インタビュー『“未来”の担い手たち』

生物学と工学の融合でイノベーションを

大沼 清 氏

大沼清さんは2010年、長岡技術科学大学に着任した。"技学"つまり技術に関する科学の構築をめざすこの大学で大沼さんが取り組んでいるのは、ES細胞やiPS細胞などの幹細胞を1細胞レベルで研究するための培養環境を作り出すこと。生物学と工学の新しい融合領域での研究だ。

聞き手:
大学院時代は、名古屋大学理学研究科物理学専攻だったとお聞きします。研究者の道をどのように歩み始めたのですか?

写真:大沼 清 氏

大沼 清 氏

大沼:
研究テーマは、脳のシナプスの可塑性を調べて数式化することでした。イセエビの神経を対象に、刺激の頻度や回数などを変えていき、電気刺激の量と相関関係のあるカルシウムイオンの濃度がどう変わっていくかを調べました。籍を置いていたのは、物理学専攻といっても生物物理教室。細胞内のカルシウムのダイナミクスを物理学的に捉え、それが記憶などの生物学的な機能とどう関係するかを見ようとしていました。教室は生物を物理的視点で理解しようという雰囲気でした。

聞き手:
その後、米カリフォルニア大学バークレー校の分子生物学科に留学されました。

大沼:
ええ。研究対象はアメフラシに変えましたが、引き続きシナプスに着目し、カルシウムの量と神経伝達物質の放出量の関係を研究しました。色々な神経細胞を組み合わせて、早く情報が伝達するようなシナプスと、遅く情報が伝達するようなシナプスとで、伝達機構に違いがあることがわかってきました。
留学中は、世界的なレベルというものを経験することができたと思います。オムニバス形式の授業を聴講すると、有名論文の著者が週代わりで講義します。研究者の層の厚さを感じました。

聞き手:
帰国した2000年には、ES細胞がすでに樹立されていました。ES細胞との関わりはどのようなものでしたか?

大沼:
帰国して、東京大学総合文化研究科COE「複雑系としての生命システムの解析」(現在の複雑系生命システム研究センター)で、複雑系の課題のひとつとして培養神経ネットワークの研究に取り組むことになりました。同じ状態にある細胞をいくつも並べて扱う必要があるなかで、ES細胞から分化した細胞もその候補になっていました。ただし、そのときは「ツールとして使いやすければ、どんな細胞でもいい」といった程度の認識でした。
実際、研究ではラットの神経細胞を用いました。しかし、細胞を5個並べていたうち4個まで死んでしまったり、2個の細胞がくっついてしまったり、複数の細胞を扱う技術が難しく、結局この研究自体はうまくいきませんでした。
そのプロジェクトで神経細胞の研究をしていたのは私一人。そんななかで、総合文化研究科の教授だった浅島誠先生に、「われわれの研究室でいっしょにやらないか」とお声を掛けていただいたのです。浅島先生はアクチビンに中胚葉誘導能があることを発見し、カエルの未分化細胞にアクチビンを作用させて様々な器官に分化誘導させる研究に成功されていますが、それをES細胞に適用する研究を始められたところでした。

聞き手:
浅島教授の研究室ではどのようなことをなさったのですか?

大沼:
自分の研究を続けるかたわら、ES細胞の無血清培養法の研究にたずさわりました。通常は血清を添加した培地を使ってES細胞を培養しますが、無血清培養法は、血清の代わりにインスリン、トランスフェリンなどのタンパク質を加えた培地を使って細胞を増やす方法です。血清内にはどんな成分が含まれているかがわからず、またロットによる成分の差もあります。一方、無血清培養では、既知の成分を厳密に再構成することができますし、病原性物質が混入するなどの心配がありません。無血清培養法により、ES細胞を培養する研究の手伝いをしたのです。ES細胞の培養はたしかに難しかったですが、うまくコントロールすれば効果的に培養することができました。技術的なおもしろさを覚えました。

聞き手:
iPS細胞との出合いもあったと思います。いかがでしたか?

大沼:
2006年8月、山中先生がマウスのiPS細胞樹立を『セル』誌に報告されました。研究室の学生からその話を聞いたとき、正直のところそんなにすごいこととは思わなかったのです。ES細胞がすでにあったため、類似の細胞が作られたという印象でした。
しかし、その後「iPS細胞は、細胞の時を元に戻す」といった解説を耳にして、「なるほど、これはすごいんだ!」と気がつきました。

聞き手:
浅島研究室でも、iPS細胞を扱うことになったと思います。どのような研究をしたのですか?

図

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大沼:
まず、研究室でiPS細胞を使ってどんな研究ができるか議論しました。iPS細胞を介さずに必要な細胞を作る「ダイレクト・リプログラミング」なども候補に上がりましたが、われわれの独自性を出せるのはやはり無血清培養であると考え、無血清培養の条件でヒトiPS細胞を作ることに決めました。
ES細胞を無血清培養できるのだから、iPS細胞でもできるだろうと考えていました。しかし、無血清培地で培養されていた幼児の細胞を使っても、なかなかうまくいきませんでした。そこで、血清中で培養されていた大人の細胞を使うと、iPS細胞が作れるようになりました。無血清ということは、成分がわかっているということです。培養条件が明らかであれば、安全性が高いうえ、議論が進めやすくなると思います。

聞き手:
長岡技術科学大学には、2010年に移られました。大学の特徴と、そこで現在取り組んでいる研究内容をお聞かせください。

大沼:
長岡技術科学大学は、"技学"、つまり技術に関する科学に重きを置く大学です。そこで、現在は、iPS細胞のような多能性幹細胞から様々な機能をもつ細胞を作り、それを部品として組み込んだマイクロマシンなどの作製を目指しています。
それと表裏一体の関係と捉えていますが、その技術を用いて1細胞レベルでES細胞やiPS細胞をダイナミックに制御・観察し、未分化維持や分化の制御がどのようにおこなわれているかを明らかにしようと考えています。研究者がES細胞やiPS細胞からある細胞を分化させたとしても、それが本当に分化を誘導する条件だったのかの検証も必要になると思います。単にその細胞になり易い細胞を選び出していただけとも考えられるからです。そういった検証を行うには、細胞を培養する条件を厳密にコントロールし、かつ1細胞レベルで調べる必要があります。そこで、厳密な条件を用意するために無血清培養を用いるとともに、E-Cad-Fcというタンパク質を使って、塊になりやすいES細胞を分散させるようにしています。E-Cad-Fcは、ES細胞の細胞間接着物質「E-カドヘリン」の細胞外ドメインと、抗体IgGのFc部分と融合させたキメラタンパク質です。東京工業大学の赤池敏宏教授が開発されました。
私自身の研究の目標は一つ。細胞が変化していく様子を、制御された環境の下で、1細胞レベルで明らかにすることです。この研究は、細胞の起源を解明するような純粋科学的な成果も生まれうるし、ドラッグスクリーニングといった創薬技術への応用にもつながっていくと思っています。

聞き手:
細胞からマイクロマシンを作るというアプローチは、生物学と工学の融合によってもたらされるイノベーションです。こうした分野融合は、細胞の安全性や、幹細胞を使った再生医療を実現させてゆくためにも重要な新領域として注目されています。生物学と工学の分野融合的研究の現状を、どのように捉えていますか?

紙谷 聡英 氏

大沼:
どちらかというと、工学からのアプローチのほうが活発な気がしています。工学側の研究者が様々なデバイスを実現するため、それに見合った細胞を使って目的をかなえるというアプローチです。
反対に、生命科学からのアプローチは、なかなか踏み込みづらい部分があるのかもしれません。しかし、東京女子医科大学の岡野光夫教授が率いる再生医工学分野の研究グループや、京都大学のiCeMS(物質-細胞統合システム拠点)のように、生命科学と工学の融合を実現させようとしている拠点も見られます。生命科学者と工学者が、近くで活発に議論しあえるような環境があるとよいのではないかと思っています。
長岡技術科学大学でも、材料、機械、生命といろいろな分野の研究者が一堂に集まる研究予算の獲得を名目にした研究交流会があり、私も参加しています。他分野の研究者がおもしろいと感じる部分と、自分自身がおもしろいと感じる部分をいかに通じ合わせるか。そういうことを実際の場で考えていくと、だんだんと鍛えられていくような気がします。
生命科学と工学では、常識が異なる点もあります。連携をする上では"研究へのこだわり"のようなものを捨てることが大切になる場面もあると思います。まずは、相手の研究者の成果になるよう、先に一歩進めてもらって、その後で自分も一歩進ませてもらうといった感覚をもつことも大事なのではないかと思います。
生物学と工学の融合は、創薬、医療診断などの実用のほか、人工細胞の作成などの夢のある科学の発展にもつながります。共同研究によるアプローチが進めばいいなと思います。


インタビュアー:漆原 次郎
取材日:2011年6月24日

大沼 清(おおぬま きよし)氏の略歴

長岡技術科学大学産学融合トップランナー養成センター(TRI)・生物機能工学 特任准教授

1967年、静岡県生まれ。98年、名古屋大学大学院理学研究科後期博士課程物理学専攻単位取得退学。同年、カリフォルニア大学バークレー校分子細胞生物で博士研究員。99年、博士(理学)取得。2000年より、東京大学大学院総合文化研究科生命科学環境科学系にて、教務補佐員、学振研究員、COE研究員を務める。06年から同生命環境科学系にて助手、特任助教、特任講師。10年より現職。

参考

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