インタビュー『この人に聞く』

我が国の最先端再生医学研究を語る(1)-全3回-

岡野 光夫 氏

写真:岡野 光夫 氏

岡野 光夫 氏

前回、井村先生がインタビューの中で語られた"Regenerative Medicine (再生医療)"は、失われた身体機能を回復するための「夢の医療」として、世界中でしのぎを削る先端研究が進められている(井村先生インタビュー記事)。 他種生物由来臓器や他家移植では拒絶の問題があることから、iPS細胞の利用が一気に注目を集めた所以である。
東京女子医大教授・岡野光夫先生グループは、iPS研究が幕開けする以前より、医学と先端工学分野の融合による優れた再生医療技術を次々と開発し、その成果は海外からも「人類の宝」と賞賛を受けている。 学問分野としても高い評価を受けている我が国の再生医学、その現場で生の声をお聞きした。

聞き手:
JSTでは、ホームページに、一般の人にもわかりやすくiPS細胞研究の最新の動きを紹介するコーナー"iPS Trend"を設けています。
このなかで、いろいろな切り口でインタビューを行っています。
今回は、最も医療に近い位置で、iPSに関わっておられる岡野先生にお話しを伺おうということで参りました。よろしくお願いします。

21世紀の医療は、対症療法でなく、根本治療でなければならない。それが再生医療。

「岡野 光夫」の絵

岡野 光夫 氏
(絵:佐藤 勝昭)

岡野:
私は、iPSの研究とは全くちがったアプローチで再生医療に関わってきました。そこからお話しをしましょう。
20世紀は化学工学が発達して製薬産業が花開き発展した時代といえます。さらに、70年代から80年代にかけて細胞工学、遺伝子工学という新しいテクノロ ジーが進展し、ペプチドやホルモンなどを大量に、同じものを何トンでも製造できる時代に突入しました。そして低分子医薬からバイオ医薬の時代に移り、酵素 欠陥の患者もペプチドホルモン治療で治るようになりました。
しかし私は、21世紀の医療は、根本治療を目指すものでなければならないと思っています。現在の医療は対症療法の治療を行っています。血友病で凝固因子 (ファクター8番)欠損の患者が5000名いますが、医療費という観点では、リコンビナントで合成したファクター8のバイオ医薬で200億円かかっていま す。糖尿病もインシュリン注射で治療が行われていますが、これも大変なお金がかかります。小児患者へも、将来ずっとこうした医療を続けさせて良いはずはありません。
21世紀はまさに対症療法から脱却し、細胞・組織を利用する根本治療のために新しい再生医療を打ち立てることこそ、21世紀の医療に必要なことです。

細胞シートの驚くべき効果

聞き手:
先生の開発された細胞シートは、まさにそこをめざしているのですね。

「温度応答性表面制御による細胞シートの操作」の図

岡野:
細胞治療は筋芽細胞の細胞浮遊液を心臓に注射するなど以前から行われていましたが、数%以下の移植率なのです。移植した細胞が生着できずに目的部位にとどまらなかったり、死んだりしてしまうのです。
こうした問題を解決する新しい技術として、私たちは自己の身体から採った細胞(自家細胞)をもとに「細胞シート」を作製する技術を開発しました。細胞を シート状に培養すると細胞間結合タンパク質によって細胞同士がインタラクトするのですが、剥がすときにディスパーゼ(タンパク質分解酵素)を使用すると結 合タンパク質も破壊され、細胞間の構造的・機能的連結が切れてしまうのです。
そこで、タンパク質分解酵素の代わりに、N-イソプロピルアクリルアミドの高分子(PIPAAm)修飾表面を開発したのです。
この物質表面は、32℃を境に水との親和性が大きく変化するので、PIPAAmを培養皿表面にナノオーダーの均一な厚さで固定すると、細胞の培養に適した 37℃では表面が疎水性になり、細胞が接着・増殖しますが、培養後32℃まで以下に下げると表面は親水性になって、細胞をシートのままきれいに剥がすこと ができるのです。
これは1990年頃パテントを取りました。

しかし、この温度応答性高分子(PIPAAm)が均一な厚みとしてナノレベルのオーダーで表面固定されないと、細胞を培養することができないのです。
どこまで薄くすればよいか。20nmくらいまで薄くすると、これによって初めて細胞がうまく接着し温度変化により、またうまくはがれることがわかったのです。
細胞自身が発現する接着タンパクのファイブロネクチンを保持したまま剥離できるため、この細胞シートはまさにスコッチテープのような細胞です。

聞き手:
たしか、1990年頃お聞きしたときは、もっとPIPAAm層が厚かったような気がしましたが。

岡野:
そうです。20nmということを正確に言えるようになったのは、表面解析技術が進んだ2000年すぎになってです。
表面を少しずつ蒸散させながらTOF-SIMSで見る解析方法を開発したことにより、経験的な「薄さ」が正確な数値としてわかるようになりました。

聞き手:
先生は、ずいぶんいろいろのファンディングを受けておられましたね。

岡野:
1995年頃、未来開拓で毎年1億5千万を5年間いただきました。
そのあと、ハイテクリサーチ、COE、CREST・・などがあって、今は振興調整費「先端融合」を毎年7億、7年もらうプロジェクトが進行しています。
ずっと続いていただいたおかげで、かなり設備も充実しました。

聞き手:
先生は化学のご出身で、このような医療への貢献を進めるようになったのはどういうきっかけがあったのですか。

岡野:
私は、40くらいまでサイエンス、ネーチャーに論文を書くことだけが目的で研究を進めていました。
Utah大学から帰ってきて、東京女子医大に勤めるようになって、本気でやり方を変えなければだめだと思いました。
Utahから帰ってその意欲を新たにして、医学と工学を融合した「先端生命医科学専攻」の大学院を作ったのですが、当時、医者は工学者に何か役に立つもの を作ってくれるだろうと期待、一方、工学者は良いテクニックや良いプロダクトは医者が使用法を考え使ってくれるだろうと勝手に期待していました。
私は、工学部を卒業して医学部の助手となったのですが、当時は領域の重要性が必ずしも理解されずに30代は苦労しました。 「医工の連携は自分の頭と体でやり抜く」ことが必要だと思い、アメリカに飛び出し、そして帰ってきました。それで、患者を治すことを目的とした細胞シート工学研究を始めたのです。


インタビュアー:本間 美和子(iPS Trend 監修)、佐藤 勝昭(科学技術振興機構)
掲載日:2009年10月19日

岡野 光夫(おかの てるお)氏 の略歴

東京女子医科大学 教授、先端生命医科学研究所 所長、UTAH 大学教授、日本学術会議会員
1979年 早稲田大学大学院 高分子化学博士課程 修了(工学博士) 、東京女子医科大学助手、講師、UTAH大学助教授、東京女子医科大学助教授を経て、1994年 東京女子医科大学 教授、UTAH大学教授、1999年 東京女子医科大学 医用工学研究施設 施設長、2001年 東京女子医科大学 先端生命医科学研究所 所長、現在に至る。
専門は、バイオマテリアル、人工臓器、ドラックデリバリーシステム、再生医工学等。特に高分子の微細構造を制御することによってはじめて可能となる再生医 学的機能を追及している。細胞シート工学を提唱し、バイオ角膜上皮の臨床をスタートさせ、心筋、血管、肝臓、膀胱などの再生医療を目指している。バイオマ テリアル学会会長、DDS学会、日本組織工学会、炎症再生医療学会などの理事を務めている。

受賞等

1990年、1995年、1996年 Outstanding Paper賞(米国コントロールリリース学会)
1992年 日本バイオマテリアル学会賞
1997年 Clemson Award for Basic Research(米国Society for Biomaterials)
1998年 高分子学会賞
2000年 Founders Award, Controlled Release Society
2000年 Fellow, Biomaterials Science and Engineering
2005年 江崎玲於奈賞
2006年 Nagai Innovation Award, Controlled Release Society
2009年 紫綬褒章

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