インタビュー『この人に聞く』

CREST 研究総括が見るiPS細胞研究とその先(1)-全4回-

須田 年生 氏

写真:須田 年生 氏

須田 年生 氏

須田先生は、幹細胞の専門家として、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業CRESTの研究総括をされ、iPS細胞に関係した基礎研究をリードされていますが、基礎研究がiPS細胞の再生医療への応用研究にどのようにつながっているのかなどについて教えてください。

同じ幹細胞でも"体性"と"人工"とでは大きな違いがある

須田:
iPS細胞とは基本的に多能性(いろいろな細胞になりうる)を持っています。
幹細胞の研究は、1960年代に造血幹細胞から始まりました。その後、胚性幹細胞(ES細胞)が出てきて、造血幹細胞などは体性幹細胞と呼ばれるようになりました。
体性幹細胞だと、血液の幹細胞は血液に、神経の幹細胞は神経にしかなりませんが、胚性幹細胞は、血液にも神経にもほかの臓器にもなりうる「多分化能」を持っています。

胚性幹細胞はごく初期の胚から試験管内で作ります。iPS細胞も同じく試験管内で作製します。
山中先生がiを小文字で書かれたのには意味があって、小文字のiはinducedつまり人工的に誘導されたことを強調しておられるのです。

同じ幹細胞でも、体性のものと人工的に作り出されたものでは大きな違いがあります。この違いは大きなテーマなのです。
iPS細胞は、操作して作るという点にインパクトがあったのですが、それ故にむずかしい。体に入れたときに想定した通りに振る舞うか、癌や腫瘍にならないか。本当に体内で制御できるのか。
この点で、研究者の中でも「iPS細胞もES細胞も人工物、応用するのはそれほど易しくない」というある意味で悲観的、慎重に見ている人と、「永続的に増殖できる幹細胞は、必ず利用できる」と楽観的にとらえる人の両方がいると思います。

iPS細胞が使えるかどうかはここ二、三年が勝負

聞き手:
あるところまでは使えて、あるところからは使えないということが分かっているのではないのではないのですか。

須田:
実はiPS細胞は、その「あるところまで使えるかどうか」さえも見えていないのです。ES細胞すら、成功していません。
私は、ここ二、三年が、それが見えるかどうかの判断のために重要だと思っています。

聞き手:
それは、iPS細胞の標準化ができるかどうかにもかかっているのでしょうか。

「須田 年生 氏」の絵

須田 年生 氏
(絵:佐藤 勝昭)

須田:
私は、標準化という言葉は、産業的な意味合いで使われることが多いと思いますが、標準化より手前で「理想的なiPS細胞」ができているかさえ見えていないことのほうがもっと問題だと思います。
「このiPS細胞 を使えば腫瘍を作らない」というような安全なiPS細胞がないのです。

聞き手:
幹細胞というのは、永遠に増殖できるのでしょう。

須田:
実際の体性幹細胞は造血幹細胞でも神経幹細胞でも永遠に幹細胞のまま試験管内で維持し続けることはできず、どこかの時点で別の細胞に分化してしまう。そして、正常なヒトの体細胞の場合は染色体複製に大切な役割を果たす「テロメア」という部分が消耗してだいたい60代以降になると細胞分裂できなくなってくる。癌細胞の場合はテロメアを延長する「テロメラーゼ」が働くので永続的に増殖してしまう。
ES細胞やiPS細胞は多分化能を維持したまま永続的に増殖する能力を持っています。
iPS細胞が未分化のままヒトの体内に入ると癌細胞のように増殖し続けてしまうこともあり得るかもしれません。

聞き手:
iPS細胞を体に入れたときの危険性は、ほかにもあるのですか。

写真:須田 年生 氏

須田:
通常の移植のように他人の細胞を身体に入れたとき、少々の不具合があるものが混ざったとしても免疫が働き体内で排除されるのに対し、iPS細胞由来の細胞を使った場合には自分の細胞を使うことになるので免疫が働かない。
これは再生医療にiPS細胞を使う上で利点だといわれていますが、実は、これが問題になる可能性もあるのです。

例えば白血病の場合、治療後の骨髄細胞は正常化するので、それを採っておいて再発してしまった時には使えばよいのではないかといわれます。
しかし、採っておいた細胞が100%正常ならよいのですが、ほんのわずかでも正常でないものが含まれますと、免疫が働かないので再発する危険があります。同じことがiPS細胞でも言えます。

そこで、iPS細胞の再生医療への応用においては、おおもとの未分化細胞を治療に使うのは止めて、分化誘導を行って、100%心筋なら心筋になる細胞、網膜上皮細胞ならそれになる細胞にまで分化させておいて導入する方法が良いのではと考えられています。
ただし、実際には、iPS細胞から完全に分化した細胞を作ることができるかどうかさえ、まだ分からないのです。
理化学研究所の髙橋政代先生が研究している網膜色素上皮の場合は、細胞数が少ない(1万~10万個)ので、100%分化していることを確認できるでしょう。
しかし、血液細胞となると10の8乗個、億の単位の細胞があるので、全部が分化した血液細胞と確認するのは現在では難しいでしょう。

聞き手:
こういう世界も、テンナインのシリコンのような半導体と同様のクオリティが求められるのですね。
とはいえ、今は、分化の進んだものを移植する方向が検討されているのですね。

須田:
分化したものを使えば比較的安全だと思われます。しかし、細胞の種類によって事情が違います。
網膜上皮細胞や心筋細胞は、分化したものが何年か機能しますが、血液の細胞は、毎日入れ替わるくらい寿命が短いので、分化したものを利用してもすぐだめになると思います。
それぞれの細胞寿命もポイントになってきます。

聞き手:
角膜移植では、口内粘膜を培養して移植することが行われていますが、わざわざ危険を冒してiPS細胞を使うメリットはあるのでしょうか。

須田:
目的とする部位によってどのような手段が最も有効か、比較が必要でしょうね。


インタビュアー:佐藤 勝昭、渡邉 美生(科学技術振興機構)
掲載日:2010年2月26日

須田 年生 (すだ としお)氏の略歴

慶應義塾大学医学部 坂口光洋記念講座 発生・分化生物学講座 教授、熊本大学発生医学研究センター・客員教授、医学博士、医師、血液学会認定医および指導医

1974年 横浜市立大学医学部卒業、1974年 神奈川県立こども医療センター・小児科・レジデント、1978年 自治医科大学血液医学研究施設造血発生部門 助手、1982年 サウスカロライナ医科大学内科 リサーチアソシエイト、1984年 自治医科大学血液医学研究部施設造血発生部門 講師、1991年同血液学 助教授、1992年 熊本大学医学部遺伝発生医学研究施設 分化制御部門 教授、2000年- 熊本大学発生医学研究センター・センター長、2000年 同、器官形成部門造血発生分野 教授を経て、2002年より現職

平成12年度~16年度 日本学術振興会未来開拓学術研究「体性幹細胞の単離・操作と組織再構築に関する研究」プロジェクトリーダー、平成20年度~ 科学技術振興機構戦略的創造研究推進事業CREST「人工多能性幹細胞(iPS細胞)作製・制御等の医療基盤技術」研究総括、日本血液学会 評議員

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