インタビュー『この人に聞く』

iPS細胞研究や発生学を通して
生命の物質と時間の奥深さを感じる(1)-全3回-

西川 伸一 氏

写真:西川 伸一 氏

西川 伸一 氏

西川先生は血液、色素細胞などの幹細胞の増殖・分化のメカニズムを研究する幹細胞研究の世界的な第一人者であり、臨床応用を見据えた体系的な発生・再生研究を推進しています。
また、科学技術振興機構(JST)の戦略的創造研究推進事業「さきがけ」の研究総括として基礎的研究を推し進めるとともに、産学イノベーション加速事業「S-イノベ」のプログラムオフィサーとして再生医療や医薬品開発を支える産業基盤を構築することにも力を注いでいます。
今回は、このように幹細胞研究や再生医療の実現に向けて広くご活躍の西川先生にお話を伺いました。

「さきがけ」は何が起こるかわからない面白さに期待

聞き手:
現在いろいろなiPS細胞研究プロジェクトが進められていますが、西川先生が研究総括をなさっているJSTのプロジェクト「さきがけ」の「iPS細胞と生命機能」領域は、どのような目標のもとに進めておられるのでしょうか。

西川:
「さきがけ」は極めてシンプルです。
「iPS細胞」というのは、若い人がこれまで考えていないエリアでした。ポンとiPS細胞が出てきて、若い人が飛びつく。どういう風に飛びつくか、それは大変興味深いものです。
「さきがけ」は個人で取り組む研究を支援する制度ですので、外部の研究資金を獲得するよい経験になります。その中で若い人が育てばよい。外部から研究資金を得るということでどんな義務が生じるか、彼らは知ることになるでしょう。若い人がこれによってどう変わるかを見守り、指導していくという仕事は大変面白いものです。
例えば、iPS細胞を「作製する」ということをテーマとする若い研究者がいるでしょう。しかし、それでは1年もすれば終わってしまい、発展性に乏しく、競争的研究資金が獲得できない。負けた後どうするか、そこで新しく違う方向を模索しなければなりません。
そのために、ものすごいディスカッションをするのです。「さきがけ」のアドバイザー達もそのディスカッションは面白いと言ってほとんど全員が参加します。

聞き手:
研究の方向性は再生医療に関わる広い分野に認めているのですか。

西川 伸一 氏(絵:佐藤 勝昭)

西川 伸一 氏
(絵:佐藤 勝昭)

西川:
「さきがけ」ではiPS細胞研究分野に限っています。iPS細胞の研究に関連して色々なプロジェクトがあるけれど、まだまだ発想が狭い。山中先生のプロジェクトや須田先生の「CREST」がある中で「さきがけ」は、今後「iPS細胞研究は何が起きるかわからない」というスタンスで考えていますし、だからこそ期待しています。
「iPS細胞というハード」があったとき、「さきがけ」研究者はどう貢献できるのか。若い研究者には自分で何ができるか考えてみるよう言っています。

例えばアメリカ国立衛生研究所(NIH)では、iPS細胞を精神疾患に関する研究に役立てるプロジェクトに600万ドルも付けています。
人間・ボノボ・チンパンジー・ゴリラの神経細胞を比較して、人間の統合失調症に関する遺伝子情報を得ようとするような面白そうな仕事があります。同じように「さきがけ」でも、ウサギのiPS細胞を用いた研究なども採択しています。ウサギのES細胞は人間に近い性質を持っていることが分かっています。ですからウサギのiPS細胞をを使えば、人間ではまだできないことができるかもしれません。
このように、iPS細胞を中心としたときに広い視野で物事を考えてくることを求めています。

「さきがけ」はよい制度です。上の世代とは独立して研究を進めることができるし、採択されたメンバーの間では、ある連帯の中で作り上げていくこともできる。
最近の研究会は、みんな忙しいからといって日帰りで開催されることが多く、じっくり話す時間もありません。その点、「さきがけ」では一泊での領域会議があるので十分に議論ができます。
それに、「さきがけ」の研究総括には「研究費の配分がない」というのも良い点です。研究総括がニュートラルな立場で意見を言うことができるのです。

聞き手:
若手からの発信はありますか。

西川:
いまのところ、私の発想以上のものはありませんね。最近は、若い人の発言力がないように感じます。
でも研究室の中では何か起きていて、上に上がってこないだけかもしれませんが。

聞き手:
若い人は、以前にはなかった新しいコミュニケーションのアプローチを楽しんでいる節もありますね。

西川:
例えば最近ではネット小説、ケータイ小説なども非常に注目されているでしょう。若い人が自分で書いた小説をネットにアップして自分を表現しているのです。その数はなんと株式会社ディー・エヌ・エーが運営するサイトだけでも5万件以上。
年寄りは画面に表示される情報に対して受け身ですが、若い人はそうではない。
私は、大きな文化変革が生まれるのは、経済がディクラインするときだと思っています。
第1次対戦前後のオーストリアがそうでした。音楽ならシェーンベルク、アントン・ウェーベルン、哲学ならウィトゲンシュタイン等々。哲学でも音楽でも新しいものがどんどん生まれました。

聞き手:
私は絵を描くので、ドイツの表現主義に注目していますが、あれは、一時的な運動に終わって広がりがなかったように感じ残念です。

西川:
表現主義は、絵画に限らず映画でも素晴らしいものがあります。しかし、ナチスが徹底的に弾圧して、終わってしまいました。
話をもとに戻すと、今の日本は経済的な停滞が起きているので、文化が育ってくるチャンスだと捉えています。

「S-イノベ」は医療産業構築という明確な目標がある

聞き手:
医と工の連携を目指して、最近、JSTの産学イノベーション加速事業(略称S-イノベ)のプロジェクトオフィサーを引き受けられましたね。
産業界を巻き込んで再生医療実用化を目指した「iPSを核とする細胞を用いた医療産業の構築」というプロジェクトについて教えてください。

写真:西川 伸一 氏

西川:
「さきがけ」は入口、「S-イノベ」は出口を主眼とするプロジェクトです。
どちらも面白い。
研究総括やプロジェクトオフィサーは、自分が研究資金を得て研究成果を出していく一研究者ではないので、そのプロジェクト全体を見渡して、ニュートラルな立場から発言できます。

聞き手:
「S-イノベ」は産業界、つまり企業が興味を示さないと産学連携としては進められないのですが、関心をもつ企業はあるのですか。

西川:
難しいですね。自動車製造業の場合、例えば親会社がトヨタであれば、その下請け企業が部品の設計時点から親会社であるトヨタと関わっています。その下請け企業は、トヨタだけでなく日産にも関わっていたとしても、知的財産の問題がきちんとクリアされていればよいのです。
これに対し、再生医療を産業化した場合においては、こういうことが検討できないのです。
再生医療の実現という目標に向けてベンチャーを含めた複数の企業がそれぞれの特許をうまく利用しながらまとまることは可能でしょうか。
「実現可能性」を考えるだけではなく、「最終的に実現する」ことが重要です。

聞き手:
「S-イノベ」では、株式会社ジャパン・ティッシュ・エンジニアリング(J-TEC)という会社が選ばれましたね。あの会社には、iPS Trendでインタビューに行ったのですよ。(インタビュー記事:再生医療の産業化には何が必要か

西川:
J-TECは、眼科医療機器を開発、製造、販売する株式会社ニデックが母体となって1999年、愛知県に設立された会社です。
京都や大阪の人は関東、東京を視野に入れて事業を展開することが多いように思います。ところが、愛知県、名古屋の風土でしょうか、中部地方の人は、世界を見ている。J-TECも21世紀の医療そのものを変えていきたいという意気込みを持っています。

聞き手:
自家培養表皮シートを製造販売していますが、現在は、なかなか収益が上がらないようですね。

西川:
やはり個別対応が必要とされる製品である上、現在はまだ規制が厳しいという現状もある。ただ、再生医療業界にとって、この製品が利用され成功したときの期待は大きいのです。
個人に対応した皮膚のシートを効率的に準備するには、人の手を使わない工夫も必要です。そのため、機械メーカーを巻き込んで、パッケージから全部一貫して行うロボットを作ろうとしています。
このように、真の意味で研究成果を実用化、臨床応用していくことを目指した産学連携事業の場合、大学の先生には、論文を書くのではなく、患者のため、産業のためにやって下さいと言っています。


インタビュアー:本間 美和子(iPS Trend 監修)、佐藤 勝昭、渡邉 美生(科学技術振興機構)
掲載日:2010年4月20日

西川 伸一 (にしかわ しんいち)氏の略歴

理化学研究所 発生・再生科学総合研究センター 副センター長、幹細胞研究グループ・グループディレクター、財団法人先端医療振興財団 副理事長、再生医療研究開発部長、医学博士、医師

1973年 京都大学医学部卒業後、京都大学結核胸部疾患研究所 研修医、医員、助手、1980年 ドイツ連邦共和国ケルン大学遺伝学研究所(フンボルト財団奨学生)留学、1983年 京都大学結核胸部疾患研究所付属感染免疫動物実験施設 助教授、1987年 熊本大学医学部免疫医学研究施設病理学部門(後の形態発生学部門)教授、1993年 京都大学大学院医学研究科分子医学系遺伝医学講座分子遺伝学 教授を経て2000年より現職。

平成20年度~ 科学技術振興機構戦略的創造研究推進事業さきがけ「iPS細胞と生命機能」研究総括、平成21年~ 科学技術振興機構産学イノベーション加速事業戦略的イノベーション創出推進 S-イノベ 「iPSを核とする細胞を用いた医療産業の構築」プログラムオフィサー
専門は発生生物学、血液学、免疫学

受賞等

1997年 財団法人 日本リデイアオリリー協会 清寺 真 記念賞
1999年 フィリップ・フランツ・フォン・ジーボルト賞(ドイツ政府)
2002年 財団法人 持田記念医学薬学振興財団 持田記念学術賞

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