制遺伝子との接点を垣間見せる発表が多くみられた。
具体的には、マイクロRNAやDNAメチル化、ヒストン修飾、転写因子ネットワークの解析を使って初期化の分子機構を洞察した報告があった。特に、癌原遺伝子でもある転写因子のc-Mycにも関連するが、最も重要ながん抑制遺伝子のp53をメルクマール(指標)にした報告が目立った。
p53の下流に機能すると考えられるp21、MDM2、p16INK4a,p19ARFなどの関連因子との関係性が報告された。p53と並び、生体恒常性にかかわる増殖抑制因子のひとつTGFベータも取り上げられた。
これらがん抑制遺伝子との関係については、米国ハーバード大学、ソーク研究所、スペイン国立がん研究所が言及していた。これらの論文は、p53を中心としたがん抑制機構がiPS細胞樹立を抑制する現象を扱ったものであり、山中教授も学会講演の中でp53-p21経路によるiPS細胞樹立抑制機構を発表した。
代表的ながん抑制遺伝子p53が細胞の恒常性維持やがん抑制のみならず、細胞核の初期化においても抑制的に働くという知見は、細胞核初期化とがん研究の接点を顕在化させ、新しい研究分野の創出につながるかもしれない。
もちろん、この知見は、iPS細胞の樹立効率が低い原因の解明のみならず、iPS細胞の樹立法改善にも大きく役立つと期待される。

iPS細胞の素材となる体細胞については、非常に様々な事例が本学会で報告された。
臍帯血からの樹立報告は、我が国における再生医療用iPS細胞バンク設立にとって大変に参考なる事例といえる。
骨髄バンクはドナー登録のみであるが、臍帯血バンクはHLAタイピング済みの細胞を保管しており、インフォームドコンセントの観点さえクリアすれば、既存臍帯血バンクをiPS細胞バンクに活用できるかもしれないためである。
医療への応用という観点からは、このような考え方があるが、その前に、様々な体細胞から樹立したヒトiPS細胞の特性、すなわち多能性の程度、網羅的遺伝子発現、表面糖鎖解析、genomic stability(ゲノムの安定性)、などの徹底的な比較解析が必要である。

iPS細胞からの様々な組織系列への分化誘導については、神経、心筋、血液、肝臓、膵など多彩であり、ES細胞でのプロトコール(研究手順)を準用して研究が行われている。
株特性をふまえた分化誘導の実証がキーテクノロジーとなるであろう。
iPS細胞においても、ES細胞と同様に3胚葉系への分化誘導特性が株ごとに異なることが示されつつあるからである。

病態解明や毒性試験応用、創薬応用への展開が期待される疾患特異的iPS細胞の研究については、レオパード症候群、自閉症スペクトラム、 網膜疾患、冠動脈疾患など、既に論文報告があるものとは異なる多数の樹立報告があった。
ただし、これらの発表は、病態を完全に再現するところまで到達したものは少ないと思われ、今後の進展が期待される。
また、研究グループ的な活動と異なり、組織的な疾患特異的iPS細胞の樹立の取り組み例としてハーバード幹細胞研究所iPSコア施設(HARVARD STEM CELL INSTITUTE IPS CORE FACILITY)やオンタリオ・ヒトiPS細胞施設(THE ONTARIO HUMAN IPS CELL FACILITY)が挙げられる。
我が国としても参考になる取り組みであろう。

日本が先導的な位置にあると感じた研究は、学会期間中に論文発表になった「iPS細胞由来神経系前駆細胞の移植安全性の検討」(Miura, K.et al. (2009). Variation in the safety of induced pluripotent stem cell lines. Nature Biotechnology Published online: 9 July 2009)である。
再生医療応用を念頭においてここまでの検討をしている事例は皆無であった。
ただし、学会開催国スペインのバルセロナ再生医療研究所は、ファンコーニ貧血特異的iPS細胞の試験管内での異常修復に成功(※2)しており、独自のレトロウイルスベクター開発、バンク構築など、我が国を脅かす存在が、米国のみならず、欧州にも存在することが分かった。 iPS細胞作製機序とがん抑制機構の関連論文が、Nature8月9日号に5本掲載されていることからわかるとおり、iPS細胞の研究は、国際的な競争の下、加速度的に発展しており、半年後は予想もつかない成果が世に示されるであろう。

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