インタビュー『“未来”の担い手たち』

マウスES/iPS細胞から生殖細胞をつくる

林 克彦 氏

京都大学の林 克彦さんのグループは、2011年、オスのマウスES細胞とiPS細胞を体外で始原生殖細胞に分化させることに成功した。そこから精子をつくり、体外受精で健常な子孫を得た。さらに2012年、今度はメスのマウスのES細胞とiPS細胞を試験管内で始原生殖細胞に分化させ、これをマウスの胎仔の将来卵巣になる体細胞と培養したうえで、別のマウスの卵巣に移植し、未成熟な卵子を得た。これを体外で培養して成熟卵子にし、体外受精によって子を誕生させた。ES細胞やiPS細胞から生殖細胞を分化させた一連の研究は、将来ヒトの生殖医療に道を開く可能性もあるため、各方面から大きな反響を呼んでいる。

写真:林 克彦 氏

林 克彦 氏

聞き手:
2011年に精子、2012年に卵子をつくることにも成功しましたが、どちらが難しいのですか。

林:
技術的には始原生殖細胞をつくるところが山場で、そこから精子や卵子をつくることはさほど難しくありません。ただし、精子については始原生殖細胞から精子幹細胞が1個でも得られれば、あとは無限にできますが、卵子については卵子幹細胞というものは存在しないので、得られる卵子の数は始原生殖細胞の数そのものです。良質の始原生殖細胞をいかに多数つくるかが卵子をつくるポイントです。その意味で卵子のほうが生産効率は低いわけです。

聞き手:
卵子の場合には、始原生殖細胞をマウスの胎仔から取り出した将来卵巣になる体細胞とともに培養していますが、体外培養では機能のある卵子には分化しないのですか。

林:
そうなんです。なぜ体細胞とともに培養しないと分化しないか、そこで何が起こっているかはまだわかっていません。もし始原生殖細胞を卵子に分化させる因子が明らかになれば、その因子を使って体外で分化させることもできるかもしれません。ヒトを対象とするときの足がかりを得るためにも、今後この研究は重要です。

聞き手:
体細胞と培養後、精巣や卵巣に戻すプロセスも不可欠なのですか。

林:
精子を得るときも卵子を得るときも、それぞれ精巣、卵巣に戻しています。ES細胞やiPS細胞からつくられた始原生殖細胞が精子や卵子になるかどうかを見るために、最もよい環境という意味で精巣や卵巣の場を借りています。完全に体外培養で卵子や精子を得ることは今後の課題です。

ES細胞/iPS細胞から卵子をつくるプロセス

ES細胞/iPS細胞から卵子をつくるプロセス(拡大表示(PDF)

聞き手:
今回の一連の研究に使ったiPS細胞はマウスの胎児の細胞からつくったものであることには何か意味がありますか。

林:
特にありません。ただし、卵子をつくるにはメスの細胞を使うことが必要です。ES細胞もiPS細胞もマウスではオスの細胞のほうが扱いやすいので、メスの細胞のほうはあまり注目されていませんでした。良質なメスのiPS細胞を探した結果、たまたまそれが胎児の細胞からつくられたものだったのです。

聞き手:
今回の成果は、生殖細胞の発生についての基礎研究にどんな点で寄与するでしょうか。

林:
これまで生殖や繁殖については、子孫ができればOKという結果主義のところがあり、発生学的な見地からの基礎研究はあまり進んでいませんでした。ES細胞やiPS細胞から始原生殖細胞ができる過程は、胎児で実際に起こることを再現していて、そこには多数の遺伝子が関係しているはずです。マウスでは受精後6日目にすでに胚のなかに数個の始原生殖細胞ができています。母親の胎内で孫の代の生殖細胞のもとがちゃんと用意されているんですね。しかし、実験のためにこれを数多く集めるのはとても大変です。今回の研究で、ES細胞やiPS細胞から始原生殖細胞を多数つくれることがわかったので、よい実験のツールを提供できたと思います。これによって、遺伝子の役割や働く過程を調べられるようになるでしょう。

iPS細胞から分化させた始原生殖細胞由来の卵子を体外受精させてマウスが誕生した

iPS細胞から分化させた始原生殖細胞由来の卵子を体外受精させてマウスが誕生した。
上左:未成熟卵子 上中:体外培養で成熟した卵子 上右:体外受精によって得られた仔
下左:元気に成長したiPS細胞由来マウス 下右:成長したiPS細胞由来マウスは次世代を産んだ。

聞き手:
次の目標はどんなことですか。

林:
体外培養でできる領域を増やしていって、生殖細胞の発生過程全体をin vitroで再構築することです。まず、始原生殖細胞の後期の発生過程ですね。基礎的な研究課題は山ほどあり、一生かかっても終わらないほどです。

聞き手:
不妊治療を受けている患者さんから、報道を見てたくさんの問合せが来ているそうです。将来こうした期待に応える見込みはありますか。

林:
精子をつくれない男性の始原生殖細胞を自分の細胞から分化させて、それを精巣に移植して精子をつくらせるといった治療が理論的には考えられます。倫理問題は別としても、実現するにはヒトの生殖細胞の発生についてもっと知識を深め、それを体外で再現できるようになり、さらに安全性が確保される、という条件が必要です。越えるべきステップは非常に多く、マウスとヒトの間の壁も低くはありません。マウスで得た成果は必ずしもヒトにも該当するとは限らず、ヒトはヒトで一から研究する必要があります。
また、体外で増殖しているES細胞もiPS細胞も、いったい発生過程のどこに位置しているのか、マウスではかなり解析されていますが、ヒトについてはまったくわかっていないのです。

聞き手:
生殖細胞の発生を研究するようになったきっかけは何でしたか。

林:
学生の頃は動物繁殖学の研究室でトランスジェニック動物やクローン動物をつくっていましたが、そもそも精子や卵子がどのようにできるのかを知りたくなり、修士課程から生殖細胞の発生を手がけるようになりました。

聞き手:
研究者になるにあたって背中を押してくれた人や環境は?

林:
修士課程を終える頃、東京理科大学にできた生命科学研究所が発生工学の技官を募集していました。面接試験を受けたところ、多田富雄所長が「君は何かやってくれそうだから、技官ではなく助手になりなさい」と言って下さいました。当時はこの言葉の有り難さがわかりませんでしたが、この後押しがなかったら今の私はなかったと思います。道を開いてくれた一言でした。
研究所には免疫学者が多く、スタートの熱気にあふれていました。免疫学は目に見えない複雑なネットワークが対象です。研究の方法には学ぶところが多く、見えないものを解くための理論構築の訓練になりました。

聞き手:
山中教授とノーベル賞を共同受賞したJ. ガードン教授が主宰するケンブリッジ大学ガードン研究所への留学ではどんな刺激を受けましたか。

林:
ガードン研究所で学んだ最大のことは議論することです。自分で試行錯誤していては時間のかかる研究も、周囲の人と話すことで解決することもあります。議論することはその意味で大変重要です。
日本人は素晴らしいと気づいたことも収穫です。議論はあるところで飽和しますから、あとはやってみないとわかりません。日本人は課題に向き合う誠意があり、我慢強く、細かいところに気づいてきちんと仕事をします。これは誇るべきところだと思いました。若い人も博士号をとってある程度の基礎体力がついたら、是非海外に出てほしいですね。日本人のよさを知る機会にもなると思います。

聞き手:
後輩や若手にアドバイスしたいことは?

林:
サイエンスは平等な世界です。自分の考えを率直に発言して下さい。ポストが少ないというようなネガティブな情報にとらわれずに、好きなことをやってほしいですね。状況は変わります。悲観的にならずにチャレンジして下さい。

聞き手:
10年後、この分野の研究はどうなっていると思いますか。

林:
想像できるのはせいぜい5年後。5年後を想像し、それを4年で仕上げるのが私のポリシーです。ヒトES細胞から精子をつくることはまだ実現しないと思いますが、関連する遺伝子や因子は相当わかってくるでしょう。マウスの卵子ができる入り口のところはわかってくると思います。ヒトについても研究が少し進展し、倫理的な議論が進んで、社会の反応も成熟してくるのではないでしょうか。倫理的な議論は技術の成熟とリンクしますから、技術の進歩が鍵ですね。


インタビュアー:古郡 悦子
取材日:2012年10月31日

林 克彦(はやし かつひこ)氏の略歴

京都大学大学院医学研究科 准教授

埼玉県に生まれ、1994年 明治大学農学部を卒業。理学博士(東京理科大学)
1996年 東京理科大学生命科学研究所助手
2002年 大阪府立母子保健総合医療センター研究所研究員
2005年 ケンブリッジ大学ガードン研究所研究員
2009年 京都大学大学院医学研究科機能微細形態学講師
2012年 同 准教授

参考

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