インタビュー『“未来”の担い手たち』

皮膚細胞からダイレクトに肝細胞を作る

鈴木 淳史 氏

鈴木さんは2011年、皮膚にある線維芽細胞から肝細胞と同じ機能をもつ"iHep細胞"(induced Hepatocyte-like Cells)の作製法を確立した。それは、iPS細胞を経由しない「ダイレクトリプログラミング」という手法だ。iHep細胞作製の経緯と、注目されるダイレクトリプログラミングの利点について聞いた。

写真:鈴木 淳史 氏

鈴木 淳史 氏

聞き手:
どんな経緯で肝細胞の研究を始めたのですか?

鈴木:
もともと免疫学に興味があり、筑波大学大学院では移植免疫の応用研究を志していました。ちょうどそのとき、私たちの研究を率いていた中内啓光先生(現・東京大学幹細胞治療研究センター教授)が、造血幹細胞の分化や自己複製に関する研究成果をあげていました。他の臓器ではどうだろうということになり、私は、マウスの肝臓の幹細胞を見つけるというテーマを与えられたのです。免疫学とまったく異なるテーマだったのでショックでした。でも、肝臓ができる途中のマウス胎児で調べてみると、幹細胞らしきものが見えてきて、試行錯誤の中に研究のおもしろさを感じるようになりました。

聞き手:
肝臓の8割は肝細胞といいます。肝細胞の特徴はどのようなものですか?

鈴木:
肝臓は、代謝や解毒などの重要な機能をもっています。肝細胞は"やんちゃ"な性格で、生体内で切り取れば勢いよく増殖します。肝細胞には増殖する前提が本質的にあるのかもしれません。代謝や解毒の機能をもったまま増殖するのも大きな特徴ですが、なぜそれができるのかは未解明です。

聞き手:
米国ソーク研究所へ移り、海外の研究流儀も心得て、2005年に帰国されました。まだiPS細胞も樹立されていない時期、ダイレクトリプログラミングに関する研究は行なわれていたのですか?

鈴木:
関連する研究としては、25年前に、線維芽細胞に特定の遺伝子を入れると筋細胞になることが報告されていました。私も大学院在学中に肝臓の幹細胞が膵臓や腸の細胞になれることを見つけたり、留学中にはES細胞が少し分化しても再びES細胞に戻れることを見つけました。興味深い点は、これらの事象が遺伝子導入を必要とせず、培養条件や移植する場所を変えるだけでよかったことです。同様に、肝細胞は肝臓の幹細胞から分化するのが普通ですが、まれに、障害を受けた膵臓の外分泌細胞や骨髄などに含まれる間葉系幹細胞が肝細胞へ分化することが知られています。また、骨髄移植後に血液細胞が肝細胞と融合し、肝細胞として肝臓組織を構築することもあります。これらの知見を考察してみますと、細胞を取りまく環境の変化がリプログラミングを誘導する特定因子のはたらきを呼び覚ますことは想像できますが、それらの因子を同定するのはかなり難しいのではないかと考えられました。
そんな中、2006年3月に「キーストン・シンポジウム」に参加すると、山中伸弥先生が演題を変更してiPS細胞に関する発表を始めました。山中先生の発表から私が得たものは主に二つ。一つは、細胞運命を決定し、リプログラミングを誘導する因子が確かに存在するということ。もう一つは、灯台下暗しで、リプログラミングを引き起こす因子は1個でなく、複数の場合もあるのだということでした。iPS細胞の樹立は、他の研究者たちに「細胞の分化状態を白紙に戻せるなら、直接的な転換もできるはず」と思わせ、ダイレクトリプログラミングの研究を加速させたと思います。

写真:鈴木 淳史 氏

聞き手:
2007年に九州大学へ移り、2008年にJSTさきがけ研究員を兼務した後、本格的にダイレクトリプログラミングでiHep細胞作製法の開発に着手されたと聞きます。

鈴木:
そうです。この二つの所属先は、研究を進める上で大きな経験になりました。 まず、九州大学生体防御医学研究所にはテニュアトラック制で採用されました。テニュアを得るための審査では"クビ"もありうる厳しい条件ですが、その反面、自由度が高く、ひたすら研究に没頭することができます。
JSTさきがけ「iPS細胞と生命機能」では第1期生で、iPS細胞関連以外の研究をしていたのは私だけでした。ミーティングでは研究総括の西川伸一先生から「本当にできるのか」と熱く厳しく励まされました。また、同世代の研究者と仲間になり、合宿などで議論しあえたのも大きかったです。

聞き手:
そうした研究環境の中で、2011年6月、ダイレクトリプログラミングによるマウスでのiHep細胞の作製を『Nature』に発表しました。どのように研究を進めたのですか?

鈴木:
はじめに、実験系の整備に長時間を費やしました。元の細胞である線維芽細胞の撒き方、培地の条件、ウイルスの作製法などで、リプログラミングが起きる最善の条件を目指したのです。自分たちでiPS細胞を作製したとき、そう簡単には細胞の運命は転換できないと実感したからです。それに、中途半端に研究を進めて「ああすればよかった」と後悔するより、最善を尽くして「ここまでやったのだから失敗でも仕方がない」と納得したかったのです。最善の実験系を確立すれば、今後の研究にも活かせます。
その後は早かったです。まず、候補として12個の転写因子を選びました。これまでの肝細胞研究から、重要な因子の見当はつきました。次に、高橋和利先生または博士(現・京都大学iPS研究所講師)がiPS細胞を誘導する転写因子を発見したときと同様、12因子全てを線維芽細胞に入れる実験を行い、加えて、1因子を除いた11因子のセットをそれぞれ線維芽細胞に導入しました。結果、Hnf4αという遺伝子を除いたときだけ、肝細胞で発現する遺伝子の発現誘導が進まなかったので、Hnf4αは必要とわかりました。しかし、これだけでは不完全だったので、Hnf4αにもう1個を加えてみると、Hnf4αとFoxa1、Foxa2、Foxa3という3つの組み合わせのとき、肝細胞への誘導が進むとわかったのです。
誘導された細胞(iHep細胞)は、長らく見つめてきた肝臓の上皮細胞に似ていました。また、調べてみると、これらの細胞は肝細胞の特徴をもっていることがわかりました。ただ、培養環境における肝細胞は、やはり生体内の肝細胞とは明らかに違いますので、マウスの生体内にiHep細胞を入れてみて、その遺伝子発現や形態、そして機能が肝細胞らしく変化したのを見て「ああ、これは肝細胞だ」と確信できました。

聞き手:
iPS細胞やES細胞を用いた肝細胞作製と比べたときの、ダイレクトリプログラミングの利点をどう感じていますか?

鈴木:
一つは、再現性がとても高いということです。まだあまり実験に慣れていない学部生などが試しても、iHep細胞を作ることができます。ES細胞やiPS細胞から肝細胞を作るとなると、実験環境や培養条件などのわずかな違いでなかなかうまくいきません
がん化については、ES細胞やiPS細胞ががん化する二つの道筋の一つである奇形種の形成は避けることができます。ただし、転写因子を導入するときに使うレトロウイルスによるがん遺伝子発現の問題は残ります。iPS細胞などで進んでいるがん化を防ぐ技術を、ダイレクトリプログラミングでも活用できればと思います。
また、元の細胞がiHep細胞になるまでの時間は、現在は1週間ほどと短かくなりました。ただし、転写因子を入れてもiHep細胞にならずそのまま死んでいく線維芽細胞も多くあるので、最適条件を調べているところです。

聞き手:
マウスの次はヒトの細胞でという期待がかかりますね。

鈴木:
現状では、ヒトの細胞を扱ったダイレクトリプログラミングでは、まだ神経細胞しかつくられていません。マウスでできたことが、そのまますべてヒトに当てはまるわけではありません。私たちは、ヒトでiHep細胞を作るためのベストの条件を一から探っています。
私たちは、ダイレクトリプログラミングによるヒトiHep細胞の作製に最も近い位置にある研究グループのひとつだと言えます。この研究の先にあるのは医学・医療への応用ですから、ぜひヒトでの研究も進めていきたいと思っています。

聞き手:
iPS細胞を経由しない細胞作製という点で、ダイレクトリプログラミングの研究が有利になっていく気がしますが、本当はどうなのでしょうか?

鈴木:
私は優劣を付けることではないと思います。ダイレクトリプログラミングでは作れず、iPS細胞なら作れる細胞も間違いなくあるからです。両方の研究が進み、利点をお互いが活用していくのが理想でしょう。
さらにいえば、iPS細胞でもダイレクトリプログラミングでもない"第3の方法"も、必ずあるはずです。それは、生体内でダイレクトに細胞分化を誘導したり、患者さんが薬の形で服用すれば再生医療が叶うといった究極の方法かもしれません。現在の研究を熟成させるだけでなく、次の方法を常に考えることによって、研究は進むものだと思っています。

写真:鈴木 淳史 氏

インタビュアー:漆原 次郎
取材日:2012年6月5日

鈴木 淳史(すずき あつし)氏の略歴

九州大学生体防御医学研究所 器官発生再生学分野 准教授

1974年、群馬県生まれ。東北大学理学部生物学科卒業後、98年、筑波大学大学院医科学研究科、同医学研究科に在学。博士課程3年の9月から米国ソーク研究所で研究。博士号(医学)取得。2005年に帰国し、理化学研究所発生再生科学総合研究センター基礎科学特別研究員などを経て、07年10月より九州大学生体防御医学研究所特任准教授。08年6月よりJSTさきがけ研究員を兼務。11年4月より生体防御医学研究所准教授。12月よりJSTのCREST研究代表者。

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