インタビュー『この人に聞く』

血液幹細胞研究から異種間臓器再生まで(1)-全2回-

中内 啓光 氏

再生医療の究極の目的はあくまでも実質臓器の再生。現状はまだ細胞治療にすぎない―かねてそう考えてきた東京大学医科学研究所幹細胞治療研究センター長の中内啓光さんは、2012年、膵臓欠損ブタを作成してその胚に正常ブタの多能性幹細胞を移植し、体内で膵臓をつくらせることに成功した。免疫学や血液学を背景に長く幹細胞研究に携わり、多くのプロジェクトを率いる研究リーダーとして力走してきた中内さん。その視線から「臨床」が外れることはない。

聞き手:
「再生医療実現化プロジェクト」第2期(2008~13年)が間もなく終了します。このなかでは東大拠点のチームリーダーとして、研究推進に尽力してこれらました。第2期におけるチームの成果を3つあげるとしたら、どんなことですか。

中内:
ひとつは、2013年1月はじめに"Cell Stem Cell"誌に掲載されましたが、iPS細胞を使ってT細胞若返らせることに成功したこと。2つ目は、論文はまだ公開されていませんが、造血幹細胞を誘導できたこと。これは学問的に大きな成果だったと思っています。3つ目は、2010年に血小板を誘導したことです。赤血球の誘導にも成功しました。

聞き手:
T細胞の若返りにはどんな臨床的意味があるのですか。

中内:
T細胞は、外敵であるウイルスやがんに対して体を守る免疫系の主役をつとめる細胞ですが、慢性ウイルス感染症やがんの患者さんでは、T細胞が何回も抗原を認識し、そのたびに活性化を繰り返しているため、攻撃力や増殖力を失って疲れてしまっているんです。そこで、HIV-1 (AIDSウイルス)に感染した慢性患者さんのT細胞からiPS細胞を作製し、それからT細胞をあらためて誘導したのです。そうすることによって、T細胞は元の10~100倍もの増殖能を獲得することがわかりました。テロメアも伸びていました。つまり若返ったのです。

このT細胞を患者さんに戻すか、またはHLAが適合するほかの患者さんに注入することによって、慢性の感染症やがんに対する、今より確実な免疫療法が実現する可能性があります。現在も、患者さんのT細胞を体外で増殖させて感染症やがんを治療する試みが行われていますが、治療効果は期待に十分応えているとは言いがたい状況です。

聞き手:
血小板や赤血球の誘導や造血幹細胞についてのあらたな成果は、輸血とか止血、白血病治療などへの応用が期待できるでしょうか。

中内:
可能性があると思います。血小板への誘導は、試験管内でヒトのiPS細胞に何種類かの血液細胞増殖因子や栄養細胞を加えて培養します。すると、血小板のもとの巨核球や血小板が誘導されます。作製した血小板はマウスで正常の止血効果があることを確認しました。

献血を待たなくても、安定した血小板製剤の供給源になることを期待しています。血小板には核がないし、輸血するときにはあらかじめ放射線照射したりフィルターを通すなどの処理をするので、ヒトの体に入れることになっても腫瘍化の心配がないからです。

聞き手:
多能性細胞については、なんでも再生できる「万能細胞」というイメージが社会に広がる一方で、今のiPS細胞やES細胞は初期化が不完全であることも明らかになってきました。

中内:
3年ほど前から、現在、私たちが手にしているマウスやラット以外のiPS細胞やES細胞は、充分にに初期化されたものではないということが、研究者の間では共通の認識になっています。

ヒトの場合だと、エピブラスト幹細胞という、少し分化が進んだ段階のものであることがわかってきました。現在はこれを使って研究をおこなっているわけですが、例えばすい臓のβ細胞を作らせるとすると、β細胞では本来発現しないはずの遺伝子が発現していたり、逆に発現すべき遺伝子がなかったり、ということが起こりうると思います。こういった細胞を治療に使った場合どのようなことが起こるか想像がつきません。

また、皮膚から作られたiPS細胞からは血液は作りにくい、血液から作られたiPS細胞からは神経は作りにくいといった現象もよく知られています。完全に初期化されていれば、こんなことはないはずですね。原因はゲノムの変化ではなく、エピジェネティックな問題です。できることなら、私たちとしては完全に初期化した細胞を手に入れたいわけですが、それがなかなか難しい。しかし、研究は各方面で進んでいるので、遠からず解決するのではないかと思っています。

聞き手:
最近、発表されたのが、膵臓欠損ブタをつくってその胚盤胞に正常ブタの多能性細胞(胚細胞)を入れてやり、仮腹に移植して体内で膵臓をつくらせたという成果です。いずれはヒトの膵臓をブタの体内でつくらせることもできるようになるのではと、大きな関心を集めています。

中内:
私は、実質臓器を作るのが再生医療の一つの重要なゴールだと思っていますが、今のところ、試験管のなかで臓器を立体的に作り上げることはなかなか難しい。それなら、生体内でやれば解決できるじゃないか、と考えてやってきました。
再生医療が今めざしているのは、幹細胞から誘導した細胞を使った細胞治療にすぎないと思います。

動物の個体内でヒトの臓器を作れないだろうか?

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患者さんのiPS細胞を樹立し、これを膵臓を作ることができない(遺伝子改変)ブタの胚に移植する。この胚を仮親の子宮に移植し発育させると、ヒトの膵臓をもつブタが生まれる。このブタが適当な大きさに育ったら、膵臓を取り出して患者さんに移植する。膵臓はブタの体内で作られたものだが、細胞は患者iPS細胞由来なので、自分の膵臓である。

聞き手:
試験管内でインスリン産生細胞を作る試みは広く行われていますが、この方法で臨床に使えるものができる見通しは暗いでしょうか。

中内:
私は難しいと思いますね。造血幹細胞だと厳密なアッセイ系があるのですが、他の細胞ではきちんとしたアッセイ系もありません。できた細胞が完全に生体の細胞と同じかどうかをチェクする方法がないわけです。ほぼ同じ、では困る。機能が完璧にできていないと患者さんには使えません。実験で機能の一部ができれば、論文は書けるかもしれませんが、臨床に使えなくては意味がないんです。

それに対して、生体内で作ったものは完璧です。発生の過程をきちんとたどっているのですから当然のことで、生体の中では受精卵からβ細胞になるまでに、分裂を重ねながら生体内でのさまざまの細胞との相互作用やエピジェネティックな変化なども受けているわけです。その発生過程を試験管内ですべて再現するのはとうてい無理な話です。

もし私が臓器移植を受けるとしたら、試験管内で作ったものよりは、動物に作らせたものでもよいから生体内で作ったものを選びますね。

聞き手:
まず、げっ歯類の膵臓再生で画期的な成果をおさめました。

中内:
2010年にラットのiPS細胞を使ってマウスの体内にラットの膵臓を作ることに成功しました。これと同様のことが、ブタのような大型動物を使ってできるようになれば、ヒトの臓器をブタの体内で作らせることもできるのではないか。そうすれば、いずれは移植臓器不足が解消するというのが、私たちの期待するところです。

聞き手:
マウスやラットに比べて大型動物ブタに特有の困難はありましたか。

中内:
ブタは妊娠期間が115日。特別な飼育施設も実験施設が必要で、もちろん扱いもマウスのように簡単ではありません。しかし、困難な点ばかりではなくて、利点もありました。最初、私はノックアウトブタを作ることはとてつもなく難しいと考えていたのですが、それは間違っていました。マウスよりも簡単に体細胞核移植ができるんです。専門家なら1年あれば、ノックアウトブタを作れます。

我々が使用した膵臓の発生を止める遺伝子は優勢です。トランスジェニックブタを作ったのですが、それでは交配して仔をとることができません。死んでしまいますから。しかし、胎仔の段階で膵臓が形成されていないとわかれば、その胎仔から線維芽細胞を採取しておきます。それが核のドナーになるので、体細胞核移植をすればいくらでもクローニングができるわけです。この方法で、膵臓のないクローンブタをたくさんつくることもできることになりました。

大型動物の扱いに慣れた優れた発生工学研究者を協力者に得たおかげで、このような方法で予定より2年早く目的を達成することができました。


インタビュアー:古郡 悦子
取材日:2013年2月20日

中内 啓光(なかうち ひろみつ)氏の略歴

東京大学医科学研究所 幹細胞治療研究センター 幹細胞治療分野 教授

横浜市市立大学医学部に学び、東京大学大学院終了。スタンフォード大学、順天堂大学、理化学研究所を経て、1993年、筑波大学基礎医学系免疫学教授。2002年、東京大学医科学研究所に移り、2008年より幹細胞治療研究センターのセンター長をつとめる。MD.、PhD.

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