インタビュー『この人に聞く』

我が国の最先端再生医学研究を語る(3)-全3回-

岡野 光夫 氏

写真:岡野 光夫 氏

岡野 光夫 氏

医はアートの世界から脱却しないと多数の患者が救えない

聞き手:
細胞シートでたくさんの患者が救えるようになるのでしょうか。

岡野:
現在では、角膜治療のための細胞を1人分作るのに2週間かかります。私どものCPCでは5室あって、月に10人、年に60人くらいは治せます。
しかし、もっとたくさんの患者を救うには、医学がこれまでのアート(神の手)から脱却してテクノロジーを取り入れないと医療は進まないでしょう。
それで、わたしは、日立のグループと協力してロボットを利用した自動培養装置を開発しています。50cm立方の空間で自動的に細胞シートをつくり、このような自動培養装置が数千台システム化された「細胞ファクトリー」を作りたいと思っています。
細胞シートの臨床応用は、角膜に始まって、現在では、食道、心筋などに広がってきます。
元東京医科歯科大学教授・歯周病専門の石川特別教授との歯根膜細胞シート再生治療の共同研究や、食道ガン患者や心筋症患者へ新しいマニュピュレータを利用した内視鏡手術を開発しています。
網膜細胞シートの3ミリの細胞シートを扱えるマニピュレータもオリンパスと共同で開発しています。

iPS細胞を治療に使うには細胞シートを使うことが有効

聞き手:
岡野先生は最近、iPS細胞で細胞シートをつくる研究をしておられると聞いたのですが。

写真:岡野 光夫 氏

岡野 光夫 氏

岡野:
理研の髙橋政代先生と網膜iPS細胞シート治療の共同研究を進めています。
iPS細胞研究の問題は必ずしもすぐに治療に使えないことです。
現在、iPS細胞をどう作るかばかりに注目が集まっていて、どうすればiPS細胞を治療に使えるかという視点が欠けています。
注射をしてもだめなんです。本当に日本発の大発見を育てたいなら、どうiPS細胞をつくり、どういう方法で治療につなげていくか、海外のES細胞研究のように「治療戦略」をちゃんとたてることが大切です。
米国は、すでに遺伝子をいじらないでiPS細胞を作っていますし、特許の面でも日本はすでに欧米に遅れています。
私たちは角膜の治療、という観点から研究を進めてきましたが、iPS技術は膵臓、心臓、肝臓、神経系、網膜細胞などが実際に応用できれば素晴らしいことで すから、細胞シート再生医療とあわせて治療戦略を立てなければならない段階です。目の前の課題であり、10年先、20年先というスピード感では後進国に なってしまうでしょう。

聞き手:
さきほどのお話で、口の中の細胞で角膜シートを作ったりできるというのであれば、iPSを細胞シートにするメリットはあるのですか。

岡野:
我々の体の中の細胞、幹細胞で再生治療のでできるところにiPS細胞をつかってもあまり大きな意味がないのです。
しかし、膵臓、心臓、肝臓などの細胞は培養増殖を効果的にできませんから、iPS細胞から作ることは意味があるのです。
細胞ができてくると、私たちの技術と組み合わせて治療ができるのです。
今後は横断的連携の戦略で対応して行くことが大切です。

聞き手:
文科省はロードマップを作っていますが・・

岡野:
薬のスクリーニングに使おうというのはいいですね。
さらに、戦略マップを作って、具体的にどういう診断をしていくのか、テラトーマ(奇形腫)を作らせない安全性の担保はどうするか、などキーポイントには研究費を出すべきでしょう。
米国ではオバマ政権下、早速脊髄損傷の治療にES細胞を使うことが認められました。
日本も、従来の枠組みにとらわれない世界に負けない競争の論理をもたな体制の整備を急がなければなりません。

内外に広がる細胞シートの応用

聞き手:
先生の開発した方法は、高度なナノテクを使っておられるので、なかなか広がらないのではないでしょうか。

写真:東京女子医科大学 先端生命医科学研究所

東京女子医科大学 先端生命医科学研究所

岡野:
現在、ハーバード大、ピッツバーグ大など国内外で多数の共同研究をすすめています。
確かに一からやろうとするのは大変です。だから、こちらに来て技術を習得してくださいといっています。
現に欧米はもとより中国などから心臓外科医が来ています。国内では、先に述べた澤先生(心臓外科)、西田先生(眼科)のほか山本先生(消化器外科)、大貫先生(胸部外科)などがやっていますし、フィンランド、フランス、イタリアにも広がってきました。
本学外科の大橋准教授がヒトタンパクを発現するマウス肝細胞から細胞シートを開発しました。ヒトのアンチトリプシンを常に分泌するような肝臓細胞を皮下に部分肝臓を作ることに成功しました。現在凝固因子8番を分泌できる肝臓、細胞シートでの治療を検討しています。
こういう技術によって再生医療が進めば、ホルモン補充の対症療法に対し、根本治療が実現されるため結果的に医療費の削減が可能になります。
他家移植のように常に免疫抑制剤を使うというのでなく、自己細胞を使って再生できれば、QOLも向上するでしょう。
再生利用は根本治療としての価値があり、患者の救命のみならず医療費の削減につながるのです。

聞き手:
岡野先生のこれからの抱負をお聞かせください。

岡野:
高度なテクノロジーと融合させた手法で患者と治療する基礎生物学に価値を創造しようとしています。
今、歯髄、などの細胞を利用して神経の再生治療の研究を進めています。
今後は、神経細胞パターンを模した細胞を作ってアルツハイマーを治せる、ペースメーカーの代わりに神経細胞シートを使うなどいろいろアイデアがあります。
さらに細胞シートを2次元から3次元の厚い組織を作る培養へというのも次のテーマです。100ミクロン単位の細胞シートから、現在はミリオーダーの厚さの組織が作れるようになっています。いずれは心臓、腎臓、肝臓などを丸ごとが作れると良いですね。

イノベーションを促進する支援のあり方、特に日本の医療について

聞き手:
イノベーションを促進する支援のあり方、特に日本の医療に対してご意見はいかがでしょうか。

岡野:
今の日本の医学には「今治せない患者をどう治す」という発想が稀薄です。
米国では、どの大病院の後ろにも、何倍もの規模の研究施設があり、今治すことのできない患者を治す戦略的な研究を行っています。NIHは毎年3兆円もかけて研究を支えています。結果として医療費を開発した医薬品や医療機器の産業で得た外貨で十分に稼ぐことができています。
日本の医薬品業界は、国際競争が弱く、日本の医療を十分に支えることができません。
ペースメーカーは、全く作ることができず100%輸入でカテーテルの78%が輸入品だと言うことを知っていますか。
日本は世界に冠たる電気産業、高分子産業の技術があるのに、産業界はリスクあるいは規制の問題から医療分野に十分に力を入れていません。リスクを抱えて最新医療技術の開発へと挑戦することを避け続けている。
世界の患者を治すテクノロジー開発が必要です。しかし、厚労省は日本の1億2千万の患者しか見ていない。
欧州は医療技術の成果をEU全国民に届けることが使命であると考えEU全体で統一的な認可制度を作り上げています。まさに医者も研究者も支える医療経済圏ができているのです。
この研究所では、若い臨床医に夢を与え、叱咤激励していますが、システムとして彼らを含めたやる気のある研究者を支援する仕組みを、社会も、大学も強力に整備して行くべきです。研究を積極的に後押しし、グローバルな研究を進める工夫が必要です。
この研究所は、MDが30人とPhDが40人いるのですが、医学と工学の融合により最先端医学技術を開発する研究機関として、建物も出来るだけオープンで、壁の少ないスケルトンを基調として作りました。

聞き手:
最後に、山中先生へのエールを

岡野:
山中先生はすばらしい研究成果をだされました。ノーベル賞の可能性も高いと思います。しかし、その成果を生かすには、従来の制度の中でできることをやると いうことにとどまることなく、新しい体制を作り、支援して日本の中に新領域が定着するようにして行くことが重要です。治療に役立てる総合的研究推進戦略を 立てる必要があるでしょう。そうでないと、山中先生のようなエースをつぶしてしまいます。

(完)


インタビュアー:本間 美和子(iPS Trend 監修)、佐藤 勝昭(科学技術振興機構)
掲載日:2009年11月30日

岡野 光夫(おかの てるお)氏 の略歴

東京女子医科大学 教授、先端生命医科学研究所 所長、UTAH 大学教授、日本学術会議会員
1979年 早稲田大学大学院 高分子化学博士課程 修了(工学博士) 、東京女子医科大学助手、講師、UTAH大学助教授、東京女子医科大学助教授を経て、1994年 東京女子医科大学 教授、UTAH大学教授、1999年 東京女子医科大学 医用工学研究施設 施設長、2001年 東京女子医科大学 先端生命医科学研究所 所長、現在に至る。
専門は、バイオマテリアル、人工臓器、ドラックデリバリーシステム、再生医工学等。特に高分子の微細構造を制御することによってはじめて可能となる再生医 学的機能を追及している。細胞シート工学を提唱し、バイオ角膜上皮の臨床をスタートさせ、心筋、血管、肝臓、膀胱などの再生医療を目指している。バイオマ テリアル学会会長、DDS学会、日本組織工学会、炎症再生医療学会などの理事を務めている。

受賞等

1990年、1995年、1996年 Outstanding Paper賞(米国コントロールリリース学会)
1992年 日本バイオマテリアル学会賞
1997年 Clemson Award for Basic Research(米国Society for Biomaterials)
1998年 高分子学会賞
2000年 Founders Award, Controlled Release Society
2000年 Fellow, Biomaterials Science and Engineering
2005年 江崎玲於奈賞
2006年 Nagai Innovation Award, Controlled Release Society
2009年 紫綬褒章

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