インタビュー『この人に聞く』

広い視野での研究推進が次の芽を育む(2)-全3回-

浅島 誠 氏

写真:浅島 誠 氏

聞き手:
日本では、もはや、ES細胞やそのほかの幹細胞の研究をやっていないのですか。

浅島:
残念ながら日本ではヒトES細胞の作成の研究が許可されているのは2カ所しかありません。中辻先生(京都大学 物質-細胞統合システム拠点)、梅澤先生(国立医療センター、生殖・細胞医療研究部)です。ただしヒトES細胞の使用については昨年、大幅に緩和されて、多くのところで使用されてきています。我々の所(東京大学)も許可を受けて研究を進めております。
これまで間葉系幹細胞において、未分化・脱分化についての研究が従来から行われてきました。また、造血幹細胞については移植等を中心とする研究も盛んに行われてきました。
しかし近頃、iPS細胞と旗印を掲げないとファンディングがつかない、無理して応募したところで・・・と考えてやめてしまう雰囲気があるようです。
確かにiPS細胞はすばらしいが、このような幹細胞、発生、分化を含めた周りの研究者も育てながらやっていくことが今後のiPS細胞の研究の発展にとっても日本にとっても重要です。

アメリカの場合、ヒトES細胞についてはブッシュ大統領が連邦資金供与禁止令を出しましたが、ハーバード大やMIT(マサチューセッツ工科大)やカリフォルニア大などが私的なファンドを集め進めたことで非常に層の厚い研究者がES細胞の研究分野にどっと入ってきて、いい研究成果が集まった。ここにさらに iPS細胞が入ったときに、ぐんと加速を見たのです。科学研究組織の柔軟さと先見性という観点からも、すぐれています。日本は、iPS研究を伸ばすための基礎づくりが遅れた。

聞き手:
ウィスコンシン大のWebサイトを見ても、ES細胞で培われた分厚い基礎研究の層に圧倒されます。日本ではiPS細胞のみ突出していて、深さがちがいますね。

浅島:
日本の若い人は、iPS細胞は理解していても、ES細胞で蓄積された知識をもっていない。
ES細胞でも反応性や分化能などの細胞特性は一つ一つ細胞株によってちがうのです。その違いについても認識すべきです。それぞれの特性を理解する基礎データを得ること、そしてその「再現性」が重要です。iPS細胞研究を発展させるには、細胞とは何か、細胞の本質を理解することが重要です。ES細胞やそのほかの幹細胞の理解なしに、iPS細胞を理解しようとしても十分な成果は得られません。

iPS細胞は、拒絶反応や倫理的な問題はクリアしましたが、分化した線維芽細胞を脱分化させるメカニズムの解明は未だですし、初期化した細胞の維持、最も重要な安全かつ求める細胞の分化制御法など、まだまだ課題として残っているのです。
日本でも体性幹細胞として、脂肪幹細胞も骨髄幹細胞も研究されてきました。本人の中にある未分化細胞なので、倫理問題も拒絶反応も皆無だし、脂肪幹細胞は大量にとれます。
問題は、どうすれば分化させることが出来るかです。このことは海外でも気がついて研究が始まっています。米国では、ES細胞で、脊髄、網膜の再生に取りかかっており、すでに次に進んでいるのです。

生命のダイナミックさ

写真:浅島 誠 氏

聞き手:
まだまだわからないことが多いのですね。ご専門の発生生物学の観点から見ていかがでしょうか。

浅島:
受精卵には発生のためのプログラムがすでに内蔵されています。iPS細胞は、リプログラム、つまりいったん分化したものを元に戻し初期化された細胞です。

イモリでは手を切ると、血管も骨も筋肉も自分で脱分化してもういちど再生するのです。トカゲもプラナリアも同じです。
ヒトは、だいぶ再生機能を失ったのですが、肝臓を2/3失っても、残り1/3が脱分化して赤い肝臓がいったん真っ白になり脱分化様になります。骨髄もそうです。血液というのは、毎秒八千万個の速度で壊されていき、同じ速度で再生しています。良い例が、皮膚の傷の再生です。深い傷を負うと膿がでますが、透明の膿の中に未分化幹細胞が入っているのです。
ヒトはそういう再生能力を持っているので、恒常性を保っているのです。

我々はじつにうまくできています。
人間の再生能力はイモリに比べれば低いものですが、そういうものから学ぶことが重要です。もっといえば、ヒトの脳の中にも、目にも、肝細胞にも、心臓にも、筋肉でも幹細胞があって、臓器の恒常性を維持しています。人間が恒常的にもっている幹細胞の働きを活性化することも1つの再生医療でもありましょう。
脳の細胞数は20歳で増えないと言われましたが、最近の研究では、海馬のところなどにたくさんの幹細胞があります。例えば、それを活性化させ分化させれば、あるいはアルツハイマー病を始め多くの病気が治せるかもしれません。

我々の体は実に奥深くできているのです。一本の道ではなく、いろいろなパスがあるのです。
iPS細胞も万能ではなく、それが自然の摂理にどう調和するかは今後の課題です。こうした研究をライフサイエンスとして丸ごととらえるべきです。正常細胞とは何か、その恒常性が壊れるとどうなるのか、総合的に研究する必要があるのです。


インタビュアー:本間美和子(iPS Trend 監修)、佐藤 勝昭、小長谷 幸(科学技術振興機構)
掲載日:2010年2月5日

浅島 誠(あさしま まこと)氏 の略歴

東京大学名誉教授、前・副学長、理事、東京大学特任教授、独立行政法人科学技術振興機構研究開発戦略センター 上席フェロー、産業技術総合研究所 器官発生工学研究ラボ長

1972年 東京大学理学系大学院博士課程 修了(理学博士)、ドイツ・ベルリン自由大学分子生物学研究所 研究員、横浜市立大学文理学部 助教授、教授を経て1993年 東京大学教養学部 教授、1996年 東京大学大学院総合文化研究科 教授、2003年 東京大学大学院総合文化研究科長・教養学部長、2005年 日本学術会議 副会長、2007年東京大学理事・副学長(2008年3月まで)。
この間、日本発生生物学会(会長)、日本動物学会(会長)、日本分子生物学会、日本宇宙生物学会(会長)、日本細胞生物学会(運営委員、評議委員)、国際 発生生物学会(運営委員)、日本組織工学会(理事)、日本再生医療学会(理事)、日本炎症・再生医学会(理事)、アメリカ・ニューヨーク科学アカデミー会 員、Develop.Growth Differ.編集委員、Zool Sci.編集委員、Cell Structure and Function 編集委員、Int.J.Dev.Biol.編集副主幹を務めている。

専門は発生生物学、卵から幼生への器官形成、細胞の増殖と分化についての研究を行っている。1988年には中胚葉誘導因子アクチビンを世界で初めて同定、器官・臓器誘導系の確立にも注力した。

受賞等

1990年 日本動物学会賞
1990年 井上学術賞
1990年 Man of the Year 1991(USA. ABI)
1994年 木原記念学術賞
1994年 フィリップ・フランツ・フォン・ジーボルト賞(ドイツ政府)
1999年 東レ科学技術賞
2000年 持田記念医学薬学学術賞
2000年 内藤記念学術賞
2000年 有馬啓バイオインダストリー協会賞
2001年 上原賞
2001年 紫綬褒章
2001年 日本学士院賞・恩賜賞
2002年 比較腫瘍学常陸宮賞
2008年 ERWIN-STEIN-PREIS
2008年 文化功労者

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