インタビュー『“未来”の担い手たち』

霊長類のヒト疾患モデルを用いた前臨床試験を実現する

佐々木 えりか 氏

実験動物中央研究所の佐々木えりかさんは、世界で初めてマーモセットという小型のサルの遺伝子を改変し、トランスジェニック(遺伝子導入)・マーモセットをつくる事に成功した。トランスジェニック動物は、遺伝子組み替え技術を用いて、その動物のものではない外来遺伝子を人工的に組み込んで作られる動物で、この技術をもとに、マーモセットのヒト疾患モデルをつくり、安全性・有効性を高精度に評価するための前臨床試験の実現をめざして研究を進めている。こうした研究の道を歩む原点には、「トランスジェニック動物の研究をしたい!」という高校生のときからの強い思いがある。

聞き手:
トランスジェニック・マーモセットの研究をする前は、他の動物を扱っていたそうですね。

写真:佐々木 えりか 氏

佐々木 えりか 氏

佐々木:
筑波大学の4年生のときには、シバヤギという小さいヤギを使って、性周期がホルモンによってどう調節されているかを研究していました。大学院生の時も同じ研究室に所属していたのですが、どうしてもトランスジェニック動物の研究がしたくて、たまたま知り合った農林水産省の研究所の先生のところで、トランスジェニック・ニワトリをつくる研究をさせてもらっていました。高校生のときから、生物の先生やテレビのドキュメント番組の影響で、トランスジェニック動物の研究をしたいと思っていました。筑波大学の研究室に所属しながら、実際は農林水産省で研究していたので、今考えるとすごくわがままなことをさせてもらっていたと思います。
私たちは世界で初めてトランスジェニック・ニワトリをつくることに成功しましたが、あまり脚光を浴びることはありませんでした。食物生産の観点から、ニワトリの繁殖効率を高めたり、病気に強くしたりするための研究だったのですが、遺伝子組換え大豆と同じように消費者には嫌がられてしまいます。

聞き手:
ポスドク時代はカナダの大学に行かれていますが、そこではどんな研究をされていたのですか?

佐々木:
カナダでもトランスジェニック・ニワトリの研究をしていました。でも、1年半経った頃、研究室の先生が急に大学を辞め、ラボが解散することになりました。ラボ解散後、半年の猶予が与えられて、その半年で新しい就職先を見つけなくてはなりませんでした。運よく、向かいの建物に日本人の先生がいて、「困っているなら来たら」と言ってくださったので、そこに行くことにしました。でも、諸事情からまた別の研究室に移動しなくてはいけなくなって、同じ大学の別の先生に相談したところ「じゃあおいでよ」と言ってくださったので、そちらに行き・・・という具合に、職場を転々としていました。 そうこうするうちに、主人が日本で就職することが決まったので、私も日本で仕事を探すことにしました。偶然、『細胞工学』という雑誌の人材募集欄に、「分子生物学、細胞生物学、発生生物学に興味がある方を募集します」という広告を見つけました。何をやるか全く分かりませんでしたが、どれも興味のある分野だったので、とりあえず応募してみました。それは東京大学医科学研究所の募集で、JSTの未来開拓事業として、マーモセットのES細胞を使って、血液疾患の再生医療の前臨床研究をするという仕事だったのです。そのときに初めてマーモセットに出会いました。

聞き手:
ところで、なぜマーモセットなのでしょうか。

佐々木:
マウスとヒトでは種が離れているので、マウスで実験した結果がヒトにも当てはまるとは限りません。前臨床試験で、よりヒトに近いマーモセットを使うことができれば、精度の高い安全性・有効性の評価が可能になります。マーモセットは、他のサルに比べて繁殖率が高く、しかも小さいので扱いやすいのです。
また、病気に対する感受性も、マウスとヒトでは異なります。例えば、マウスは肝炎ウイルスには感染しないので、肝炎の薬をつくったり、発症のしくみを調べたりするには、マウスではなくマーモセットを使う必要があります。

聞き手:
カナダから帰国して、マーモセットのES細胞をつくる研究を始めたわけですね。

佐々木:
実は、ヒトのES細胞をつくったジェームズ・トムソンという人が、ヒトの前にマーモセットのES細胞をすでにつくっていました。最初はそのES細胞をいただいていたのですが、トムソン教授から提供して頂いたES細胞には胚の中に入れる実験を行ってはいけないという契約上の制限がありました。ES細胞を胚に入れなければトランスジェニック動物はつくれません。そこで、自分たちでマーモセットのES細胞をつくることにしました。
ES細胞をつくるにはまず受精卵が必要です。マーモセットの受精卵をどうやって取るかというところから始めました。開腹しないで受精卵を採取する方法が書かれた論文があったのですが、どうしても再現できません。そこで、その論文を出した研究室に直接習いに行きました。しかし、論文の著者はすでにそこにはいなくて、研究室の誰もその方法を知らなかったのです。結局これも自分たちでやり方を考えて、1年程かかって受精卵を取り出すことができました。さらに、それから1年くらいかけてES細胞を樹立しました。

聞き手:
トランスジェニック・マーモセットはどのようにしてつくったのですか。

佐々木:
トランスジェニック動物をつくるには、ES細胞を胚に移植して、キメラ動物をつくる必要があります。でも実は、マウス以外の動物ではキメラはできないのです。そのことは以前から知っていましたが、研究チームのメンバーには黙っていました。ES細胞をつくっておけば再生医療の研究に使えるので、できなくてもそれはそれでいいかなと思っていたからです。ES細胞ができてから、「実はこのES細胞ではトランスジェニックはできない」というと、「今まで黙っていたの!?」と、みんなからは大ひんしゅくでした。
トランスジェニック・マーモセットをつくる方法は他にもあります。目的の遺伝子を組み込んだウイルスベクターを、マーモセットの受精卵に入れる方法です。受精卵と、それを覆う透明膜と呼ばれる膜の間にウイルスベクターを注入するのですが、マーモセットの場合、受精卵と透明膜との隙間が狭く、うまく注入できないのが問題でした。
そこで、スクロース液に入れて中の受精卵を収縮させることで、隙間を大きくする方法を考えました。この方法で緑色蛍光タンパク質(GFP)の遺伝子を入れてみると、生まれた5匹のマーモセットのうち4匹は、毛や皮膚や足の裏が光り、GFPを組み込むことに成功しました。さらに次世代にその遺伝子が引き継がれることも確認できました。

聞き手:
今はどんな課題に取り組んでいますか。

佐々木:
トランスジェニック・マーモセットをつくれることがわかったので、この方法でヒトの疾患モデルをつくろうとしています。
今は、パーキンソン病のモデルをつくっているところです。マーモセットが病気を発症したら治療できるように、同時に、ES細胞やiPS細胞を使った再生医療の研究も進めています。これらを使って、パーキンソン病の前臨床試験を実現させたいと思います。
ただ、ウイルスベクターによる遺伝子改変の方法では、再現できない疾患もあります。病気の原因遺伝子は、大きく分けて2つあって、1つは、タンパク質の形が異常になって他の細胞に害を与えることで病気が引き起こされるタイプ、もう1つはタンパク質自体が壊れて働かなくなることで病気になるタイプです。ウイルスベクターで前者の病気は再現できますが、後者はできません。例えば、筋ジストロフィーは、ジストロフィンというタンパク質が壊れて筋肉が維持できなくなるのですが、このような病気はウイルスベクターではできないのです。この問題を克服する方法を考えています。

聞き手:
今後、実現したい夢はありますか。

佐々木:
マーモセットをマウスに次ぐくらいのメジャーな実験動物にするのが私の夢です。数年前まで、「マーモセットなんて小さいし、頭悪いし、サルじゃないよ」と言われていたのですが、先日、日本で初めてマーモセットの国際シンポジウムをやったら、すごく好評でした。アメリカの霊長類研究所の所長が、「僕たちもマーモセットを導入するよ」と言ってくれて、すごく嬉しかったです。
さらに、なぜマウス以外の動物でキメラができないのか、細胞の多分化能とは何か、といった基礎的な研究もじっくりやりたいと思っています。

聞き手:
実験でマーモセットを扱うとき、可哀そうに思うこともあると思いますが。

佐々木:
なるべく傷つけないようなやり方をとっていますし、具合が悪くなったら獣医さんが治療をして、ぎりぎりまで延命処置をします。マウスとはだいぶ扱い方が違うので、マウスの感覚で実験を組み立てる研究者に対しては、動物によって実験のあり方が異なるということを啓蒙していくのも、実験動物中央研究所の使命の1つだと思っています。

聞き手:
最後に後進の研究者に向けてメッセージをお願いします。

佐々木:
自分が面白いと思うことに対して妥協しないことですね。これはカナダでラボがつぶれたときの経験から思うことですが、キャリアを選ぶときに「給料がもらえるならいいや」と思って、誘ってくれるラボにホイホイ行ったとしても、興味がなければ面白くないですからね。長く続けるためには、自分が何をやりたいかを中心に考えていくことが大事だと思います。


インタビュアー:秦 千里
取材日:2012年3月7日

佐々木 えりか(ささき えりか)氏の略歴

公益財団法人 実験動物中央研究所 応用発生学研究部 部長

1989年 筑波大学第二学群農林学類卒業
1995年 筑波大学大学院博士課程農学研究科農林学専攻学位取得卒業
1995年 新技術事業団特別研究員(農林水産省家畜衛生試験場)
1996年 カナダ・ゲルフ大学博士研究員
2001年 東京大学医科学研究所・リサーチアソシエイト
2002年 九州大学生体防御医学研究所・リサーチアソシエイト
2003年 先端医療振興財団主任研究員
2003年 (公財)実験動物中央研究所 動物実験センター研究員
2004年 慶應義塾大学医学部助手(兼任)
2004年 実験動物中央研究所バイオメディカル研究部霊長類研究室 研究員
2007年 実験動物中央研究所マーモセット研究部 主任研究員
2007年 慶應義塾大学ヒト代謝システム生物学研究センター 准教授(兼任)
2010年 実験動物中央研究所・応用発生学研究部 部長

参考

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