iPS細胞研究 再生医療への道

6. iPS細胞を利用した新たな医療

掲載日:2010年6月22日

理化学研究所免疫・アレルギー科学総合研究センターの渡会浩志・上級研究員、古関明彦グループリーダーらは、抗ガン効果を持つマウスのナチュラルキラー T(NKT)細胞からiPS細胞を作製し、そのiPS細胞からNKT細胞だけを大量に作り出すことに世界で初めて成功した。
現在、世界3カ国で肺ガン患者に対するNKT細胞を標的とした細胞免疫療法の臨床試験が行われているが、その治療効果を大きく上げる可能性がある。iPS細胞を使った新しい抗ガン医療の実現に向けて大きな一歩を踏み出した。The Journal of Clinical Investigation 7月号に掲載されるのに先立ち、オンライン版で6月1日(米国時間)に公開された。

厚生労働省の人口動態統計によると、09年のガンによる死亡数は34万人で、国内の死因の第1位になっている。なかでも肺ガンは、部位別の死亡率で男性で1位(48,610人)、女性で2位(18,239人)となっている(国立がんセンター調査)。
肺ガンは、手術前にガン細胞が全身の至る所に転移していることが多いため、手術後50%の患者が再発する。全身に転移したガン細胞を制圧するには、免疫療法が有効だと言われている。ただ、これまでの免疫療法が「副作用はないが効果もない」と揶揄されていたように、治療効果は低かった。
そこで、ナチュラルキラーT(NKT)細胞を活性化させることで、自然免疫系とガン抗原特異的な獲得免疫系の両方を総動員して、ガン細胞を死滅させるアジュバント細胞療法が効果的だと期待されている。
実際、千葉大学、ロックフェラー大学、クイーンズランド病院で臨床試験が進められている。

研究グループは、千葉大学と連携して、肺ガンをターゲットに、NKT細胞を活性化する合成糖脂質α-GalCerを取り込ませた樹状細胞を投与するアジュバント免疫細胞療法の開発を進めている。
これまでに17名の進行性肺ガン患者(第ⅢB、Ⅳ期)あるいは再発肺ガンの症例に対して、第Ⅰ、Ⅱ相の臨床試験を終えている。このうち、標準治療後の平均余命が6ヶ月といわれている進行性肺ガン、再発性肺ガンの症例では、初回治療だけで、全ての奨励で生存期間が平均19ヶ月延長した。このうち治療効果の高かった60%の患者は、生存期間の中央値が31.9ヶ月と長期生存を達成した。
これらの患者は、生体内に存在するNKT細胞の数が多いことから、治療前に患者の体内に存在するNKT細胞を増やすことができれば、より効果的な治療が実現できると期待される。

これまでの皮膚細胞などからiPS細胞を作製する手法では、治療に必要なリンパ球だけを作ることは難しかった。
幹細胞からリンパ球に分化誘導する際、抗原受容体の多様性を確保するため、遺伝子の再構成が行われ、様々な種類のリンパ球ができる。数多くのウイルスや病原菌などに対応するためにできた仕組みで、ヒトの場合、1000万種類以上の抗原受容体を作ることができる。一方で、ガン細胞を攻撃するリンパ球の種類は限られている。

そこで研究グループは、NKT細胞からiPS細胞を作製し、そこからリンパ球に分化させれば、遺伝子の再構成が終わっているため、NKT細胞だけができるはずだという仮説に基づいて研究を進めた。
具体的には、マウスの脾臓に存在するNKT細胞を分離し、Oct3/4、Sox2、c-Myc、Klf4という山中教授の4因子を使ってiPS細胞を作製。そのiPS細胞と骨髄由来のストローマ細胞、インターロイキン7、FLT3リガントを入れて、20~25ヶ月培養することで、NKT細胞だけを分化誘導することに成功した。この方法でNKT細胞を1万倍程度に増やすことができる。

NKT細胞から作ったiPS細胞からNKT細胞を大量に作る

マウスにメラノーマ(黒色腫)というガン細胞を注射すると、1週間で肝臓に無数のガンが転移する。この時点でα-GalCerを取り込ませた樹状細胞を投与すると、NKT細胞が活性化し、転移したガンが完全に消失する。
また、NKT細胞のないマウスにiPS細胞から作製したNKT細胞を戻し、α-GalCerを取り込ませた樹状細胞を投与すると、野生型のマウスのガン細胞が20日で3cm程度に成長し全身に転移していたのに対して、ガン細胞の大きさは5~10分の1程度に抑えられ、転移や再発を抑えることができた。
渡会研究員は「このマウスは1年以上たった現在でも生きています」と話す。

NKT細胞の活性化は抗ガン治療に有効なことが実証されつつあるが、NKT細胞の少ない患者への効果は低い。
今回のマウスでの研究成果は、体外でNKT細胞を増やして治療効果を高めることが可能であることを証明したものだ。患者からNKT細胞を採取し、そのNKT細胞からiPS細胞を作製、iPS細胞から患者のNKT細胞を大量に作製し、患者の体内に戻すことができれば、治療効果は高まるだろう。

「新しい」NKT細胞アジュバント療法

ただし課題もある。ヒトの末梢血中のリンパ球のうち、NKT細胞は0.01~0.1%程度しかない。特にNKT細胞の少ない患者から多くのNKT細胞を採取するには、新たな手法が必要だ。あるいは健康なうちにNKT細胞を取って、iPS細胞を作製・保存していくiPSバンクも有効かもしれない。
また今回の方法ではウイルスベクターを使って、4因子を導入しiPS細胞を作製しているが、ガン化の危険性があるため、ウイルスベクターを使わない手法の開発も急務だ。
いずれにしろ、iPS細胞によって、これまでの再生医療とは異なる新たな治療方法への道が拓けてきた。

山中伸弥・京都大学教授が2006年に初めて作製に成功したiPS細胞は、世界に衝撃をもたらした。
拒絶反応や倫理的な問題など、これまでの再生医療の課題を一気に解決できる可能性があるからだ。その後、世界中の研究者がiPS細胞関連研究を進め、一部の研究は臨床応用に近い段階まで進んでいる。
しかし、再生医療の実現に向けた道はまだまだ険しい。例えば、内閣府の最先端研究開発支援プログラムに採択された山中プロジェクトは、新政権の補正予算見直しで研究開始が約半年遅れ、予算額も大幅に減らされた。また、京都大学iPS細胞研究所(CiRA)で研究を進める若手研究者の多くは任期付き雇用だ。さらに様々な規制など、研究とは直接関係のない部分での課題が日本には数多くある。
菅直人新総理は8日の就任会見で、グリーン・イノベーションとライフ・イノベーションによる成長戦略に基づく財政配分を改めて表明した。iPS細胞による再生医療は、その試金石となるものだけに、資金だけでなく様々な制度面での改革も期待される。

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