インタビュー『この人に聞く』

本質的な基礎研究があればこそ、臨床などの応用分野でも大きな発展が期待できる

江口 吾朗 氏

写真:江口 吾朗 氏

江口 吾朗 氏

江口先生は発生学がご専門で、主に脊椎動物の眼の発生と眼組織の再生の研究を先導された、まさに世界の発生学研究をリードする研究者のお一人である。
名古屋大学教授、基礎生物学研究所教授、熊本大学長などを歴任されたのち、学校法人尚絅学園理事長に就任され、併せて2004年よりJST研究開発戦略セ ンター・上席フェローとして、日本のライフサイエンス分野の研究戦略推進と研究支援に携われた。その中で2007年以来、わが国の重点研究課題としてク ローズアップされた「iPS研究」の大きな流れをつくった立役者である。
つまり、iPS Trend第一回目の研究者インタビューは江口先生をおいてはありえない。さあ、生の声を聞いてみよう・・・。

Q:本サイトをご覧になっていかがですか?

一般の方々へ情報を広く発信する試みはとても重要です。日本の研究者の大半は税金を使わせていただいて、初めて研究ができるのですからね。
iPS研究についてもできるだけ多くの方に理解していただき、ひいてはこうした研究を進めることについて社会的なコンセンサスを形成していくことにもつながると良いですね。

Q:先生のご専門にも深く関連する、iPS研究についてのご感想はいかがでしょうか?

まちがいなく素晴らしい研究です。世界の激しい競争の中で、わが国の研究者が産み出した成果ですから、例えて言えばノーベル賞が日本に来ることを大いに期待していいでしょう。
ただ、誤解の無いようにお伝えしたいのは、果たして昨今よく使われるように「万能」という言葉が適切でしょうか。iPSのPSは、pluripotent cellの略称ですから、正しくは多能細胞と言うべきでしょう。
植物は簡単に接木ができますが、動物の細胞はそれとは違う。iPS細胞も、厳密には受精卵そのものやES細胞とは異なるものです。したがって、一般の方が「万能」という言葉からイメージされると、卵子にも精子にも変わると誤解される恐れがあります。
ですから現時点では、私たちの身体を形作っているさまざまな細胞になり得る多能的細胞と理解すべきだと考えます。

Q:ただ、一般的には大きな期待があることも確かだと思うのですが。

ある種の細胞、たとえば神経細胞についてはかなり研究も進んでいて、臨床応用へ比較的近いところにまで進展が見られていて良いですね。また、血液細胞のように、個々の細胞が単独で機能するような細胞はiPSの技術で作製されたり、進展があるのも確かです。
しかし、まだまだ「iPSで今すぐに何でもできる」とは言えない。なぜなら、血液細胞は作れても、肝臓とか腎臓とかの臓器のように三次元的な構造体として機能を発揮する複雑系を構築することはそう簡単なことではありません。
新たな臓器が、患者さんの痛んだ臓器と交換できるようになるのはまだ先の話であり、期待されるようにそう簡単にできるものではありません。また、iPSが生体に完全には適応できなくて無秩序な細胞になる可能性もいまだ否定できません。

Q:そうすると、もっと基礎的な知見も必要なのですね。

そのとおりです。
このiPS研究を発展させ、将来人々のために有用となる可能性を真に実現するためには、今は基礎的な研究をしっかり行うべき時であると私は思います。 iPSが、これだけ世界中で検証され、全世界を席巻する研究潮流を産み出したのですから、大きな可能性を持っていることは間違いありません。しかし、同時 にいまは着実に学問的に基礎的なところを固めていく時期だと思っています。
たとえば、なぜ一度皮膚細胞へと分化した体細胞が、受精卵から発生して間もない初期胚の細胞のように「初期化」するのか。そうした生命の根幹にかかわる基 礎研究を進めることによって、「原理を解明すること」が大事なわけです。そういう本質的な基礎研究があればこそ、今後、臨床などの応用分野でも大きな発展 が期待できるのであり、それをないがしろにして科学技術に真の発展はあり得ません。
ただ臓器さえ早く作れれば良いというのは成果偏重の誤ったやり方であり、結果として砂上の楼閣を生むことになりかねません。
期待が大きいだけに、最も注意しなければならない点です。

Q:なるほど、そうですね。他にはいかがでしょうか?

ヒトの細胞を使うことから、倫理の構築と社会的コンセンサスを得ることが大切。患者さんに期待を持っていただくことも大事ですが、研究が進んで、仮に将来、人間を作り出すなんてことになったら恐ろしいことです。
何をどこまでどうやってよいのかを、今のうちに研究者も一般の方も、しっかり考えることは重要なことです。遺伝子組み替え技術の是非論と同様に、一般の方 に正しく理解していただくよう啓蒙活動をすることも、科学技術振興機構(JST)の果たすべき大きな役割ではないでしょうか。
iPS Trendには、そんな役割も期待したいね。


インタビュアー:本間 美和子(iPS Trend 監修)、森本 茂雄(科学技術振興機構)
掲載日:2009年04月28日

関連動画

動画一覧を見る

ページトップに戻る

おすすめ動画

関連動画

  • 文部科学省
  • 科学技術振興機構
ページトップに戻る