インタビュー『この人に聞く』

再生医療の産業化には何が必要か(1)-全2回-

畠 賢一郎 氏

写真:J-TEC(愛知県蒲郡市)

J-TEC(愛知県蒲郡市)

今回は"再生医療の産業化を図る"という目標を定め、研究開発事業を推進している株式会社ジャパン・ティッシュ・エンジニアリング(J-TEC)の常務取締役研究開発部長、医学博士の畠 賢一郎氏を訪ねた。
1999年2月に設立されたJ-TECは日本における最初のヒト細胞を用いた再生医療製品として、Green型培養表皮製品を開発し、2007年10月には自家培養表皮「ジェイス」で厚生労働省から製造販売承認を受けている。
日本の再生医療の発展を願って、現在iPS細胞研究にも携わるJ-TECの、これまでのヒトの生きた細胞を使った医療事業化経験と、そこから見えてきた課題について伺った。

聞き手:
私どもは、iPS細胞に関するWeb siteを立ち上げていて、関係者にインタビューをしていますが、このたびは、培養皮膚のお仕事の経験をお持ちで、最近、iPS細胞について理研との共同 研究を始められたJ-TECさんに、iPS細胞を産業化するにあたっての課題について、お話を伺おうと参りました。

畠:
創薬スクリーニングなどの用途を含んだ話もあるかとは思いますが、再生医療に限って話をさせて下さい。
事実だけを申しますと、足下を見たとき日本では再生医療は開発として事業が成り立っているところはどこもありません。私どもはジェイスという培養皮膚をやっているのですが、これだって事業というにはおこがましいのです。産業というより手工業のレベルです。

産業化には経験の蓄積が必要

写真:畠 賢一郎 氏

畠 賢一郎 氏

聞き手:
手工業レベルにとどまっているのはなぜですか。

畠:
医薬品や医療機器を産業化に持って行くには経験がないと認められないのです。
漢方薬はいま普通に売られていますが、もし、あれがこれまでになくて最近になって開発されたとすると、成分も配合比も明確でないものが、はたして医薬品として認められでしょうか。中国に蓄積された膨大な経験データがあればこそ、認められていると思います。

聞き手:
再生医療に用いる細胞も、産業化するには経験が必要なのですね。

畠:
私は、名古屋大学で口腔外科の臨床医をやっていました。あるきっかけがあって、大学をやめ、現職におりますが、そのころ(1990年代のはじめ頃)は、今よりはずっと自由に臨床研究に入って経験を積める雰囲気がありました。
しかし、90年代から2000年にかけて、安全性を疑問視する風潮が強まってきました。その結果、ファジーなものをファジーなままでとらえられなくなりま した。薬事行政では、安全性・有効性についての客観性のあるデータをもとめますが、再生医療用の細胞では、やっている医師も少なく経験も少ないわけですか ら、そういうデータは少ないのです。

聞き手:
日本が厳しいのですか。

畠:
制度的にはとくに厳しい方ではないと思います。ただ、決まっているべきものが決まっていないのです。

日本では建前論が強すぎて

「畠 賢一郎 氏」の絵

畠 賢一郎 氏
(絵:佐藤 勝昭)

聞き手:
裁量に任されていると?

畠:
各企業の裁量でやっています。米国では、FDAの審査官の裁量がありますが、日本では、正論(建前論)が強くって、審査にあたる人は裁量を発揮しにくいでしょう。この正論を上回るには、経験が積み上がった状態が必要なのです。文化の問題です。

聞き手:
リスクのあるものを認める社会的背景が必要ですね。

畠:
培養皮膚も、1981年に臨床使用の報告がなされ、以来、多くの臨床使用経験を重ねてきました。1984年には、97%の熱傷患者の治療に成功しています。しかし、これとて使われ始めた当時は決して「ノンリスク」を前提にはしていなかったでしょう。
当然なこととは思いますが、薬事行政には、「ノンリスク」という建前があるので、再生医療が前に進まなかったと思います。

細胞の安全性・有効性の評価

聞き手:
J-TECさんの培養皮膚が臨床用に認められた一番のポイントは何だったのですか?

畠:
細胞の安全性・有効性の評価のエンドポイントについて、それなりにすりあわせができたこと、および、重症熱傷で、培養皮膚を使わないと死んでしまう、有害 事象があってもサルベージできる(それ以上の利点がある)という場合に適応症を絞り込むことによって許可されたのだと思います。
新薬の場合、軽症例に適用して、だんだんに重症例に・・という手順ですが、培養皮膚細胞の場合、重症例にまず適用させるということでスタートしたのですから、大変困難でした。
iPS細胞を世に出すことに関しても、同じ流れになるのではないでしょうか。
経験がないと認められない。認められないから経験できない。このパラドックスの循環をどう断ち切るか。

聞き手:
元大阪大学総長、大阪大学名誉教授の岸本忠三先生が、日本での治験は難しいから、最初に海外でやってもらって経験をつんでから、日本で承認されるのも仕方ないのではないかとおっしゃっていました。

写真:培養表皮シート(提供:J-TEC)

培養表皮シート(提供:J-TEC)

畠:
企業としては、海外とのボーダーはありません。
大学で研究をする先生方だって、国内の承認で大変な時間をかけるより経験蓄積のためにも海外で前向きにやるほうがよいかも知れないと思っている方がいます。
一つずつ前に進み出せない、ルールが定められていない。これが現状です。このことは、大学より企業の方が死活問題です。

聞き手:
企業がこれまで数々の薬害事件を起こしたため、行政が慎重にならざるを得ないのでは?

畠:
日本は医療に関しては大幅な輸入超過になっていて、医師の過労などの問題もあり、このままいくと日本の医療がだめになるという認識は行政も持っていると思います。
重要なことは、メディアを含めた世論をどう納得させるかですが、日本においてはかつての士農工商という風習に端を発しているかもしれませんが企業の立場が低い。多くの日本の医者にとって、企業は「業者」と低く見られていて、一緒に開発する相手ではないのです。
従って企業が医療にタッチする仕方がむずかしいのです。これに対して、海外の大手製薬企業は学会でも位置付けが高い。
日本では国家のイニシアチブが必要だと思います。

聞き手:
先日、科学技術振興機構(JST)では、サイエンスアゴラ(科学と社会をつなぐことを目指したイベント)の中で、イノベーションと規制というテーマの広聴 イベントを行いましたが、Suica一つにしても無線通信機器だというので、Suica改札機1つ1つが無線局の扱いをうけて大変だったそうです。
これは企業の働きかけが実って駅ごとに無線局の認可をうければよいことになりました。

畠:
Suicaや宅急便の場合は認可がハードルだったのですが、薬事のほうは、正論(建前論)の固まりや市民感情がハードルなので、簡単ではないのです。

聞き手:
本題のiPS細胞を再生医療に使うときの課題について、お願いします。

畠:
培養皮膚の経験からお話しましょう。
細胞の再生医療への適用には、「同一性」と、「不純物」の問題がありました。医薬品は、成分が同じなら同一であるということが言えるのですが、細胞は、個人個人から採取するのですから、何を基準として「同一性」を判断するかがむずかしいのです。
ジェイスの例で言いますと、赤ちゃんの皮膚細胞と、老人の皮膚細胞では、細胞の増え方などが違いますが、「出荷規格」は同じものを使わなければなりません。
例えば、同じ細胞でも培養液が違った場合には、これらを同じものとして認められるのか。いまは、こちらで、こうだと決めてやっていますが・・・。
もう一つの「不純物」の問題ですが、医薬品で95%の純度というとき5%の不純物が混入しており、これらが有害でないと証明しなくてはなりません。
これと同じように培養皮膚の場合にも、どうしても皮膚以外の細胞が混在するわけですが、これらがあたかも不純物のようにとらえる必要があります。患者さん一人一人で違うため、その扱いをどのようにするか。
不純物の有害性の規格をどうするか問題なのです。iPS細胞の規格をどうするかは、もっと大変でしょう。


インタビュアー:佐藤 勝昭、渡邉 美生(科学技術振興機構)
掲載日:2009年12月24日

畠 賢一郎(はた けんいちろう)氏 の略歴

株式会社ジャパン・ティッシュ・エンジニアリング(J-TEC) 常務取締役 研究開発部長、医学博士、歯科医師

1991年 広島大学歯学部卒業、名古屋大学大学院医学研究科博士課程修了、名城病院(名古屋市)歯科口腔外科に勤務した後、名古屋大学大学院医学研究科助手、名古屋 大学医学部組織工学寄付講座助教授、名古屋大学医学部附属病院 遺伝子再生医療センター助教授を経て2004年より現職。

研究テーマは再生医療研究全般(皮膚、軟骨、角膜、末梢神経、心臓弁、骨など)。

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