iPS細胞研究 世界の潮流

3. iPS細胞研究へのアメリカ政権交代の影響

掲載日:2009年7月6日

初の黒人大統領として注目を集める米国オバマ大統領。就任後の経済政策として、バイオテクノロジーが関わる2つの分野で大きなChangeを決定しました。

1つ目は「グリーンニューディール」。
アメリカは最大の温室効果ガス排出国ですので、前任のブッシュ大統領は地球温暖化防止というグローバル社会の利益よりもアメリカの経済利害を優先する国益主義の立場に立ち、就任早々京都議定書からの離脱を宣言しました。
一方、オバマ大統領はブッシュ大統領とは正反対の政策である、「グリーンニューディール」政策を打ち出しました。10年にわたる再生可能エネルギーへの1500億ドルの投資や、500万人のグリーン雇用の創出を公約に掲げています。中国やインドなど、京都議定書非批准国への影響も大きいと予想されています。
そして、もう1つがES(Embryonic Stem)細胞研究の再開です。

胚盤胞より取り出して作製するES細胞は、あらゆる機能の細胞に分化することができる「万能細胞」として、1981年にマウスで、1998年にヒトES細胞が報告されました。
日本ではES細胞は不妊症治療の一環で人工授精した胚のうち、使わずに廃棄することになった胚から取り出しますが、そのまま生育すれば一人の人間となる受精卵を壊して取り出すことから、倫理的に非常に繊細な問題を抱えています。
米国では宗教上の問題から人工中絶に対して反対論も根強くあることが知られており、前述のブッシュ大統領も宗教的な問題からES細胞研究への支援を取りやめたようです。

そのような環境で、オバマ大統領はヒトES細胞の研究に対する国家助成を解禁する政策を打ち出しました。
もちろん、オバマ大統領は受精卵を破壊することについて倫理上の問題に理解を表明しています。クローン人間の開発を禁じるなど、「厳格なガイドライン」の策定を確約したのです。
こうして疾患や事故によって失われた臓器や組織を再生して幹部を治療する再生医療の実現に、米国が本腰を入れた格好です。

他国の状況はどうでしょうか。
ヒトES細胞についての規制は各国で差があります。
ドイツは作製を禁止、フランスは2006年に作製を認めています。イギリスは不妊治療で余った受精卵だけでなく、クローン胚を用いてES細胞を作製することが可能です。日本では不妊治療で人工授精させた胚のうち、廃棄する予定の受精卵からES細胞の作製を認めています。
こうしてみると日本はES細胞について技術的競争力や蓄積があるように見えますが、実際はそうではありません。2006年の文献 ※1 によれば樹立されたES細胞のうち、実際に研究に用いられたという報告があるES細胞の種類はアメリカ産のものが38件でトップ。日本産のES細胞は3件しか報告されていません。
また、世界中で発表されたヒトES細胞を用いた学術論文はアメリカの研究チームにより報告されたものが125報でトップ。イスラエル(42報)やイギリス(30報)から大きく離れて日本の研究チームからは5報しか報告されていません。
米国では州独自の予算など、国家予算以外の枠でES細胞の研究が着実に進んでいるのです。

図:世界で発表されたヒトES細胞を用いた学術論文数(2005年まで)
世界で発表されたヒトES細胞を用いた学術論文数(2005年まで)

日本発のiPS細胞ですが、その研究には細胞を分化させる技術や分化させた細胞を移植する技術、臓器を構築する技術などES細胞を利用して進められてきた技術的蓄積が役に立つことは間違いありません。
この分野で米国の研究が更に加速すれば、iPS細胞の応用研究開発の競争で日本は強みを失ってしまう状況になると考えられます。

3月9日に行われたオバマ大統領の署名式典には、京都大学の山中伸弥教授が日本人として唯一招かれました。
共同通信によれば山中教授は「今後、アメリカで研究は一気に進む。日本は頑張らないと取り残されてしまう」と話し、人材育成や予算拡大などの支援体制が必要だと訴えました。
iPS細胞を取り巻く環境は刻一刻と変化しています。今後の動向には否が応でも注目が集まります。

※1
Current State of Human Embryonic Stem Cell Research: An Overview of Cell Lines and Their Use in Experimental Work
ANKE GUHR,ANDREAS KURTZ,KELLEY FRIEDGEN,PETER LOSER
Robert Koch Institute, Berlin, Germany and Arnold & Porter, LLP, Washington, DC, USA STEM CELLS 2006;24:2187-2191

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