インタビュー『この人に聞く』

脳に関連する組織を立体的につくる(1)-全2回-

笹井 芳樹 氏

2010年代に入り、網膜や脳下垂体など、神経や脳に関連する組織の立体形成が次々と実現している。成果を上げているのは、理化学研究所発生・再生科学総合研究センター(理研CDB)器官発生研究グループディレクターの笹井芳樹さんだ。笹井さんは、複雑で精緻な脳の構造を「自己組織化」というアプローチで解明してきた。実現間近になってきた網膜再生の臨床応用にも笹井さんたちの研究が生きる。個体形成の原理を追究する発生学は次の時代に向かって走り始めている。

写真:笹井 芳樹 氏

笹井 芳樹 氏

聞き手:
脳という器官や、それをつくる神経という組織に視点を当てて、発生のしかたなどを基礎科学的なアプローチで研究してきました。脳というものをどのように見てきましたか。

笹井:
脳とは不思議な器官だと思い続けてきました。複雑で精緻で、わからないことだらけです。

かねてから遺伝子解析などの先端研究で脳のしくみの解明が進んできました。私自身も、京都大学の中西重忠先生の研究室にいた頃から、脳を見てきました。しかし、脳にある受容体や神経伝達物質などの働きがわかればわかるほど、その機能も構造も複雑だということがわかってきます。「脳って不思議だなぁ」という思いが、私が研究を進める動機として常にあります。

聞き手:
現在の研究は、ES細胞を使って成果を上げています。ES細胞に注目し、研究に使うようになったきっかけはどんなものでしたか。

笹井:
私が京都大学に入学したのは1980年。その1年後には、マウスES細胞がすでにつくられていましたので、学生時代からその存在はもちろん知っていました。

一方、私が実験対象として扱っていたのは、アフリカツメガエルです。このモデル動物は、初期の神経分化制御機構を解析するのにとても優れています。1993年から96年にかけてカリフォルニア大学(UCLA)医学部に留学していたときに、研究プロジェクトの中でアフリカツメガエルから、「Chordin」という神経誘導因子を単離することができました。Chordinは、初期胚のシュペーマン形成体という部分から分泌され、外胚葉に働きかけて神経細胞の前段階となる神経前駆細胞を分化誘導します。この研究は予定どおりに進みました。その後、京都大学に戻ってきてから、取り組んだのは主に2つのことです。

1つは、引き続きアフリカツメガエルを使って、今度はChordinから誘導された神経前駆細胞からどのように複雑な脳ができていくのか、そのパターン形成を調べていったのです。

もう1つは、発見したChordinによって神経ができていくしくみを、哺乳類を用いて観察することでした。この研究で使ったのが、マウスのES細胞です。ES細胞は、初期胚の「増えていく」という特徴をよく反映しています。それに、いわばまっさらな均一状態から分化誘導が始まっていくため、観察に適しています。ES細胞に対して「キレのよい細胞」という印象をもちました。

その後は、ES細胞から神経前駆細胞を誘導する研究を行いました。そもそも、脳はどのようにできるのかという原理の解明を目指していたため、パターン形成を観察するのにES細胞が使えると考えました。

聞き手:
ES細胞などの幹細胞から、望みの細胞を分化誘導する研究で成果を上げていったのですね。

笹井:
2000年から2002年頃にかけて、マウスやサルのES細胞からドーパミンを分泌する神経細胞や、網膜にシート状に層をなす色素上皮細胞を分化誘導しました。これらの細胞は形成しやすかったからです。それに、これらの細胞が分化誘導されたことを示すマーカーもすでにありました。

一方で、例えば脳の視床下部を分化誘導するようなことは難しかったですね。関連する前例的研究に乏しく、マーカーを使うこともできなかったからです。

聞き手:
笹井さんの研究では、「細胞の自己組織化」がキーワードとしてよく出てきます。この考えに思い当たったきっかけは何でしたか。

笹井:
個体の発生を研究する発生学には、京大の学部生時代に理学部教授だった岡田節人先生(現・京都大学名誉教授)の講義を聴くなどして興味をもっていました。
米国UCLAから帰国した1996年、私は「10年後に自分はどのようなことに取り組んでいるのがよいのだろうか」と考えを巡らせたのです。そこで、自己組織化という系のしくみを研究することになっていきました。何もないところから体の組織になっていく細胞がつくられるES細胞が使えるということも大きかったと思います。

写真:笹井 芳樹 氏

聞き手:
そもそも、自己組織化とはどのようなものなのでしょうか。

笹井:
パターンのないところから自発的にパターンが形成されるということです。自己組織化の身近な例としてあげられるのは、雪の結晶です。多くの雪の結晶は六角形をしていますが、六角形のもとになるパターンがあったわけではありません。内因性プログラムによって、さまざまな六角形を表現しているのです。ほかにも、海岸などで見られる砂の風紋も、自己組織化の例といえます。

脳については、自然に複雑な構造が形成されていくパターンができているわけです。それは遺伝子の中で内因的なプログラムが働くことによって起きます。つまり、自己組織化があるということです。

アフリカツメガエルでの研究では、「アニマルキャップ細胞」を観察していました。両生類の初期胚に見られる細胞です。この未分化の多能性細胞から、外胚葉、中胚葉、内胚葉の細胞がつくられていくわけですが、実験ではなかなか細胞分化のしかたが均一になりません。多様なパターンが形成されてしまうのです。おそらく、アニマルキャップ細胞がパターン形成のためのシグナルが出ているのだろう、これが決めているにちがいない、と考えました。そして、XFDL156というタンパク質によって、神経や皮膚の前駆細胞である外胚葉が形成されていくことを特定しました。

脳のパターン形成シグナルとしては、他にも「ヘッジホッグ」というタンパク質があります。こうした物質が、大まかに脳がつくられていく方向性を決めるのですが、脳の複雑で精緻なしくみまでを決めているとは考えにくい。局所では、細胞同士の相互作用が働いているのではないかと考えました。

聞き手:
つまり、脳の各場所では、細胞同士が相互作用をして、複雑なしくみを自己組織化によってつくりあげているということですね。

笹井:
しかし、脳の自己組織化を観察しようにも、その実験系が確立されていませんでした。そこで、私は1998年から10年間かけて、実験系を構築してきたのです。言ってみればこの10年間は自己組織化を見るための系を確立するために費やした時間でした。その中で、副産物的な成果として、各種細胞の分化誘導に成功したというわけです。


インタビュアー:漆原 次郎
取材日:2013年1月29日

笹井 芳樹(ささい よしき)氏の略歴

理化学研究所発生・再生科学総合研究センター(理研CDB)器官発生研究グループディレクター

1986年、京都大学医学部卒業後、神戸市立中央市民病院での内科研修医を経て、1988年、京都大学大学院医学研究科生理系入学。中西重忠教授の研究室で分子神経生物学の研究に従事。1993年、博士号(医学)取得。カリフォルニア大学(UCLA)医学部客員研究員。1996年、京都大学医学部生体情報科学講座助教授。1998年、京都大学再生医科学研究所教授に。2000年から理化学研究所発生・再生科学総合研究センター グループディレクター兼任を経て、2003年より専任(現職)。『Neuron』『Developmental Dynamics』などの学術雑誌の編集委員も務める。

1998年 Human Frontier Science Program Organization 10周年記念賞
2009年 文部科学大臣表彰科学技術賞
2010年 大阪科学賞
2011年 塚原仲晃記念賞
2012年 井上学術賞
2012年 第6回Sayer Vision Research Lecture Award(米国NIH財団)
2012年 山崎貞一賞
2012年 武田医学賞
ほか受賞多数

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