インタビュー『“未来”の担い手たち』

ヒトES細胞の安全な応用をめざして

阿久津 英憲 氏

阿久津英憲さんは日本で2番目にヒトES細胞を樹立した生殖発生学の研究者。臨床が眼前にある国立成育医療研究センター研究所で、安全に医療応用するためのES細胞をつくり育てる研究を続ける。産婦人科医から研究者になる過程では数々の出会いと幸運に恵まれ、自分の興味を大切にしながら、新しい環境や人間関係に対する柔軟さが次のステージを用意してくれた。

聞き手:
2010年、国内で2番目にヒトES細胞株を樹立されましたが、現在の研究課題はどのようなことですか。

写真:阿久津 英憲 氏

阿久津 英憲 氏

阿久津:
再生医療に応用することを念頭に、安全に使えるES細胞やiPS細胞などのヒト多能性細胞をどう作り育てるか、その方法を研究しています。これまで多能性細胞を育てるには、ウシ胎児血清の入った培養液、マウス線維芽細胞の入った栄養支持細胞(フィーダー細胞)、ブタ由来のゼラチンを塗布したマトリックス、細胞を小さな固まりに分けるための酵素など、異種由来の素材が使われてきました。これらを使って育てられたES細胞を再生医療に使用することがただちに危険ということではありませんが、異種由来のものを使用しないで育てることができれば、より安全性の高い細胞ができます。私たちはヒト組織由来のフィーダー細胞を使うなど、異種由来のものをすべて排除してヒトES細胞やiPS細胞を育てることに最近成功しました。

聞き手:
将来、再生医療に使える幹細胞を作り育てるには技術のハードルがまだあるわけですね。

阿久津:
マウスES細胞は、細胞を単離しても培養するとうまく育ち、培養は比較的簡単です。しかし、ヒトのES細胞やiPS細胞はそうはいきません。バラバラにすると死んでしまうので、培養は決して簡単ではありません。1998年に世界ではじめてヒトES細胞の樹立が報告されましたが、その後しばらく報告がなかったのは、培養技術の困難さも影響していたと思います。研究用途でも簡単ではないのです。

聞き手:
小児医療のメッカである成育医療研究センターで、ヒトES細胞研究をおこなう目的はどこにありますか。

阿久津:
成育医療研究センターには病院と研究所があり、病院には全国から難病の子どもたちが集まります。未だに治療も診断もままならない病気がたくさんあるのです。研究機関として、当初から幹細胞を使って小児の難病治療を推進するという目標を掲げてきました。私もそこに参加させてもらったわけなのです。ES細胞株を樹立して終りではなく、どうやって難病治療に使えるようにするかが今後の大きな課題です。
研究所と向かい合わせに病院があるので、目の前に常にモチベーションが存在する環境です。研究が進んで病気が治ればよいと患者さんやご家族は願っているでしょう。そういう思いを受け止めなくてはなりません。病院の医師との共同研究も積極的に進めています。臨床からの視点は常に重要です。海外では幹細胞研究の成果が各地の小児病院から報告される例が大変多いのです。すでに応用が視野に入ってきていますから、基礎と臨床がシナジスティックにつながって貢献できるとよいと考えています。

国立成育医療研究センターで樹立されたヒトES細胞3系統

国立成育医療研究センターで
樹立されたヒトES細胞3系統(拡大表示(PDF)

聞き手:
このところiPS細胞に注目が集まり、それに比べるとES細胞を使った研究は目立たない印象です。

阿久津:
ES細胞研究は倫理委員会の審査と承認を受けなくてはならないなど、規制がより厳しいですから、参入するのに手間がかかることは確かです。しかし、文部科学省も柔軟な配慮をしてくれるようになり、研究者がES細胞を使った研究をする際に、使用の要件や運用が比較的容易になってきました。ES細胞研究も是非活発に進めたいですね。

聞き手:
米国では2010年10月に1例目が始まったES細胞由来の細胞による治療が現在では4例おこなわれています。日本で実施するにあたって一番困難な点は何ですか。

阿久津:
臨床応用には基礎研究とは別の煩雑な手続をクリアしなくてはなりません。もちろん手続きだけでなく、適切な条件で細胞を作り、育て、保存するなどの技術や施設に関する要件もクリアしていかなければなりません。もがきながら進むほかないでしょう。米国の4例は企業が中心になって実施され、詳細な情報が開示されることは期待できません。日本では多くが公的な研究費によって研究がおこなわれているので、臨床応用に向けた研究は企業も含め様々な機関と連携し仲良くやりたいですね。

聞き手:
産婦人科の臨床医からES細胞研究に入るきっかけはどのようなことでしたか。

阿久津:
漠然と医者になろうかと医学部に入りましたが、受精卵というひとつの細胞から個体全体ができる不思議に惹かれて産婦人科に進みました。入ってみると福島県立医大産婦人科は不妊治療がさかんで、日本ではじめて顕微授精に成功し、基礎研究も活発でした。医局から定期的にハワイ大学の柳町隆造先生のもとに若手が派遣されることになっており、私に順番が回ってきて、受精の勉強にハワイに行くことになったのです。研究者になろうとも、なれるとも思ってはいませんでしたが、結果的にこれが人生の転回点になりました。
知識も技術もなかったので、乾いた砂が水を吸い込むようにゼロから身につける機会をいただきました。楽しかったです。柳町研究室はちょうどクローンマウスをつくったところで、私も体細胞核移植の技術などを学びました。やがて、クローンマウス作製の効率が悪いのはなぜか、初期化の実態を分子的に解明しようとマサチューセッツ工科大学(MIT)のR.ヤーニッシュ教授と共同研究することになりました。私もハワイとボストンをたびたび往復しました。そうするうちに、世界の誰より早く未知の現象を見つけるダイナミズムを味わい、エキサイティングな経験もして、研究がおもしろくなってしまったのです。
その後、はじめてES細胞に触れる機会があり、興味をもちました。それでもまだ臨床に戻るのが当然と思っていたので、2年半で福島に帰ったのです。

聞き手:
ところが、臨床には戻らなかった?

阿久津:
いったん戻ったものの、頭のなかにあるのは研究のこと。自分にしかできないことがまだあるんじゃないか、ヒトES細胞もやってみたいと思いました。不妊治療で初期胚を扱っているにもかかわらず、産婦人科ではES細胞についてはまったく無関心でした。そこで、ハワイに送り出して下さった佐藤章教授に、「研究がしたい」と意を決して申し出たのです。「そこまで言うなら」と許していただき、しかも医局の籍は置いておくからいつでも戻ってこいとセーフティーネットまで張っていただきました。有り難かったです。
行った先は米国の国立老化研究所(NIH/NIA)です。ハワイ時代の共同研究者洪実先生の誘いでした。先生は網羅的なゲノム解析をしておられました。初期胚発生や幹細胞のとらえ方がとても斬新で新しい考え方が身につきました。しかし、残念ながらそれまで私には遺伝子レベルや分子レベルの考えが希薄でした。やっぱり研究には向かないかな、福島に戻ろうかと思った矢先、今度はハワイ時代から親しかったMIT の大学院生ケルビン・エガンがハーバード大学で独立することになり、そこで一緒にやることになったのです。お互いやりたいことがピッタリ一致し、気心も知れているので、ハーバードに移り、学生1人を加えて3人で研究を始めました。大ボスはD.メルトン先生で、すでにヒトES細胞を17系統樹立しておられました。
ここでパッと道が開けた感じでした。ヒトES細胞樹立の研究を始め、やってみたら2個の凍結胚からいきなりES細胞を樹立するができてしまったのです。ヒトの胚の扱いに経験があったことは確かですが、運がよかったとしか思えません。

聞き手:
よい出会いに導かれ、しかも熱いところに巡り合わせるのですね。

写真:阿久津 英憲 氏

阿久津:
メルトン教授はやがて幹細胞研究所をつくりました。分野横断的なバーチャルな研究機関で、基礎医学、法学、政治学、倫理学、ビジネスなどの専門家が集まり、ハーバードを幹細胞研究のトップにしようと意気盛んでした。L. サマーズ学長が開所式でヒトES細胞研究やその応用を進めて世界一になると迫力に満ちた演説をされ、大変感動的でした。
その後、成育医療研究センターでヒトES細胞樹立のテーマがあることを知り、公募に応じました。やはり「日本で」という思いがあったのです。

聞き手:
若い人にアドバイスするとしたら、どんなことを?

阿久津:
自分の興味のあることを追求してバカになってそこに賭けてみることが大切ではないかと思います。そして、まわりの人を大切に。研究者には出会いが大事です。私が今研究者としてやっていられるのは出会いの賜物、周囲のおかげだと思っています。


インタビュアー:古郡 悦子
取材日:2011年10月18日

阿久津 英憲(あくつ ひでのり)氏の略歴

国立成育医療研究センター研究所 再生医療センター 生殖・細胞医療研究部幹細胞・生殖学研究室室長

1968年、福島県南会津の生まれ。95年に弘前大学医学部を卒業し、福島県立医科大学産婦人科に入局。99年から2年間半、ハワイ大学医学部柳町隆造研究室研究員。2002年、福島県立医科大学で博士号を取得し、産婦人科助手になる。同年秋、米国国立老化研究所遺伝学研究室研究員として再渡米し、04年からハーバード大学分子細胞生物学部研究員。05年、国立成育医療研究センター研究所室長に。

参考

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