インタビュー『“未来”の担い手たち』

生体内で心臓の細胞から
心筋様細胞を直接作る

家田 真樹 氏

家田さんは2010年、マウスの心臓にある線維芽細胞に3遺伝子を導入し、iPS細胞などを経由せず直接的に心筋様細胞にする「ダイレクトリプログラミング」の技術を試験管内の系で確立した。さらに2012年にはこの手法をマウスの生体内でも実現している。再生医療への応用も期待されるが、研究の現状や課題はどのようなものか、家田さんに聞いた。

写真:家田 真樹 氏

家田 真樹 氏

聞き手:
家田さんは内科の臨床医として医療の道を歩み始め、その後、心臓を中心とする基礎研究にも取り組むようになったそうですね。

家田:
内科の研修医だった頃、「分子標的治療」などの当時としては最新の言葉を聞くようになりました。なぜ分子を標的とする薬が効くのかといった機構を理解しないと効果的な治療はできない感じたのです。
心臓という臓器には興味がありました。動きがダイナミックで、しかも全身に影響をあたえる重要な臓器ですから。基礎研究では、はじめ、心筋梗塞などを起こす心筋の分子機構を解明したいと思い、中でも脈を制御している神経の研究をしました。満足できる結果を得ましたが、その成果は新しい治療には結びつきにくいものでした。
当時はiPS細胞が樹立されて間もない頃で、私も心臓の再生医療に加われないかと考えるようになりました。

聞き手:
心筋細胞を再生するのに、iPS細胞を経ない方法でアプローチしていると聞きます。

家田:
当時から、多くの研究者が、患者の体外でiPS細胞などから心筋になる細胞を分化誘導し、それを開胸手術などで移植する方法を考えていました。一方、私は遅れて再生医療に加わった身。心筋細胞とは異なる心臓内の細胞を、iPS細胞などを経ず直接、心筋細胞にする方法の開発に取り組もうと考えたのです。

聞き手:
具体的にはどういう方法ですか。

家田:
心臓には、心筋細胞のほかに、線維芽細胞というポンプ機能のない細胞があります。この心臓の線維芽細胞に転写因子となる遺伝子を入れて、心筋細胞にするという方法を考えたのです。

聞き手:
皮膚由来のiPS細胞を心筋になる細胞に分化誘導する方法がしばしばとられていますが、家田さんは心臓内の細胞に着目したのですね。

家田:
心臓の線維芽細胞も、心筋細胞も、心臓中胚葉という細胞層から発生します。源流が同じであるため、心臓の線維芽細胞は皮膚細胞などに比べて心筋細胞に近いと思ったのです。臨床医として心臓の細胞を見てきた経験がこの発想につながりました。

聞き手:
慶應大学から、米国のグラッドストン研究所に留学されていたとき、まず試験管内の系で、心臓の線維芽細胞を心筋細胞にする研究に取り組みました。

家田:
困難も予想していました。多くの研究者が心筋細胞に変える「マスター遺伝子」を探してきましたが、20年以上も見つかっていなかったからです。

聞き手:
研究はどう進めたのですか。

家田:
転写因子の候補を14個の遺伝子に絞りました。「これで行こう」と。これは一種の賭けですね。そして、心筋細胞に特異的に発現する遺伝子に緑色蛍光タンパク質(GFP)を標識として付加した遺伝子改変マウスをつくりました。心筋が発現したときだけ緑色に光るようにしたのです。
そして、候補の14遺伝子すべてを、ウイルスベクターという運び屋を使って、マウスの心臓の線維芽細胞に入れてみました。1週間後、線維芽細胞だったうちの1.7%が緑色に光るようになりました。

次に、山中伸弥教授たちがiPS細胞を樹立したときと同様のやり方で、候補の14遺伝子から1個ずつ除いた組み合わせを次々と線維芽細胞に入れていきました。すると、14遺伝子のうち、Gata4、Mef2c、Tbx5という3遺伝子(GMT)の組み合わせのとき、線維芽細胞だったうちの17%が緑色に光ったのです。

では、緑色に光った細胞が本当に心筋細胞と同様のものなのか。それを確かめるため、組織を染め分けられる「免疫染色」という方法で、GMT遺伝子を導入して2週間から1か月後の細胞を見てみました。すると、線維芽細胞のままにしておいた部分は光っていないのに対し、その細胞は光っていました。

重要なのは、光った細胞がタンパク質を発現し、また、横紋構造という心筋にしか見られない構造が形成されていたことです。心筋前駆細胞には横紋構造が見られません。細胞が成熟していることがわかったのです。さらに、この細胞が心筋としての機能を果たしているか確かめるため、細胞が拍動しているかを見てみました。すると、自然に拍動していることもわかりました。
こうして、試験管内の環境で、線維芽細胞を心筋と同様の細胞にすることができました。この細胞に「誘導心筋細胞」(iCM細胞)という名前をつけました。

心筋直接リプログラミング実験
心臓の線維芽細胞に、Gate4、Mef2c、Tbx5という3遺伝子を導入して、直接的に心筋様細胞(誘導心筋細胞)をつくる。培養皿上でも生体内でも、成熟した心筋細胞に見られる横紋構造が見られる(写真拡大部分)。(拡大表示(PDF)

聞き手:
iPS細胞などを経由することなく、心臓の線維芽細胞から直接、誘導心筋をつくることができたわけですね。

家田:
そうなんです。しかし、実際の再生医療を考えると、これを試験管内でなく生体内で行いたいわけです。うまくやれば、カテーテル治療で非侵襲的に心筋細胞を増やすような再生医療が将来できるかもしれません。留学から帰ってくると、今度はマウスの生体内で、心臓の線維芽細胞から心筋細胞をつくるための研究に着手しました。
はじめは、「試験管内で成功したのだし、生体内でも同様のことをやるのは簡単だろう」と思っていました。ところが、実際には苦労しました。GMTの3遺伝子が、うまく線維芽細胞に入ってくれないのです。

将来の心臓再生医療
将来の心臓再生医療。ダイレクトリプログラミングの応用により、図の下にあるような、誘導心筋細胞(iCM細胞)による非侵襲的なカテーテル治療も考えられる。(拡大表示(PDF)

聞き手:
なぜですか。

家田:
細胞がウイルスベクターの液にずっと浸っている試験管内の実験とちがって、生体内の心臓では一部がウイルス液に触れるのみとなります。試験管内できれいにできていたことが、生体内ではあまりできなくなったのです。

そこで、遺伝子導入効率をもっと高める方法を検討しました。それまでは、GMTの3遺伝子を、別々に心臓の線維芽細胞に入れていました。それを、1個のウイルスベクターでまとめて入れようと考えたのです。複数の遺伝子を単一の遺伝子上に並べて同時に発現させるもので、「3F2A」と名付けました。

3F2Aを使ってGMTの3遺伝子をマウスの心臓の線維芽細胞に入れ、2週間後に誘導心筋細胞になった率を見ました。結果は1%でした。個別に入れたときと導入率は変わらないのですが、誘導心筋細胞の成熟度合いは大きく変わっていました。横紋構造が心筋タンパク質を発現した誘導心筋細胞の15%ほどで見られたのです。これは、GMTの3遺伝子を個別に入れたときの倍ほどの率です。

聞き手:
現在の研究課題を聞かせてください。

家田:
生体内での誘導効率が1%ほどでしかないので、効率を高めていかなければなりません。誘導効率にこだわるのは、つくられた心筋細胞がさらに増殖することがなく、線維芽細胞1個からつくれる誘導心筋細胞は1~2個にとどまるからです。iPS細胞とちがって無限増殖はできません。ただし、増殖にはがん化のリスクが伴いますから、増殖しないというのは利点と考えることもできます。
また、生体内での誘導心筋細胞でも横紋構造をかなり見ることができていると話しましたが、なかなか拍動までは至りません。機能的にも心筋と同じものにもっとしていかなければなりません。
つまり、量と質の両方を高めていく必要があります。いまは、転写因子の遺伝子を増やしてみたり、培養条件を変えてみたりして、少しずつ効率を高めているところです。試験管内の試験でよりよい誘導条件を見つけて、それを生体内試験に当てはめています。

聞き手:
臨床応用を期待してしまいます。

家田:
実験室での研究と患者さんを相手にする臨床応用は大きくちがうものです。安全性の問題は避けては通れません。患者さんからも「何年後に実現できますか」といったご質問をいただいたりしますが、現時点では「10年から15年はかかりそうです」と話しています。 しかし、取り組んでいるこの研究は、現在にはない治療法となる可能性があるので、基礎から臨床に向けての研究を進めています。進歩と困難の両方を感じている実験室での研究ですが、そこで得たノウハウを、将来の臨床応用に生かしていければいいなと思っています。

聞き手:
最後に、研究をする上で大切にしていることをお聞きします。

家田:
だれもやっていないようなことをやることです。心臓の神経や線維芽細胞に着目したり、直接リプログラミングを試みたりしたのは、人と違うことをしたかったからです。そのほうが研究もおもしろいですからね。
ただし、誰にも関心をもたれない、必要性の認められない研究では意味がありません。必要とされてはいるものの、まだ満たされていない領域に対して、自分なりのアプローチで勝負していくということを、今後も続けていきたいですね。

家田 真樹 氏の写真

インタビュアー:漆原 次郎
取材日:2013年2月5日

家田 真樹(いえだ まさき)氏の略歴

慶應義塾大学医学部 特任講師

1995年慶應義塾大学医学部卒業。内科医として勤務した後、99年、慶應義塾大学医学部 助手に。2000年ごろより基礎研究に着手。05年、同大学医学博士。07年、米国カリフォルニア大学サンフランシスコ校グラッドストン研究所留学を経て、10年より慶應義塾大学医学部講師、11年より特任講師。

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