インタビュー『この人に聞く』

CREST 研究総括が見るiPS細胞研究とその先(4)-全4回-

須田 年生 氏

大切なことを伝えていない一般紙の報道

聞き手:
メディアでもiPS細胞研究や再生医療は非常に注目されていますが、科学報道のあり方についてどのようにお考えですか。

写真:須田 年生 氏

須田:
私は、今の科学報道のあり方に問題があると思っています。
山中先生の「日本のiPS細胞研究は1勝10敗」という言葉、こういうわかりやすい表現をジャーナリストが取り上げて、翌日にはマスコミをにぎわしました。
しかし、10敗の内容を見ると、ほとんどが山中先生の派生物なのですよ。1勝の強さがあります。
私は、今のCRESTでも全勝はしなくとも、次に結びつくような、例えば生殖細胞やエピジェネティクスなどで世界のトップレベルを走れるような礎を築きたいと思っています。

「再生医療に使うためには安全なiPS細胞を・・・」というような問題提起ではなく、「山中4因子が3因子、1因子、さらにはタンパクだけで樹立できた」というような競争をかき立てるような報道が多いように思います。
山中先生が「1勝10敗」というと、中身も検証せずにセンセーショナルに報道する。
「これからは、山中以後の"エピジェネティクス"や"生殖細胞のメカニズム"などが大切ですよ」と言っても、「そんなものを記事にしても誰も読みませんよ」と言ってとりあげてくれません。
800万部、900万部という一般紙だと、読者は一般の人ですから、「核」、「細胞質」という言葉でも説明しなければならず、紙面も限られているからそれはできない、結局読まれないだろう、ということになります。

最近は、インターネットで情報を得る時代になってきています。
これだと、例えば「周辺分野の研究者」や「理系の学生」「興味を持っている人」というように読者層を絞れるので科学報道として面白いことが書けるのではないでしょうか。
読者も多層化しているので、もっと色々な報道の仕方があっていいと思います。
その一方で、インターネットでの情報発信には信頼性の問題もあります。「信頼あるニュースをきちんと」伝えるような努力が欲しいですね。

聞き手:
そういう意味で、iPS Trendは、あふれるiPS細胞研究関連のニュースの中から、信頼できるものを取り上げて、重要なものは深掘りするというスタンスで運営してきました。
研究者コミュニティから見て、このサイトをどう見ておられますか。

須田:
この分野の研究者は論文や学会から情報を得ることもできるでしょう。
この分野の研究者の「周辺の人々」、例えば物理、化学関係の研究者、学生、患者さんなどの読者層に対して、研究者との間に立って、必要な情報を伝えることは大切です。

聞き手:
アメリカのサイトは充実していますね。非常に基礎的なことから最先端までわかりやすく書いてあります。

日本にはサイエンスコミュニケータが育っていない

写真:須田 年生 氏

須田:
研究者と一般の人との間に立って、情報を伝えるのがサイエンスコミュニケータの仕事だと思います。
「血液の物語」を書いたダクラス・スターは、当時ジャーナリストでしたが、輸血の歴史、血液型の発見、エイズウィルス、肝炎ウィルス問題などを一般人にわかりやすく伝えています。
しかし、日本には、科学ジャーナリストがほとんどおりません。ここが米国との決定的な違いです。
日本では、研究者と市民とをつなぐサイエンスコミュニケータが育たない。しかし本来は研究者と市民の間はもっと近くなるべきなのです。

聞き手:
サイエンスコミュニケータをポスドクのキャリアパスとして考えた時期もありましたね。

須田:
博士号取得者の社会進出先としてサイエンスライターがあると言われましたが、学生がそういう道を志しても受け皿がありません。日本ではなかなか科学系の出版物が売れない。
日本も、これからは科学技術の情報発信をしていかなければなりません。博士号取得者のサイエンスライターが必要といいながらどこもサポートしていない。その結果、報道のされ方がサイエンスのレベルを決めているのです。
報道が私たちのサイエンスを規定している。マスコミ受けする研究ばかりをやるようになると、負のスパイラルに陥ります。
いまこそ、科学技術振興機構のような公的な役割を持つところがサイエンスライターを養成、サポートして基礎研究の広報を進め、できればアジアにも向かっていければよいのではないかと思っています。

病院と大学とに在籍した経験が今に生きている

聞き手:
ところで、須田先生は、造血幹細胞のご研究をされる前に臨床医として勤められていたのですね。

須田:
私は、横浜市立大学を卒業後、こども医療センターに臨床医として赴任、血液の病気の子どもと接しました。その後自治医科大学に移り、臨床で診療を行う傍らで実験血液学の研究を行いました。
子ども医療センターは、患者を診るよいシステムですが、研究がありません。自治医科大学に移ったとき、診療後夜中にごそごそ研究室で実験している医師たちに接して、研究する雰囲気を感じました。その後米国に留学し、造血幹細胞の研究に接し、今に至っています。

先ほどお話しした、低酸素に関する研究のシンポジウムでは、5日間も山の中に籠もってその話を聞き続け、幹細胞研究と低酸素の研究がつながりかかっていることを実感しました。
研究には、そのときどきのトレンドがありますが、異なる分野と接触しながらスパイラルに続いていくものです。
今の研修医制度だと、大学との関係が薄くなっているので、臨床から研究に移っていくことがむずかしくなっていますね。
幹細胞研究ではバイオインフォマティクスが重要性を増しています。今後は、物理→生物、情報→医学などの転換を図る学生や広い視野を持った人材が必要なのです。

(完)

インタビュアー:佐藤 勝昭、渡邉 美生(科学技術振興機構)
掲載日:2010年4月5日

須田 年生 (すだ としお)氏の略歴

慶應義塾大学医学部 坂口光洋記念講座 発生・分化生物学講座 教授、熊本大学発生医学研究センター・客員教授、医学博士、医師、血液学会認定医および指導医

1974年 横浜市立大学医学部卒業、1974年 神奈川県立こども医療センター・小児科・レジデント、1978年 自治医科大学血液医学研究施設造血発生部門 助手、1982年 サウスカロライナ医科大学内科 リサーチアソシエイト、1984年 自治医科大学血液医学研究部施設造血発生部門 講師、1991年同血液学 助教授、1992年 熊本大学医学部遺伝発生医学研究施設 分化制御部門 教授、2000年- 熊本大学発生医学研究センター・センター長、2000年 同、器官形成部門造血発生分野 教授を経て、2002年より現職

平成12年度~16年度 日本学術振興会未来開拓学術研究「体性幹細胞の単離・操作と組織再構築に関する研究」プロジェクトリーダー、平成20年度~ 科学技術振興機構戦略的創造研究推進事業CREST「人工多能性幹細胞(iPS細胞)作製・制御等の医療基盤技術」研究総括、日本血液学会 評議員

関連動画

動画一覧を見る

ページトップに戻る

おすすめ動画

関連動画

  • 文部科学省
  • 科学技術振興機構
ページトップに戻る