インタビュー『この人に聞く』

「再生医療の実現化プロジェクト」の
舵取りとこれからの課題(2)-全2回-

髙坂 新一 氏

写真:髙坂新一氏

髙坂 新一 氏

聞き手:
再生医療の実現化プロジェクト第II期の終了が24年度末にせまっていますが、当初の目標は達成されるのでしょうか。振り返ってみていかがですか。

髙坂:
研究テーマのいくつかをハイウェイに移行させることができた点は評価できると思いますが、全体としてやや不十分であると思っています。私としては、ベースである基盤技術をもっと推進したいという気持ちがあります。臨床に向けて、ということばかり唱えると、基礎研究の成果が表に出てきにくいことがあります。臨床に近づいている研究と基盤研究とをうまくミックスさせて進めないといけません。
さらに、iPS細胞への社会の期待度や注目度が非常に高いわけですが、実際には、iPS細胞の樹立方法、導入する因子、ベクターとして何を使うかなど、基礎的なところが日進月歩でどんどん変わってきています。やってみると、継代培養でゲノムが不安定になり、結果として腫瘍化するといったことが起こりかねません。やはり基礎研究が大事なのです。山中先生の研究も、元来はエピゲノムの基盤的な研究で、結果としてあそこまで到達したのです。

聞き手:
あまり臨床、臨床と追い立てて、基礎研究が軽視されると、育つものも育たないということですね。

髙坂:
臨床が実現しそうな課題はハイウェイで拾い上げ、まだそこまで至らない課題については実現化プロジェクトのほうでじっくり基礎研究を重ねる、というふうにできないかと思っています。そのバランスが重要です。

聞き手:
この分野では人材育成も重要な課題ですが、プロジェクトでは若い人材も育っていますか。

髙坂:
iPS細胞樹立以降、研究に参画する若手は確かに多くなっていますが、本質を探求するためにプロジェクトに参加する人ばかりではないのかもしれません。
4拠点を中心に、教育プログラムを組んで、再生医療の重要性を研修してもらう機会を設けています。笹井先生の理研拠点などで特に熱心に取り組んでいただいています。しかし、人材育成や教育はこのプロジェクトだけではとうてい無理ですから、それぞれの研究者の教育現場でも大いにがんばっていただきたいところですね。

聞き手:
再生医療に期待する患者さんや納税者である国民へのコミュニケーションはどのように行われているのでしょうか。

 第3回合同シンポジウム「再生医学研究の最前線」

髙坂:
私個人の研究領域では精神や神経の難病を扱っていますので、患者さんの団体とお話する機会がたいへん多いのですが、再生医療についての皆さんの期待が非常に大きいことはいつも実感しています。
しかし、過剰な期待はかえって逆効果です。あとの失望感が強くなるばかりです。研究の今の段階がどうであるかについて、正確でわかりやすい情報を提供する義務が私たちにはあると思います。苦しんでおられる患者さんたちに申し訳ないと思いつつも、あと10年かかるものは10年かかると事実を申し上げなければなりません。
例えば、加齢黄斑変性症の網膜色素細胞治療を研究しているグループでは、ここまでが可能になった、ここまで達成できた、しかしこういうリスクがあるということを、患者さんにひとつひとつ丁寧に繰り返し説明しています。これは、患者さんとのコミュニケーションが非常にうまくいっている例だと思います。
一般市民の皆さんに向けては、毎年、ネットワークで合同シンポジウムを開催しています。ホームページの充実も大切ですが、私たちが一番よく利用するツールはやはりシンポジウムです。一般の方々の関心も非常に高く、平成23年11月に京都で開いたシンポジウムには大きなホールが満員になる約1800人もの市民の参加者がありました。

さらに、個別の拠点やそれぞれの研究者が市民向けに話をするアウトリーチ活動の機会をつくっています。講演会やカフェなど色々な形がありますが、そうした活動をした時には、プロジェクトのアウトリーチ活動の一環として報告してもらうことにしています。

聞き手:
市民の関心は確かに高いですね。制度が変わったせいもあって、個人から再生医療の研究機関への寄付もこのところ増えていると聞きます。

髙坂:
社会でこの研究を支えなくては、という個人の方々の意思の現れだと思います。国立大学や国立研究所が独立行政法人になって、寄付行為を受けられるようになった制度的な変化によるところも大きいと思いますが、皆さんのこうした思いは大変有り難いことですね。

聞き手:
第Ⅱ期までの研究成果を踏まえて、今期の終了後に期待することや注文したいことはありますか。

髙坂:
第Ⅲ期があり得るとするなら、もう少し基盤研究を充実していただけるとよいと思います。現在この研究の対象となっている疾患は、網膜、角膜、心筋、脊髄、脳、血液など、まだ限定されています。しかし、肝臓、膵臓、腎臓など、対象になりうる疾患臓器はもっとあるはずです。対象を広げるためには、もう一度、分化というような基盤的なところに立ち戻って、研究をする必要があると思います。例えば、作製する細胞の安全性を担保するために自殺遺伝子を組み込むというアイディアがありますが、そうしたことを実現させる支えは基盤的な研究です。
2つ目は、研究拠点を現在のような大学や機関別にせずに、機能別にしたほうがよいのではないかということです。例えば、iPS細胞を樹立する方法に長けた人を中心に拠点を構成する、というようにします。これまでの研究プロジェクトでは例のないことですが、そのほうが効率よく研究が進むと思います。これは大事な点だと思っています。
3つ目は、新しい方法論による技術開発がもっと必要だということです。例をあげると、理研拠点では、ES細胞から3次元培養で下垂体、網膜などの組織を作ることに成功しています。これこそ究極の再生医療ですね。こうした新しい技術開発をもっと自由にやってほしいと思います。

聞き手:
日本の再生医療研究は海外と比較してどんな水準にあるのでしょうか。

髙坂:
海外の研究先進諸国に比べて決して遅れはとっていません。もちろん海外では、研究費が多額である、サポート体制が手厚いといった事情はありますが、研究の質については遜色ないと思います。
サポート体制は確かに不十分です。研究を進めるためには、研究者だけががんばればよいわけではありません。しかし、今の体制では、研究に不可欠な技術員も3年の研究費支給期間が終了したら辞めていただくしかないのです。少なくとも10年単位で雇用できるようにしたいものだと思います。
知財についてのサポート体制は、京都大学では大分充実してきました。4拠点が元来もっていた知財部門にあらためて予算を付けて、他の機関の研究者の知財問題についてもお世話いただくようにお願いはしていますが、実際には人員が十分ではなく、各大学の研究者への対応で精一杯という状態だと思います。

聞き手:
再生医療研究を志す若い方に期待するところをお願いします。

髙坂:
しがらみにとらわれずに、自分がやりたいことを、よく考えて自由に研究してほしいと思います。野放図にやればよいということではありませんが、これをやりたいと思ったら、たとえ周囲に反対されてもやり抜くぐらいのがんばりがないと、研究者としてのアイデンティティーは確立できません。私も米国留学した時に、そんな覚悟をもったように思います。是非、元気に自由に研究して下さい。


インタビュアー:古郡 悦子
取材日:2012年2月7日

髙坂 新一(こうさか しんいち)氏の略歴

独立行政法 国立精神・神経医療研究センター 理事(兼)神経研究所 所長

1973年慶應義塾大学医学部卒業、1977年慶應義塾大学大学院医学研究科(生理学)修了、慶應義塾大学医学部生理学教室・助手、1979年10月ミシガン大学精神保健研究所・研究員、1982年4月慶應義塾大学医学部生理学教室・専任講師、1985年6月慶應義塾大学医学部生理学教室・助教授、1989年3月国立精神・神経センター神経研究所 代謝研究部 部長、1993年4月東邦大学医学部・客員教授(兼務)、2003年4月国立精神・神経センター神経研究所 所長、2003年10月慶應義塾大学医学部・客員教授(兼務)、2004年10月早稲田大学理工学部・客員教授(兼務)、2005年4月九州大学薬学部・非常勤講師(兼務)、2010年4月(独)国立精神・神経医療研究センター 理事 (兼)神経研究所 所長

専門委員

内閣府 総合科学技術会議専門委員
厚生労働省 厚生科学審議会専門委員
文部科学省 科学技術・学術審議会専門委員
文部科学省 再生医療の実現化プロジェクトプログラムディレクター
日本学術振興会 特別研究員等審査会専門委員
日本学術会議連携会員
他 多数

関連動画

動画一覧を見る

ページトップに戻る

おすすめ動画

関連動画

  • 文部科学省
  • 科学技術振興機構
ページトップに戻る