インタビュー『この人に聞く』

細胞培養に必須の基質(足場)を再生医療産業成長のカギに(1)

関口 清俊 氏

私たちの体の中で細胞と細胞の間を埋める細胞外マトリックス(ECM)。このECMの中には細胞の増殖を制御し、機能を維持するために必要な様々なシグナル分子が組み込まれている。その一つがラミニンと呼ばれる接着タンパク質である。ラミニンを足場に使うと、これまで煩雑であったiPS細胞の培養を簡略化でき、しかも効率よく増幅することができる。iPS細胞から神経細胞を分化誘導するときにもラミニンは有効である。大阪大学蛋白質研究所の関口清俊教授は、ラミニンを使った再生医療のための幹細胞培養用基質の開発に取り組んでいる。

写真:関口 清俊 氏

写真:関口 清俊 氏

聞き手:細胞とECMの関係を教えてください。

関口:ECMは細胞を育む環境因子です。その中には細胞の増殖や分化を制御する様々な情報が組み込まれています。細胞はECMの情報を読み取るセンサー分子を表面にもっていて、自分が今どのような環境に置かれているかを常に監視しています。人間の身体は60兆個の細胞からできています。これらの細胞が秩序正しく集合し、心臓や肝臓のような様々な臓器を作り上げることによって、私たちの身体の恒常性は維持されています。そのような細胞社会の秩序を維持するインフラがECMです。身体のなかでは、細胞がどこにいるべきか(どこで増殖すべきか)が決まっています。もし、その場所にいるべきでなければ秩序を保つために細胞は速やかにアポトーシス(自死)するよう仕組まれています。細胞がアポトーシスを回避し、増殖するためには、細胞表面のセンサー分子と結合して増殖シグナルを細胞内に伝達する“足場”が必要です。その足場となるのがECMです。

聞き手:再生医療の根幹をなす技術である細胞を増殖させることにおいてECMは重要な役割を果たすのですね。

関口:体外で細胞を培養するためには、増殖因子(培地)と足場(基質)の両方が必要です。とかく増殖因子を供給する培地に注目が集まりがちですが、足場となるECMを模した環境を体外で作ることが培養を成功させる秘訣です。私たちは、細胞がアポトーシスしない心地の良い環境、本来の機能を維持し易い環境を探索しています。生体内で実際に細胞の増殖を支える足場、具体的には“ラミニン”を使うことで、効率的な細胞培養が可能となります。

聞き手:先生は当初、ECMの細胞接着タンパク質・フィブロネクチンのご研究をされていたそうですね。なぜラミニンに注目したのですか?

関口:ECMには間質と基底膜という二つのタイプがあります。フィブロネクチンはコラーゲンとともに結合組織のECM(間質)の主要成分の一つで、細胞を接着させ、増殖を促す活性をもっています。ただ、結合組織のECMは骨・軟骨の細胞や線維芽細胞には重要ですが、肝臓や心臓など、多くの臓器の細胞にとっては有効な足場ではありません。というのは、様々な臓器の機能を担っている細胞のほとんどは基底膜という別のタイプのECMを足場としているからです。私たちの体は“上皮”と呼ばれる細胞のシートを基本構造としてつくられています。身体の表面も多くの臓器の表面も上皮で覆われており、その上皮を下から支えるのが結合組織です。臓器は、その上皮が主な機能を担っています。肝臓で解毒するのも、膵臓でインスリンをつくるのも、肺でガス交換を行うのも上皮の細胞です。この上皮細胞のシートを裏打ちし、結合組織との境界をつくっているのが“基底膜”と呼ばれるシート状のECMです。上皮細胞がその機能を維持するためには基底膜が必要です。その基底膜の主要な接着タンパク質がラミニンです。再生医療で必要とされる様々な臓器の細胞を培養し、あるいはiPS細胞からつくり出すためにはどうしても基底膜が必要で、そうなると必然的にラミニンに注目せざるを得ません。

聞き手:ラミニンとはどんなタンパク質なのでしょうか?

関口:ラミニンはフィブロネクチンに続いて見つかった細胞接着タンパク質です。非常に大きなタンパク質で、3つの鎖(α鎖、β鎖、γ鎖)から構成されており、3本が組まないと機能が発揮されません。あまりに大きいので、組換えタンパク質をつくることも扱いも大変です。接着活性がどこの部位にあるかは1989年にドイツの研究グループが見つけています。彼らはエラスターゼという消化酵素でラミニンを断片化し、どのフラグメントに活性があるかを調べました。分離したフラグメントの8番目に活性があったので、この部分をE8フラグメントと呼んでいます。このE8フラグメントはラミニン全体の5分の1程度の大きさで3本鎖構造を保持しています。これ以上小さい断片にしても、組換えタンパク質の発現量が低下したり、活性が低下するので、このE8フラグメントがラミニンの最小活性フラグメントだといえるでしょう。

聞き手:ラミニンの中でもE8フラグメントが研究には重要ということですね。

関口:そうです。ラミニンが細胞に結合する時には、細胞表面にあるインテグリンと呼ばれる一群のタンパク質が受容体として働きます。つまり、インテグリンと結合し、細胞を接着させることがラミニンの生理活性の本質なのです。E8フラグメントは、ラミニンの細胞接着の最小単位で、ラミニンとインテグリンの結合を100%近く再現できます。α鎖は5種類、β鎖は3種類、γ鎖は3種類あって、私たちの研究室では、すべての組換えタンパク質の発現系を保有しています。


取材日:2014年12月26日

関口 清俊(せきぐち きよとし)氏の略歴

大阪大学蛋白質研究所・細胞外マトリックス研究室・教授

  • 昭和48年 3月 東京工業大学理学部化学科卒業
  • 昭和53年 3月 大阪大学大学院理学研究科生物化学専攻博士後期課程修了(理学博士)
  • 昭和54年 3月 米国フレッドハッチンソン癌研究所 博士研究員
  • 昭和59年 1月 米国 ワシントン大学病態生物学科 助教授(併任)
  • 昭和61年 5月 藤田保健衛生大学医学部 講師
  • 平成 2 年 6月 藤田保健衛生大学医学部 助教授
  • 平成 3 年 4月 大阪大学微生物病研究所 助教授
  • 平成 3 年 7月 大阪府立母子保健総合医療センター研究所 部長
  • 平成 4 年 4月 大阪府立母子保健総合医療センター研究所 所長
  • 平成10年 4月 大阪大学蛋白質研究所 教授
  • 平成12年 10月〜平成18年3月
    科学技術振興機構創造科学技術推進事業(ERATO)
    関口細胞外環境プロジェクト 総括責任者(兼任)

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