iPS細胞研究 世界の潮流

4. iPS細胞の登場がES細胞研究に及ぼした影響

掲載日:2009年7月28日

2008年12月、京都大学の中辻憲夫教授らの研究グループから、新たに2種類のヒトES細胞を樹立した、という発表がなされました。2003年に同研究グループが樹立した3種類のES細胞と合計して、日本で作られたES細胞は計5種類です。
ここで、「ES細胞の抱える様々な問題を解決したiPS細胞が誕生した後にもES細胞の研究はまだ続いているの?」という疑問が浮かびます。
結論からいいますと、ES細胞の研究は世界中で継続して行われており、山中教授も新たにES細胞を用いた研究を開始すると発表しています。
今回はiPS細胞の登場がES細胞研究に与えた影響について見ていきましょう。

iPS細胞を樹立した後、山中教授はES細胞の研究とiPS細胞の研究は両立して進めるべきだという主張をしています。
理由としては、iPS細胞の安全性が確認できるまでには少なくとも数年の時間が必要だからです。その間ES細胞の研究がストップしてしまうと、もしiPS細胞の安全性に重大な問題があることが判明した場合にはES細胞の研究を再開することとなり、結果的に再生医療の実現が遅れてしまうことに繋がる可能性があるのです。

また、学術研究という観点からは、既に知見が積み上げられているES細胞と、研究が始まってからの期間が短いiPS細胞で観察された現象を比較することで、得られたデータの信頼性が増すということもあります。
このような点は研究者の間では正しく認識されており、冒頭のようにES細胞の樹立研究が世界中で継続されています。
PubMed(世界最大の生命化学系論文のデータベース)によれば、iPS細胞(induced pluripotent stem cell)、ES細胞(embryonic stem cell)をキーワードとして含む論文数は、マウスでのiPS細胞が樹立された2006年8月、ヒトでのiPS細胞が樹立された2007年11月以降も増え続けていることが分かり(図1)、ES細胞研究は継続して行われているのです。

図:iPS細胞(青)、ES細胞(赤)に関する学術論文数
iPS細胞(青)、ES細胞(赤)に関する学術論文数

以上のことからES細胞についての研究の重要性を認識して頂けたかと思いますが、実は日本国内でES細胞の研究を行うことは非常に困難です。
山中教授のグループがES細胞の研究も開始すると発表したのは、つい5ヶ月前の2009年3月です。
ES細胞に付きまとう倫理的な問題に対し、日本政府は研究を行う施設で設置した倫理委員会の審査と、国での審査という2重審査を義務化してきました。
これに対して山中教授や冒頭の中辻教授を含む多くの幹細胞研究者が「日本でも研究を迅速に行える体制が必要」と訴え続けてきました。山中教授に取材をしたTime誌の記者Leo Lewisがブログで公開した山中教授のコメントによれば、「日本でヒト幹細胞についての1つの実験を行うためには、500ページにわたる書類を提出する必要があり、書類作成に1ヶ月、審査に更に1ヶ月かかるので、イギリスのライバル研究室ではその間に10の実験が出来てしまう(英語を和訳、一部意訳)」と述べています。
日本はマウスのES細胞については世界トップクラスの研究成果を挙げているにも拘らず、ヒトES細胞についての研究はなかなか進まない状況が続いていました。

そこで、2009年3月17日に行われた文部科学省の専門委員会で、ヒトES細胞の作成、使用、分配に関する指針を改正し、これまでの2重審査を研究実施機関での審査及び国への届出のみとすることや、研究機関が外部の倫理委員会に審査を委ねることを認めるなど、ヒトES細胞使用時手続きを簡略化する方針を決めました。
これによって日本国内でもヒトES細胞研究がより活性化すると考えられます。

また、ES細胞の樹立に際して、倫理上の問題を克服する技術的発展も起こっています。
Advanced Cell Technology社(ACT)のRobert Lanzaらのグループは、胚の発生能を損なうことなく、ES細胞を樹立する技術をマウスとヒトの両方で開発しました(※1※2)。同研究グループは2008年に入り、受精卵の発生能を損なうことなくES細胞を樹立することに成功したと発表しています(※3)。
これらのように、倫理的問題を回避しつつ、新たにヒトES細胞を樹立する方法が確立されつつあります。
このように、再生医療の実現に向け、ES細胞とiPS細胞の研究がお互いを刺激しつつ、補完しつつ進んでいく体制が整いつつあります。今後も、研究の同行に注目が集まりそうです。

※1
Embryonic and extraembryonic stem cell lines derived from single mouse blastomeres.
Chung Y, Klimanskaya I, Becker S, Marh J, Lu SJ, Johnson J, Meisner L, Lanza R.
Nature. 2006 Jan 12;439(7073):216-9

※2
Human embryonic stem cell lines derived from single blastomeres.
Klimanskaya I, Chung Y, Becker S, Lu SJ, Lanza R.
Nature. 2006 Nov 23;444(7118):481-5

※3
Human Embryonic Stem Cell Lines Generated without Embryo Destruction.
Chung Y, Klimanskaya I, Becker S, Li T, Maserati M, Lu SJ, Zdravkovic T, Ilic D, Genbacev O, Fisher S, Krtolica A, Lanza R.
Cell Stem Cell. 2008 Feb 07;2(2):113-7

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