インタビュー『この人に聞く』

『統合的迅速臨床研究』の推進に向けた新たな技術 ~人こそ研究の要~(2)-全2回-

井村 裕夫 氏

写真:井村 裕夫 氏

井村 裕夫 氏

聞き手:
知財の点から考えると、日本の特許庁は山中先生にヒトiPSも含めたオリジナリティを認めましたが、外国ではどうなのでしょう?

井村:
もちろん、科学として山中先生に研究のプライオリティがあることは、世界中が認めています。知財については、難しい問題も生じるでしょうね。

聞き手:
ところで、山中先生はなぜリプログラミングを思いつかれたのでしょうか。

井村:
彼はES細胞に興味を持って研究していました。
未分化細胞には未分化状態を維持する機能があって無限に増殖するのですが、ある条件下では分化する方向へと進みます。
彼は、「ES細胞の未分化状態維持」に関与する遺伝子の研究を行なっていました。その過程で「未分化状態を維持する」遺伝子が「分化細胞から未分化細胞へ のリプログラミングを誘導する」のに必要な遺伝子と同じではないか、という仮説を立てたのです。そこに山中教授の優れた先見性があったと言えます。
理研のEST(Expression Sequence Tag)のデータベースなどを使って、未分化の誘導という機能の点から候補を24個の遺伝子に絞り込み、大変エネルギッシュな研究を続けた結果、その中か ら4つの遺伝子がリプログラミングに重要であることを明らかにしたのです。
当時、彼は奈良先端大学院大学の助教授で、小さなグループを率いており、若い人に夢を与えるため、アンビシャスな提案をしたそうです。奈良では主として ES細胞で発現する遺伝子の研究を遂行され世間の注目を集めていましたが、京都に移ってから、遺伝子を使ったリプログラムの研究に取り組んだのです。

聞き手:
辛抱強さと信念をもってやったことが花開いたのですね。

アイデアを実効のものとする支援のあり方

井村:
山中先生は、JST-CRESTの支援があったことが有り難かったと言っています。奈良では研究費が少なかったので、いろいろな研究費へ応募していたので すが、CREST統括者・岸本忠三先生が「免疫分野そのものではないが、こんな面白い研究もあって良い」、と言って採択されたのだそうです。
もちろんそれ以前から山中先生は、ユニークな研究をされている優れた研究者として、関係者の間では有名だったのです。
その後、山中先生は、現在の京大再生医科学研究所に移られました。私はその研究所を京大総長在任中に発足させたので思い入れがありますが、この研究所から は山中先生だけでなく、レギュラトリーT細胞(T reg)で有名な坂口志文教授も輩出していますから、この研究所を作っておいてよかったと思っています。
研究所の名前については、神戸理研・西川伸一先生(当時、京大医学部教授)が「再生」という言葉を提案され、丁度サイエンス誌 に"Regenerative Medicine(再生医療)"に関する小さな特集が組まれていたので、それを持って医学研究科長が文部科学省へ出向いて世界最先端の研究についての説明 をしました。

聞き手:
その当時は、「再生医療」という考え方はあったのでしょうか。

井村:
ヒトES細胞すらなかった時代ですから、まだほとんどありません。
現在では組織幹細胞が知られていますが、当時はかろうじて、「オリゴポテント」なprogenitor (前駆細胞)の存在は知られていました。これは現在、皮膚と軟骨などの再生に実用化されています。
実は幹細胞にもヒエラルキーがあって、最上位は受精卵のようにトーティポテント(toti-potent, 全能)で、身体を構成するどの臓器へも分化することが出来ます。
一方、ES細胞は、プルリポテント(pluri-potent, 多能)といって胎盤細胞以外ほとんどの細胞へ分化しうると考えられています。
これより低いところにオリゴポテント(oligo-potent, 寡能)という、特定の組織へ分化できる組織幹細胞があるのです。

聞き手:
山中先生が発見されたように「細胞をリプログラムする遺伝子」が有るということは、細胞の中には元に戻る機能がもともとあるということですか。

井村:
たしかに、ドリーの実験でもそうですね。それから精子、卵 子ともに分化した細胞ですが、受精すると数日から1週間でリプログラムされてトーティポテントな幹細胞になりますから、自然にもリプログラムが起きている と言えるでしょう。しかし、制御無く簡単にリプログラムが起きると困ることもあるわけです。

聞き手:
下等生物では、たとえばトカゲは足が再生しますよね。

井村:
トカゲには足の付け根に幹細胞があるのです。
また、プラナリアという生物がいます。2つに切っても2つの個体へと再生し、それぞれに小さな脳をもっています。
阿形清和先生らは、プラナリアの特定の遺伝子の機能を阻害すると、体中いたるところに脳が形成されるという、脳の再生異常が起きることを報告しました。彼らはこの遺伝子を"nou-darake (脳だらけ, ndk)"と名づけました。
これは下等生物で起きる事で、高等生物へ進化すると共にこうした再生能力が落ちてきます。
一方、再生という現象と癌化という現象は、共に未分化状態という類似性があるので、高い再生能力は、寿命の長い個体にとっては「癌化」能力を併せ持つことになります。
トカゲの場合は癌化する前に寿命が来るのでしょうね。(iPS細胞物語 第3回 生物の体はなぜ再生できるのか?

聞き手:
iPS細胞の再生医療への応用には期待が大きいですね。

井村:
再生医療への期待は大変大きいですね。その他の応用として病気の原因を解明するためにも使えると期待されています。
特に単因子遺伝性疾患は動物モデルが無いと解明は難しいが、iPS細胞を用いて原因となる遺伝子を発現させ、モデル細胞系として研究することができます。
ただ、糖尿病のように多因子性疾患の場合には、複数の原因遺伝子や環境要因があるために難しいかもしれません。モデル動物が作成しにくい、人間の稀少な疾患(患者数の少ない病気)の解明に有用です。
iPSに関する二番目の期待は、薬物のスクリーニングへの期待です。薬効だけでなく、実際の治験では見つけにくい稀に起こるような副作用を予測するためにもiPS細胞は役立つと考えられます。

今後の環境整備のあり方

聞き手:
研究費が欧米に比べて足りないという話を聞きますが、どういう風に研究への支援を促すこと、特に政策者の目を向けさせることができるでしょうか。

井村:
私が1992年に京大の総長へ就任したとき、科学研究費の総額は今の1/3しかありませんでした。
その当時2000億円が夢だったのですが、いまではほぼその額になっていますが、アメリカに比してまだまだ少ない。研究支援をする際には、研究者の自由な発想を促すボトムアップ型研究と、焦点をしぼって重点的にやるトップダウン型研究のバランスが大切です。
最近は、研究の経験がない方々が「出口を決めれば良い成果が出る」事を期待して「プロジェクト型」を進める傾向があります。非常にわかり易い一方、両者のバランスを取り、研究の裾野を広げることがいかに大切かということも、実は忘れてならない事です。
そういう意味で、JSPSがボトムアップ型を支援し、そこで生まれた良い研究をJSTがトップダウン型で支援するという分担は大切ですが、トップダウン型でも研究そのものがもつ特質は十分理解して支援して欲しい。

聞き手:
iPSも再生医療への応用さえできればいいというのでなく、基礎研究全体の底上げも同時に大切だということでしょうか。

井村:
周辺の境界域まで幅のある支援をする事で、あたらしい芽が出る事を期待しています。
臨床研究は、動物実験とは全く異なる側面があります。私は臨床系医師なので出口を意識することは大切だと思っています。出口が見えれば人材がよりよく育つのです。
例えば、臨床研究には医者だけではなく疫学の視点を持った生物統計の専門家が不可欠です。ようやく全国でいくつか講座ができましたが、米国に比べはるかに少ない状態です。
その他、臨床薬剤師、リサーチ・ナースなどなど、多くの人材を育成する必要があるのです。

現在の日本の課題の一つは、医師の中で研究に情熱を燃やすphysician scientist が減りつつあること、また理学などの関連分野でも大学院博士課程への進学者が減少しつつあることです。
人こそ研究の要ですから、これは由々しき問題ですね。私は臨床研究者のためのフェローシップと大学院の奨学金を増やすべきと考えています。当然研究を支援する様々な人材も必要で、その一部はすでに述べたとおりです。
資源が乏しく高齢化が進むわが国が持ちうる唯一の財産は人材(※人財と書いてよいかもしれません)で、とくにその人達の知的能力を最大限に伸ばすことが喫緊の課題でしょう。


インタビュアー:本間 美和子(iPS Trend 監修)、佐藤 勝昭、森本 茂雄(科学技術振興機構)
掲載日:2009年09月17日

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