インタビュー『この人に聞く』

iPS細胞研究や発生学を通して
生命の物質と時間の奥深さを感じる(3)-全3回-

西川 伸一 氏

写真:西川 伸一 氏

倫理規範は一つではなく認め合うことが大切

聞き手:
最近、厚生労働省の研究班がiPS細胞などを再生医療に応用する際の安全指針案をまとめたと報道されましたね。

西川:
こういうことも、研究とは平行してやらなければなりません。
今までは、目標とするものが実現しなくても、「政府の規制があるから」と言って逃げていました。
しかしこれからは倫理問題や規制も含め、全てを巻き込んで議論し、実現に向けて進めていくべきでしょう。厚生労働省にしても、日本の中だけを考えるのではなく、FDA(アメリカ食品医薬品局)とも話し合うなど国際的な取り組みも必要です。

聞き手:
日本がプライオリティをもっている間にやらなければならないことですね。
再生医療を考えるとき、最近話題になっている「救世主兄弟(Savior sibling:子供の病気を治すために、体外受精した受精卵のうち病気の子と適合する遺伝子を持つ別の子を指す。救世主兄弟を恣意的に誕生させ、その子から幹細胞を採取し病気の子供に移植する。)」など倫理問題を避けて通れないと思いますが、先生はどのようなお考えをお持ちでしょうか。

写真:西川 伸一 氏

西川:
私は、「選べること」が大切だと考えます。絶対的規範に従えば、倫理→決定論→宗教 という図式に行かざるを得なくなります。
しかし、1つの倫理規範ですべての人が支配されるのは良くないと感じています。A、Bの倫理規範を互いに認め合うような「連帯」ができれば解決されていくでしょう。そのためのガバナンスとは何かを考えていく必要があると考えています。一種のコミュニティ論です。
複数の規範が共存しうるゲゼルシャフトがあるという設計がよいのではないでしょうか。

例えば先日、「進行性骨化性線維異形成症」(FOP)の患者さんと医療関係者との対話集会があったのですが、そこではせっかく作った患者さん由来の細胞株が倫理的理由で他の研究者に配れないということが問題になっていました。
それはなぜか。FOP患者さん個人が特定できる情報が含まれているからだそうです。
しかし、その患者さんは、すでにマスコミにも自らの病気を公表し理解を求める活動をしているのです。その患者さんには自己の情報を公開し社会貢献する意志があるのに、規律の一律適用を優先させようとする現状は改めていかなければなりませんね。

思想の原点とこれからの生物学への探求心

聞き手:
今までの先生のお話を伺っていると大変ユニークな点が多いようですね。そのようなお考えの原点はどこにあるのでしょうか。

西川:
私は理系を選んでいますが、どちらかというと文化系の人間なのです。
学生運動が盛んであった当時、「イデオロギーとしての技術と科学」という本を読みました。
技術と科学が19世紀ごろから一体化しはじめると、国家が科学・技術に助成するようになった。そして100年経ってみると、体制矛盾を科学技術なしでは解決できないということになっていた。マルクスの「労働が剰余価値を生む」という単純な話ではなく、科学技術が剰余価値を生む唯一の投資先であり、「科学=体制」と考えられた。科学技術は体制そのもの、イデオロギーであると書かれていました。
そうであるが故、「科学=体制」の反動で、大衆が反科学になった。
その構造を見た上でヘルガ・ノボトニー氏(スイス連邦工科大学教授)らはインターフェースとしての「アゴラ(公共的な場)」を提案し、「科学=体制」に対し、もう一度みんなで考えようということになったのです。
このように昔読んだ本やそのあとの社会の動きが考えの源の一つになっています。

写真:西川 伸一 氏

また、科学技術が進展した現代では非ユークリット幾何学や相対性理論が生まれ一元論が成立しなくなって哲学者が困っています。
アリストテレス的な形而上学が破綻し、認識論が入ってきました。
では生物はどうなのか。

DNAを念頭において生命の時間を考えると興味深い。物理的な時間ではない、生命の時間です。
情報のないところに時間は生まれない。それが生物学の困難でもある。物理化学に対して情報が組み込まれているという関係性がまだ一切わからない。

iPS細胞や発生に関する研究によりエピジェネティクスへの理解が進み、「生物が情報の短期記憶をいかに使うか」について解き明かす糸口が見えてきまた。
しかし、情報と物理化学とのインターフェースは依然としてわからない。
素材の中に情報がある。「生物学とは何か」を追求することになるでしょう。
「生命の空間と時間」、自分は今後これをテーマに考えていきたいし、これが新しい人たちのテーマになるだろうと思っています。

聞き手:
お忙しいところ、非常に含蓄のあるお話を聞かせて頂き有り難うございました。

(完)


インタビュアー:本間 美和子(iPS Trend 監修)、佐藤 勝昭、渡邉 美生(科学技術振興機構)
掲載日:2010年5月20日

西川 伸一 (にしかわ しんいち)氏の略歴

理化学研究所 発生・再生科学総合研究センター 副センター長、幹細胞研究グループ・グループディレクター、財団法人先端医療振興財団 副理事長、再生医療研究開発部長、医学博士、医師

1973年 京都大学医学部卒業後、京都大学結核胸部疾患研究所 研修医、医員、助手、1980年 ドイツ連邦共和国ケルン大学遺伝学研究所(フンボルト財団奨学生)留学、1983年 京都大学結核胸部疾患研究所付属感染免疫動物実験施設 助教授、1987年 熊本大学医学部免疫医学研究施設病理学部門(後の形態発生学部門)教授、1993年 京都大学大学院医学研究科分子医学系遺伝医学講座分子遺伝学 教授を経て2000年より現職。

平成20年度~ 科学技術振興機構戦略的創造研究推進事業さきがけ「iPS細胞と生命機能」研究総括、平成21年~ 科学技術振興機構産学イノベーション加速事業戦略的イノベーション創出推進 S-イノベ 「iPSを核とする細胞を用いた医療産業の構築」プログラムオフィサー
専門は発生生物学、血液学、免疫学

受賞等

1997年 財団法人 日本リデイアオリリー協会 清寺 真 記念賞
1999年 フィリップ・フランツ・フォン・ジーボルト賞(ドイツ政府)
2002年 財団法人 持田記念医学薬学振興財団 持田記念学術賞

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