インタビュー『この人に聞く』

我が国の最先端再生医学研究を語る(2)-全3回-

岡野 光夫 氏

写真:岡野 光夫 氏

岡野 光夫 氏

細胞シートは臓器のパーツを作れる

聞き手:
細胞シートを使うと何ができるのですか。

岡野:
細胞シートは培養表面との間にファイブロネクチンやラミニン5を中心とする接着タンパクを分泌します。
細胞表面にファイブロネクチンやラミニン5を作ります。この片面がのりとなった細胞シートはまるでスコッチテープのような接着性を示します。
それまでは、ディスパーゼ(タンパク質分解酵素)を使っていたので接着タンパクを分解し、細胞シート化を操作することが出来なかったのです。
私の細胞シートでは、あらゆる上皮系のシートを中心に種々のものが作れます。

2001年から2003年に阪大医学部眼科の西田講師(現東北大教授)と共同で細胞シートを使って角膜上皮細胞シート移植再生治療を行い成功しました。
わずか2mm四方の患者本人の口腔粘膜細胞から培養される細胞シートは、接着タンパク質をもっていて、温度変化により剥離、移植できるため移植時に縫合の必要がなく、10分程度で角膜実質に接着するのです。現在まで30例が成功しています。

聞き手:
臨床治験をやるのは大変でしょう。

岡野:
臨床試験で効果を確認し日本で治験をやろうと思うと、安全面と効果について大変な量のデータと文書が必要です。

海外でも注目される細胞シートを使った角膜移植

「海外でも注目される細胞シートを使った角膜移植」の図

岡野:
私が海外で学会発表の折、フランスのオディーダモール教授が聞いていて下さり、強力なバックアップをして下さっています。私たちが刊行したNew England Journal of Medicineの論文を読んでくれて、私が日本で作ったセルシードというベンチャーがフランスで行う治験を一緒にやろうということになり、共同治験をスタートしました。
口の中の粘膜の細胞を2mm角ほど取って培養して角膜上皮の治療用細胞シートとして移植します。
2007.9~2009.7の間に26例の治験を実施し、いま1年間のフォローアップに入っています。
来年6月以降に申請を行い、認可されればヨーロッパで治療が始まるようになります。
日本の従来の角膜移植法では治癒しなかった例も成功例があります。フランスの医師達からは、「これは人類の宝だ」と言われ強力な支援を頂いています。

細胞シートを使って心筋症や食道癌の再生医療にも効果

写真:岡野 光夫 氏

岡野 光夫 氏

聞き手:
最近、岡野先生のグループで心筋症の治療に細胞シートを使って成功したと聞きました。

岡野:
阪大の澤先生と共同でやっています。医師法によって、女子医大で作った細胞シートを女子医大の患者に使うのは倫理委員会の承認の下でOKなのですが、阪大に持って行くには治験が必要となります。だから澤先生のグループの医師達に来てもらって細胞シートの作り方をお教えし、長い共同研究の基盤の上で、阪大で 臨床試験をスタートしました。
澤先生のところに拡張型心筋症の患者が入り、この患者は左心補助心臓を付けて心臓移植の順番を1年半も待っていました。日本では心臓移植のドナーを見つけるのが極めて困難で待ち続けなければなりません。
私たちは、足の筋肉から筋芽細胞を採って細胞シートを作り心臓に貼り付けたのです。
すると細胞シートが血管誘導因子を出し続けることによって、3ヶ月で補助心臓を取りのぞき、7ヶ月後には退院するまでになりました。
また、食道癌の手術は通常、首、胸部、腹部、の3カ所を切開するのですが、内視鏡手術により食道上皮組織ガンを切除した後に口の粘膜細胞シートを使うことによって、侵襲性も低く癌除去後の狭窄も防ぐことが出来、数日中に退院できました。

このように、私たちは世界に先がけて、角膜、心筋、食道の細胞シート治療に成功しました。私たちの使う細胞シートというのは、移植部位でVEGF、HGF など増殖因子や血管を誘導するサイトカインを分泌することで、移植部位に適する生着が出来るのです。細胞を100%貼り付け移植することができます。
細胞をあらかじめばらばらにする方法では、周囲の組織とコミュニケートしながら生着することはできません。これが大きな特徴で、夢の再生医療といわれる所以です。

聞き手:
他臓器の細胞を使っているのにどうして移植した後の臓器の一部になれるのですか。

岡野:
角膜を例に取りますと、移植した口腔粘膜細胞シートは周りとコミュニケーティブな環境をつくることにより、角膜の上皮に「分化する」、すなわち透明性を維持した上皮組織をつくるのです。
心筋の場合も、貼り付けた細胞シートと心筋の間に30分でギャップジャンクション(細胞間の接着)が出来ます。心筋細胞はコネクシン43を発現するので、 それから構成されるコネクソン・ヘキサマーが働き細胞間が連結した結果、電気的な信号に同期するような「拍動」を開始します。

ミリの厚さの心筋細胞シートも作れる

岡野:
細胞シートは幾重にも積層すると、酸素と栄養分が中心部まで十分に供給されず壊死してしまいます。
100~200μmの厚さの組織までなら拡散で酸素とグルコースを供給することができます。
しかしそれ以上厚い組織では、毛細血管による酸素や栄養の補給が必須となります。
100μmの細胞シートを数層重ねた組織を作る際に血管の内皮細胞を5-10%程度入れておくと培養している間に毛細胞血管網様の構造ができてきます。こ の100μmの組織を皮下に移植すると10時間以内にホストの血管網と移植組織の血管網が結合し、組織内に血液が流れはじめ、組織は安定に生着します。
10時間ごとにこの移植を積層化させたミリオーダー厚さの組織を作り出すことに成功しています。

インタビュアー:本間 美和子(iPS Trend 監修)、佐藤 勝昭(科学技術振興機構)
掲載日:2009年11月02日

岡野 光夫(おかの てるお)氏 の略歴

東京女子医科大学 教授、先端生命医科学研究所 所長、UTAH 大学教授、日本学術会議会員
1979年 早稲田大学大学院 高分子化学博士課程 修了(工学博士) 、東京女子医科大学助手、講師、UTAH大学助教授、東京女子医科大学助教授を経て、1994年 東京女子医科大学 教授、UTAH大学教授、1999年 東京女子医科大学 医用工学研究施設 施設長、2001年 東京女子医科大学 先端生命医科学研究所 所長、現在に至る。
専門は、バイオマテリアル、人工臓器、ドラックデリバリーシステム、再生医工学等。特に高分子の微細構造を制御することによってはじめて可能となる再生医 学的機能を追及している。細胞シート工学を提唱し、バイオ角膜上皮の臨床をスタートさせ、心筋、血管、肝臓、膀胱などの再生医療を目指している。バイオマ テリアル学会会長、DDS学会、日本組織工学会、炎症再生医療学会などの理事を務めている。

受賞等

1990年、1995年、1996年 Outstanding Paper賞(米国コントロールリリース学会)
1992年 日本バイオマテリアル学会賞
1997年 Clemson Award for Basic Research(米国Society for Biomaterials)
1998年 高分子学会賞
2000年 Founders Award, Controlled Release Society
2000年 Fellow, Biomaterials Science and Engineering
2005年 江崎玲於奈賞
2006年 Nagai Innovation Award, Controlled Release Society
2009年 紫綬褒章

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