インタビュー『この人に聞く』

脳に関連する組織を立体的につくる(2)-全2回-

笹井 芳樹 氏

聞き手:
自己組織化を見るために、具体的にはどのような実験系を開発したのですか。

笹井:
当初、ES細胞から神経細胞を試験管内でつくり出す技術として「SDIA法」(Stromal cell-Derived Inducing Activity)を開発しました。ES細胞を、培養条件を整えるための補助役となるフィーダー細胞を使って、望んでいる神経細胞に分化誘導させる方法です。SDIA法を使うことで、たいていの種類の神経細胞をつくることができました。しかし、大脳や間脳などの細胞をつくることはなかなかできませんでした。

SDIA法ではシャーレでES細胞を培養しますが、そもそも細胞がシャーレに貼り付くのは細胞にとっては異常な状態です。それは2次元の世界であり、3次元に対する自由度がありません。

そこで、SDIA法とは異なる方法で、より効率よく神経細胞を分化誘導する方法を考えることになりました。それは、フィーダー細胞が存在する環境で、無血清培養液と浮遊凝集塊培養を組み合わせる「SFEB法」(Serum-free Floating culture of Embryoid Bodies-like aggregates)というものです。培養液の最適化は、博士取得後研究員だった渡辺毅一さんが調整してくれました。この方法によって、望んでいる細胞の分化誘導を高い確率でできるようになりました。

しかし、ヒトのES細胞に対して同様にSFEB法を行っても、なかなかうまくいかないのです。ES細胞を一つずつバラバラにしてから新しい培養皿に移し、そして一つ一つの細胞から細胞塊をつくっていきます。このとき、ヒトES細胞をバラバラにすると、ほとんどが死んでしまうのです。

そこで、ヒトES細胞の死を防ぐための阻害剤をいろいろと試みました。そうした中で、Rhoキナーゼ(ROCK:RhO-associated Coiled-coil forming Kinase)というリン酸化酵素が活性することが、バラバラになったES細胞が死ぬ引き金となっていることがわかりました。そこで、Rhoキナーゼ阻害剤を培養液に添加したのです。すると、ほとんどのヒトES細胞は生存するようになりました。

図:無血清凝集浮遊培養(SFEBq)法

無血清凝集浮遊培養(SFEBq)法(拡大表示(PDF)

マウスES細胞を酵素によってバラバラに分散させたものを、約3000個ずつウェルとよぶ小さなくぼみに入れ凝集塊をつくらせる。この細胞凝集塊を、網膜への分化に最適化した培養液で数日間、浮遊培養する。これにより、網膜前駆細胞に高効率に分化させることができる。SFEBqは、"Serum-free Floating culture of Embryoid Body-like aggregates with quick reaggregation"の略。

聞き手:
この方法は、SFEB法に"with Quick reaggregation"(素早い再集合)が付いて、「SFEBq法」(無血清凝集浮遊培養法)と呼ばれるようになりました。これらの方法の開発によって、細胞の自己組織化をより効率よく観察していったのですね。2011年4月には、マウスES細胞から立体的な人工網膜組織をつくることに世界で初めて成功したと発表しました。

笹井:
網膜というのは、光の刺激を受けてそれを大脳に伝え視覚をつくる神経組織です。先ほど話した色素上皮細胞を含め、いくつもの層構造をなしているのが特徴です。発生学的には、初期胚の間脳が突出してできる脳由来の組織です。時とともにその形が変わっていき、遠位の先端部が陥没してカップ状の「眼杯」を形成します。さらに培養を続けると、生後のマウスの眼と同様の多層構造をもつ神経網膜が形成されたのです。

ES細胞から立体構造をつくったわけですが、胚移植をするのは比較的容易なので、できるだろうという思いはありました。

網膜の構造をめぐっては、ドイツの発生学者ハンス・シュペーマン(1869-1941)が、両生類の実験をもとに、眼杯が形成されるとき水晶体や角膜の組織は不要である可能性を主張していました。しかし、その後のニワトリの胚などを使った実験で、水晶体や角膜などの前駆組織がないと眼杯は形成されないという報告が行われ、議論になりました。眼杯は水晶体が押してつくられるのではないか、角膜が眼胚の形を決めるのではないかなどの説もありました。

しかし、そうではありませんでした。ES細胞を使ったシンプルな系によるこの実験で、網膜自体の内因的なプログラムによって形が変わっていき、眼杯や何層もの網膜の形をつくることが明らかになったのです。

眼の構造の複雑さについては、チャールズ・ダーウィン(1809-1882)も「進化論で説明するには複雑すぎる」と考えていました。このダーウィンの悩みも、自己組織化という概念で解決されたことになります。

写真:マウスES細胞由来の眼杯様組織の写真
自己組織化により形成された、マウスES細胞由来の眼杯様組織
Rxを発現する細胞が緑色蛍光を示している。

聞き手:
2012年には、ES細胞から、様々なホルモンを分泌する脳下垂体を立体的に形成することにも世界で初めて成功しました。

笹井:
その前段として、2006年に、ES細胞から視床下部前駆細胞の分化誘導を実現させました。8年かかりました。下垂体は視床下部と近接しています。視床下部についての研究がヒントになって、下垂体組織の分化誘導を実現できたのです。

視床下部の前駆組織から刺激を受けて、口腔の粘膜の表皮をつくる口腔外胚葉が、ラトケ嚢という下垂体の基になる組織になっていきます。ラトケ嚢はさらに成長し、さまざまなホルモンを産生する内分泌細胞を生み出し、下垂体になります。

研究ではさらに、ラトケ嚢を培養して内分泌機能をもつ成熟した下垂体をつくることにも成功しました。培養の条件を変えることで、副腎皮質刺激ホルモンを生産する細胞や、成長ホルモンを産生する細胞などへの分化も確認できました。

視床下部からの刺激を受けて、下垂体という立体的な構造ができていく。これらの細胞と細胞の間には、高度な相互作用があっても不思議ではないと考えています。

写真:マウスES細胞由来の下垂体組織
マウスES細胞由来の下垂体組織
マウスに移植したところ、十分に成熟した腺からホルモンが分泌された。

聞き手:
ES細胞やiPS細胞などを用いて、望んでいる細胞を分化誘導する技術はずいぶん進んできましたが、今後はどんな方向を思い描いていますか。

笹井:
細胞を分化誘導することを考える時代はすでに終焉を迎えています。いまは、組織を創り出すことを考える時代に入っていると思います。これまでは、ある細胞を分化誘導させたいがために、細胞に無理やり働きかけていたような感もありました。しかし、組織を創り出すためには、細胞どうしの相互作用がうまく進むような環境をつくってやることが大切です。それには、細胞と細胞が相互作用していく様子をていねいに見ていくことが求められるでしょう。例えば、空間の3次元に加えて時間経過の1次元も加えた4次元で、1個の細胞がどのように変化していくかをリアルタイムに観察できる顕微鏡といったものが役立つことになると思います。

聞き手:
笹井さんは、基礎研究的なアプローチを中心に、動物の脳形成の原理の理解を目指してきました。その成果として生まれた網膜組織や下垂体組織などを形成する技術の先には、再生医療への応用への期待もあると思います。

笹井:
医療への応用につながるようなイノベーションも、先端的な基礎研究の研究から生まれてくるものだと思っています。実際、私たちの網膜組織の研究と、髙橋政代先生(理化学研究所発生・再生科学総合研究センター網膜再生医療研究開発プロジェクトリーダー)たちの研究が一緒になって、網膜細胞移植という臨床応用に向けた取り組みが行われています。

聞き手:
今後、発生学や分子神経生物学などの分野はどのように進展していくとお考えですか。

笹井:
理研が神戸に研究拠点を置いたのが2002年。それから10年が経ちました。今後の10年では、体の中の細胞の社会を再構成することを可能にしていくための研究が進むと思います。そこには、体の組織の形や大きさなどを制御するための研究や、なぜその形や大きさになるのかを理解するための研究もあります。私自身も、細胞が相互作用しあって組織をつくっていく、その創発の原理を理解していきたいと考えています。


インタビュアー:漆原 次郎
取材日:2013年1月29日

笹井 芳樹(ささい よしき)氏の略歴

理化学研究所発生・再生科学総合研究センター(理研CDB)器官発生研究グループディレクター

1986年、京都大学医学部卒業後、神戸市立中央市民病院での内科研修医を経て、1988年、京都大学大学院医学研究科生理系入学。中西重忠教授の研究室で分子神経生物学の研究に従事。1993年、博士号(医学)取得。カリフォルニア大学(UCLA)医学部客員研究員。1996年、京都大学医学部生体情報科学講座助教授。1998年、京都大学再生医科学研究所教授に。2000年から理化学研究所発生・再生科学総合研究センター グループディレクター兼任を経て、2003年より専任(現職)。『Neuron』『Developmental Dynamics』などの学術雑誌の編集委員も務める。

1998年 Human Frontier Science Program Organization 10周年記念賞
2009年 文部科学大臣表彰科学技術賞
2010年 大阪科学賞
2011年 塚原仲晃記念賞
2012年 井上学術賞
2012年 第6回Sayer Vision Research Lecture Award(米国NIH財団)
2012年 山崎貞一賞
2012年 武田医学賞
ほか受賞多数

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