インタビュー『“未来”の担い手たち』

腎臓、膵臓、肝臓の再生に挑戦する(2)-全2回-

長船 健二 氏

聞き手:
帰国して、いよいよ腎臓に?

長船:
留学から帰る先を探していた時に、運よく山中先生に受け入れていただけて、京都大学iPS細胞研究所(CiRA)に帰って来ました。最初の1年半は腎臓だけ研究していましたが、研究が軌道に乗り始めた頃に膵臓を始め、さらにそれから肝臓もと対象が広がっていったのです。
腎臓や肝臓と違い、膵臓に関しては臨床応用の出口がわかっています。糖尿病の治療法として、肝臓にカテーテルを挿入して膵島組織を移植する膵島移植という方法が既に確立されているのです。膵島細胞を効率よく再生させられれば、移植外科や糖尿病内科と協力して1型糖尿病の治療が可能となります。

聞き手:
CiRAに着任されて3年あまり、一番大きな成果はなんですか。

図:iPS細胞から腎臓の細胞に分化誘導するストラテジー

iPS細胞から腎臓の細胞に分化誘導するストラテジー
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長船:
ヒトiPS細胞から腎臓ができる元となる中間中胚葉と呼ばれる細胞の分化誘導法をほぼ確立したことです。腎臓再生のための第1ステップであり、大きな一歩と言えると思います。ここまでやったのは世界で初めてです。中間中胚葉からは、腎臓、副腎、生殖腺の3種類の臓器しかできないので、腎臓以外の2つに分化しないようにすればよいわけですから、2~3年のうちに高効率に腎臓の細胞だけが作れるようになるのではないかと考えています。
しかし、次のステップである腎臓の前駆細胞の分化誘導まで進めるにはどんな刺激を与えればよいのか全く未知であり、現在それを懸命に探しているところです。尿細管や糸球体に分化しうる腎臓の前駆細胞が存在することは、私が大学院のときにはじめて証明したのです。

聞き手:
腎臓の細胞のうち、再生医療として重要度が高いのはどの細胞ですか。

長船:
腎臓には20種類ほどの構成細胞があると言われていて、一番重要なのは腎臓の多くの生理機能を担う近位尿細管細胞であると考えられます。この細胞を作ることができれば、移植療法の開発のみならず血液透析器の中空糸に貼付けてバイオ人工臓器を作ることにも使えると思います。

聞き手:
移植ばかりでなく、体外で利用する方法も考えられるわけですね。

長船:
そうです。疾患モデルを作ることにも使用できます。常染色体優性多発性嚢胞腎の患者さん7人の体細胞からiPS細胞を既に樹立していますので、そのiPS細胞を尿細管細胞に分化させられれば、同疾患に対する試験管内モデルを作ることが可能となります。そして、治療薬開発にも役立つのです。

聞き手:
中間中胚葉を作るのに成功したポイントは何でしたか。

長船:
マーカーになる転写因子の遺伝子座に蛍光タンパクを遺伝子導入し、目的の細胞がどの位の効率でできているかを評価できるヒトiPS細胞株を作ることをまず考えましたが、ヒトiPS細胞やES細胞のゲノムに蛍光タンパクを遺伝子導入することは技術的に難しかったのです。しかし、私たちは新たな方法を開発しその導入を容易にして、ようやく何%が目的の細胞になっているかを評価できるシステムを確立しました。特許出願もしています。これがポイントでした。この評価方法を用いてさまざまな増殖因子や化合物の組み合わせを試し、効率のよい分化誘導法を開発することができました。

聞き手:
高効率の分化誘導法を見つけるまでにも相当の試行を重ねましたか。

長船:
40種類以上の増殖因子を1つ1つ試してゆき、そのうちの3種の組み合せが最も高効率であることを見出しました。また、約5万種類の低分子化合物をいろいろな所から入手して集め、その中からハイスループット・スクリーニングによって、ヒトiPS細胞を効率よく中間中胚葉に分化させる物質も見つけました。現在、論文を投稿準備中で、特許出願中でもあります。

聞き手:
化合物を使うメリットはどんなところですか。

長船:
増殖因子は、大腸菌にリコンビナントタンパク質を作らせて、その培養液を精製して製造しますから、ステップが多く非常に高価になります。また、ロット間で効果に差が生じやすいのです。しかし、低分子化合物は、ロット間で効果が安定していますし、生化学的に大量合成が可能であるため、より安価であり、増殖因子の1千分の1から1万分の1程度の価格で入手できるものもあります。
膵臓と肝臓への分化誘導でも、同じ研究手法を用いてこれまでに1つずつ誘導化合物を見つけることができています。この手法はハーバード留学時代にもやっていたもので、当時、Indolactam Vという化合物で膵臓のβ細胞への分化の1段階を誘導できることを見出しました。いずれは分化の全段階を化合物で誘導できるようになるのではないかと考えています。

聞き手:
いま取り組んでいる分野では、10年後どんなことが実現しているでしょうか。

長船:
iPS細胞から作ったβ細胞か膵島の移植をなんとか臨床応用にもっていけるようになることを目標にしています。人工臓器に利用するなら、細胞の癌化リスクを心配する必要がありませんので、iPS細胞から腎臓の細胞でも肝細胞でも分化誘導できるようになれば実用化は早いでしょう。常染色体優性多発性嚢胞腎などの難病に対する疾患モデルを開発して、診断マーカーを見つけることや薬剤の探索系を作ることも比較的早く進むのではないかと思っています。
現在、再生研究分野の壁になっている、iPS細胞から作った細胞が本物の細胞の機能の一部しかまだ再現できていないことと、細胞を作ることはできるのですが組織や臓器の再生が難しいこと、この2点をどう乗り越えるか、毎日そればかり考えています。腎臓、膵臓、肝臓は、いずれの臓器についても臨床の需要が非常に大きいので、いつも背中を押されているような気がしています。

写真:長船研究室

長船研究室メンバー

聞き手:
若い研究者にアドバイスするとしたら、どんなことを?

長船:
この再生研究領域では少し前までの常識がたちまち覆されるようなブレークスルーが次々と起こっていて、本当にエキサイティングな状況にあります。ますます興味が深まっていくばかりです。若いときには自分の進路について迷いや不安もたくさんあると思いますが、本当に自分が興味をもてることを一日も早く見つけて、先のことをあまり心配せずにそれを一生懸命に追い続けて欲しいと期待します。iPS細胞ができるなんて誰が想像したでしょうか。先のことは誰にもわかりません。ある日突然、思いがけず進むことがありえるのが研究ですので、毎日コツコツ頑張ることが大切です。


インタビュアー:古郡 悦子
取材日:2012年1月17日

長船 健二(おさふね けんじ)氏の略歴

京都大学iPS細胞研究所(CiRA)増殖分化機構研究部門 准教授

1971年兵庫県生まれ。1996年京都大学医学部卒業。腎臓内科医。2003年東京大学大学院理学系研究科博士課程修了。理学博士。2000~05年東京大学浅島 誠教授のもとで腎臓の発生と再生を研究。05~08年ハーバード大学幹細胞研究所Douglas A. Melton教授のもとでヒトES細胞とiPS細胞を用いた膵臓再生を研究。08年より京都大学iPS細胞研究所所属。

参考

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