インタビュー『この人に聞く』

神経難病を治療する手段としてのiPS細胞(2)-全2回-

岡野 栄之 氏

写真:岡野栄之氏

岡野 栄之 氏

聞き手:
iPS関連の研究の、他の研究室との連携状況についてお聞きします。11年9月には、ヒトの皮膚からつくったiPS細胞由来の神経幹細胞を脊椎損傷モデルのマウスに移植して安全性に問題がないことを確認されました。論文の著者には、岡野先生とともに山中先生も連なっています。

岡野:
脊髄再生の研究に関しては、山中研究室で、臨床研究に適したグレードのiPS細胞をつくっていただいています。山中先生との共同研究では、そのiPS細胞を使わせていただき、われわれが神経細胞への分化誘導を行い脊髄に移植します。お互いに開発した技術を、なるべく早く伝え合うようにもしています。

他に、理化学研究所との連携も進めています。様々な方法でiPS細胞を神経系の細胞に分化させることができますが、包括的に細胞の性質を解析することを目的として連携をはかっています。理化学研究所発生・再生科学総合研究センターの笹井芳樹先生の方法で調整した細胞と、われわれの細胞とを比較するといった研究を行っています。

聞き手:
ヒトのiPS細胞由来の神経幹細胞を脊椎損傷マウスに移植する研究以降の進展はいかがですか。

岡野:
サルの脊髄損傷モデルを対象にして同様の研究を行っています。脊髄の機能回復に至るメカニズムを詳しく調べているところです。サルに対しても、かなり劇的に治療効果が現れたといってよいのではないでしょうか。安全性については、やはりよいiPS細胞を選ぶことで安全性を保つ方針です。

聞き手:
マウス、サルと進んでいった先の臨床研究に向けた課題はどのようなものですか。

岡野:
実際、多くのiPS細胞が樹立されている中で、どのセルラインが有効かを検証し、細胞を絞り込んでいくことになります。これまでは、動物実験での成功を目標として細胞調製を行ってきました。臨床研究を行うとなると、国がヒトの臨床研究に対して掲げている基準があるため、その基準に照らして細胞調製法を検討しなおすことも必要です。そのあたりは、企業と共同研究しながら、検討していきたいと思っています。

iPS細胞は、体の組織の細胞からつくります。元の細胞の性質がどれだけ消失し、どれだけES細胞と同様の未分化な性質を獲得しているか、それがとりわけ重要です。リプログラミングがうまくいったものはよいiPS細胞、うまくいかなかったものはそうでない細胞といえます。

聞き手:
脊髄損傷以外の神経系の疾患についても、iPS細胞を利用した研究をされています。11年9月には、家族性アルツハイマー病患者の体細胞からiPS細胞をつくり、神経細胞に分化させた成果を発表されました。新薬の評価に役立つと言われています。

PARK2患者由来iPS細胞:まとめ スライド

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岡野:
病気のメカニズムの解明にも役立つと考えています。どのようにアルツハイマー病が発症するかの解明にも寄与しますし、初期診断にも使えると思います。患者さんの認知能力が落ちる前にiPS細胞を樹立して、それを生化学的に解析することができれば、診断精度がもっと高まる可能性があります。

ほかの神経疾患の治療に向けた研究にも力を入れています。パーキンソン病についても、この病気に関連するPARK2という遺伝子に異常のある患者さんからiPS細胞をつくりました。このiPS細胞からつくった神経細胞では、患者の脳内で起きたものと同様の現象を再現することができました。これらの成果がパーキンソン病発症のメカニズムや、治療薬の開発に役立てばと考えています。

もうひとつ、いま私が注目しているのは、11年4月に米国で報じられた、iPS細胞を介さず直接的に神経幹細胞を誘導する方法が開発されたという成果です。マウスの皮膚細胞にiPS細胞をつくるための4因子を入れ、遺伝子が働く時間が短くなるようにし、神経幹細胞ができるような条件下で培養したところ、細胞はiPS細胞にならずに神経幹細胞になったというのです。

うまくやれば、自分由来のiPS細胞を分化させて神経幹細胞にし、それを自分に移植する上での細胞ソースになる可能性があります。

リプログラミン技術を用いた脊髄損傷の再生医療 スライド

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聞き手:
先生はつぎつぎと新たな研究成果を生み出し、また別の研究者の成果をご自身の研究に積極的に取り込んでおられます。研究のモチベーションはどのようなところからくるのですか。

岡野:
神経の発生のしくみを明らかにし、その知見を使って神経の難病を治療すること。これがいちばん私のやりたいことです。この目的に向けた研究の一環として、iPS細胞にも注目して、利用する研究をしているのです。

聞き手:
iPS細胞などを使った再生医療の臨床研究の本格化に向けて、若い研究者に対してお声がけをお願いします。

岡野:
「研究は斬新かつ慎重に」ということを言いたいと思います。「斬新に」というのは、新たなアイデアを活かしていくということです。iPS細胞を扱う最先端の技術をもってしても、まだがん化などの問題はあります。斬新なアイデアを使って、危険性のない有用な細胞ができるのであれば、それに超したことはありません。一方、「慎重に」というのは、社会的影響を常に考えて研究し、成果発表をすべきということです。あらゆる研究は慎重に行われなければなりません。とりわけ、この分野の研究は報道も多く、社会的影響は大きいものがあります。研究者は、本当に自信をもって発表できることを発表すべきだと考えています。

まだまだ、再生医学・医療の分野では、技術開発をする上で基礎的な知見が必要な点が多くあります。純然たる発生学や細胞生物学の基礎研究に取り組んでいる方々も、ぜひわれわれの分野に参画していただければと思います。基礎的な知見はこれからももちろん必要です。

聞き手:
iPS細胞を使った再生医療の実現に期待をもっている国民の皆様に対しても、ひとことお願いします。

岡野:
治療が行なえるまで「あと何年はかかる」といった話をよくしますが、それでもなお「iPS細胞を利用して移植手術を」と求められることがあり、患者さん側からの期待の高さを感じています。

とはいえ、過剰な期待を抱かせるのはよくないと思います。研究がどこまで進んでいるかといった情報は、これからも市民公開講座などの機会で積極的に公開していきたいと考えています。


インタビュアー:漆原 次郎
取材日:2012年2月3日

岡野 栄之(おかの ひでゆき)氏の略歴

慶應義塾大学医学部生理学教室教授、日本再生医療学会理事、日本神経化学会理事、日本炎症再生医学会出版担当理事、日本生理学会常任幹事、国際幹細胞学会(International Society of Stem Cell Research, ISSCR)理事

1983年 慶應義塾大学医学部卒業、慶應義塾大学医学部生理学教室助手、1885年 大阪大学蛋白質研究所助手、1989年 米国ジョンス・ホプキンス大学医学部生物化学教室留学、1991年 大阪大学蛋白質研究所助手、1992年 東京大学医科学研究所化学研究部助手、1994年 筑波大学基礎医学系分子神経生物学教授、1997年 大阪大学医学部神経機能解剖学研究部教授、2001年より現職。2007年、同大学院医学研究科委員長にも就任。
おもな研究領域は、分子神経生物学、発生生物学、再生医学。
21世紀型COEプログラム「幹細胞医学と免疫学の基礎-臨床一体型拠点」拠点リーダー、グローバルCOEプログラム「幹細胞医学のための教育研究拠点」拠点リーダー、内閣府・最先端研究開発支援プログラム(FIRSTプログラム)「心を生み出す神経基盤の遺伝学的解析の戦略的展開」中心研究者、再生医療の実現化プロジェクト「再生医療実現化を目指したヒトiPS細胞・ES細胞・体性幹細胞研究拠点」拠点長。

受賞等

1995年 加藤淑裕賞受賞
1998年 北里賞受賞(慶應義塾大学医学部)
2001年 塚原仲晃賞(ブレインサイエンス振興財団)
2004年 ゴールドメダル賞(東京テクノフォーラム21)
2004年 Distinguished Scientists Award(イタリアCatania大学)
2004年 日本医師会医学賞
2006年 文部科学大臣表彰・科学技術賞
2007年 Lead Reviewer Award(Stem Cells誌)
2008年 井上学術賞
2009年 紫綬褒章
2011年 Johnson & Johnson Innovation Award(日本再生医療学会)

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