インタビュー『“未来”の担い手たち』

毒性評価に役立つ肝細胞をiPS細胞からつくる

紙谷 聡英 氏

生体内の臓器、肝臓。驚異の再生能力をもつ上、発生の過程で細胞の機能ががらっと変わるユニークな臓器だ。その不思議さにひかれ、理学の立場から研究してきた東京大学医科学研究所の紙谷聡英さん。蓄積してきた知見やスキルをもとに、医学や工学、薬学など多彩な分野の人たちと連携して、iPS細胞を使った移植療法や創薬ツールの開発を目指している。「マルチな視点をもつことで新しい発見が生まれる」と、激しい研究競争の先頭を走る。

聞き手:
そもそもなぜ肝臓に興味をもたれたのですか。

紙谷:
肝臓は体外から入ってきた食べ物や薬を吸収したり、有害な物質を無害化したりする代謝器官です。しかし、生まれる前の赤ちゃんの肝臓は、血液をつくる造血器官として働きます。お腹の中にいるうちは、お母さんが赤ちゃんの代謝機能も担ってくれるからです。誕生が近付くにつれ、赤ちゃんの肝臓は、造血器官から代謝器官へと変化します。このように、発生の過程で、臓器の役割がドラスティックに変わる肝臓の不思議さにとても興味をもちました。
それから、肝臓の再生能力も面白いですね。イモリのしっぽのような例もありますが、高等動物の器官ではとても稀です。肝臓全体の70%を失っても、元の大きさ・機能を再生することができるので、肝臓の半分を切り取って他の人に移植する生体肝移植ができるわけです。

聞き手:
どんな研究ビジョンを描いていますか。

紙谷:
生体肝移植は、健康な人の体にメスを入れなくていけません。さらに、ドナー不足の問題もあって、再生医療による新しい治療法の開発が望まれています。肝臓の移植を待っている患者さんのために、最終的には試験管の中で肝臓をつくりたいと思っています。本当にできるのか、そこに行きつくには何が必要かを考えて、研究を進めています。目下の目標は、機能をもった肝細胞をたくさんつくることです。肝細胞は、生体内では増殖しますが、体の外に取り出すと増殖しなくなり、機能も維持できません。そこで、試験管の中でES細胞やiPS細胞から肝細胞になる前の細胞、つまり肝幹細胞や肝前駆細胞をつくって増やし、機能をもった肝細胞へと分化誘導する方法の開発に取り組んでいます。

図

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ES細胞やiPS細胞以外にも、成体肝臓、胎仔肝臓から肝幹細胞を取り出して、
成熟した肝細胞に分化誘導する方法の構築や、皮膚などの細胞からiPS細胞を
経ずに肝細胞をつくるダイレクト・リプログラミングの研究もおこなっている。

聞き手:
iPS細胞からつくった肝細胞から、肝臓をつくるということですか。

紙谷:
まずは創薬のための毒性評価への応用を目指しています。肝臓は薬物代謝をする中心器官なので、医薬品開発の際に、ヒトの肝細胞を使って候補化合物の有用性や毒性を調べることができます。しかし、先ほど言ったように、肝細胞は体外に取り出すと、増殖せず、機能も低下します。さらにヒトの肝細胞を入手するのが難しいという問題もあります。
そこでiPS細胞に期待がかかるわけです。iPS細胞なら、これらの問題を解決できる可能性があります。実際に今、ヒトiPS細胞を使って毒性評価系を構築することを目的とした、JSTの戦略的イノベーション創出推進プロジェクトが動いています。

聞き手:
創薬にも応用できるのですね。現在の研究の進捗状況と課題を教えて下さい。

紙谷:
ヒトiPS細胞から肝臓の幹細胞をつくって、ヒト胎児様の肝細胞に分化誘導できることがわかってきました。でも、iPS細胞からつくったヒト胎児様の肝細胞を、成熟した肝細胞にするにはもうワンステップ必要です。また、できた肝細胞をどのようにして増やすかというのも重要な課題です。
生体内での実際の肝発生の過程には、iPS細胞から機能的な肝細胞に分化誘導するためのヒントがあるはずです。生体内で胎児の肝臓がどのような分子メカニズムによって成熟した肝臓になるかということも調べています。

聞き手:
iPS細胞から肝臓自体をつくることは、機能的な肝細胞を大量につくるより、さらに難しくて時間がかかることなのですか。

紙谷:
臓器自体をつくり出すためには、今とはまったく違うアプローチが必要になるかもしれません。もしかしたら新しい発想によって、意外と簡単に臓器ができる可能性だってあります。科学や医学が飛躍的に発展するときは、何かブレークスルーが起こりますよね。iPS細胞が典型的です。ES細胞が使われる中で、突然iPS細胞が登場して、ここ数年でこの分野が急激に進歩しているわけですから。

聞き手:
激しい研究競争の中で、トップを走るための戦略はありますか。

紙谷:
私は理学系の出身ですが、医科学研究所は医学系の研究機関として、臨床まで含めた様々な人がいます。工学系や薬学系の人も含めて、色んな分野の人と綿密なディスカッションができるのが、このような学部横断的な研究機関の魅力だと思います。1つの分野を突き詰めることも大事ですが、自分の専門に捉われず、複数の視点をもつことで、新しい発見や発想が生まれると考えています。特に、研究部門と医療部門があることがこの研究所の特徴なので、それを活かしてオリジナリティを出していきたいと思います。

聞き手:
ところで、先生は修士から博士課程になるときに、まったく違う研究室に移られていますね。

写真:紙谷 聡英 氏

紙谷 聡英 氏

紙谷:
学生時代は、色んな世界を見てみたいと思っていました。4年生から修士課程にかけては、細胞間シグナル伝達に関与するタンパク質を生化学的に解析していました。その3年間でタンパク質の世界を少しですが知ることができたので、今度は細胞レベルの研究をしたいと思って研究室を変えることにしました。移った先の研究室は、血液をメインに扱っていて、そこで胎児の肝臓に興味をもつようになりました。

聞き手:
それ以来ずっと肝臓を対象にされているのですね。何か決め手になることがあったのですか。

紙谷:
博士課程のときに、胎児の肝臓を成熟した肝臓に近づけるような働きをするサイトカインのオンコスタチンMを同定しました。この成果が今の研究につながっています。実際に現在、私たちはこのサイトカインを使って、iPS細胞やES細胞から機能的な肝細胞をつくる研究をおこなっていますし、他の研究グループにも、このサイトカインを使って同様の研究をしているところがあります。
それから、博士課程のときに指導してくださった当時、助手の木下大成先生(現在は米Rigel社の研究員)の影響も大きいですね。木下先生には、実験の組み立て方や論文のまとめ方など、研究を進めていく上での基本を教えてもらいました。

聞き手:
研究で面白いと思うのはどんなときですか。

紙谷:
2つあって、1つは仮説を証明できた瞬間。もうひとつは、逆にまったく予想しなかったことが起きたときです。よくわからないことが起こっても、実は重要な生物学的現象を反映しているかもしれません。新しい発見につながる可能性が秘められているのでワクワクします。

聞き手:
研究競争に負けたり、うまくいかなくて苦しいときもあると思いますが。

紙谷:
研究競争に負けることは当然ありますし、うまくいかないことがほとんどです。その積み重ねですね。逆にいえば、うまくいくまでやり続けるしかありません。再生医学の分野はどこも競争が激しいので、今の研究が駄目になっても、また新しいことをやればいいと切り替えられることが大事だと思います。

聞き手:
最後に、後輩たちに向けてアドバイスをお願いします。

紙谷:
最近は日本全体が内向きですよね。研究の世界は不安定だからという理由で就職する道を選んだり、海外に出る人が減ったり。でも、そういう内向きの考え方ではなく、「自分で選んでいく」というポジティブな発想が必要ではないでしょうか。私は、博士号は運転免許証みたいなもの、つまり研究という道路を走れる証明書だと思っています。博士号をもっていれば、海外でもどこでも、自分の選んだところで研究ができる可能性があるわけです。若い人たちはチャンスをもっています。目先のことに捉われないで、色々やってみて、その上で自分が本当にやりたいことを判断してほしいと思います。


インタビュアー:秦 千里
取材日:2011年2月21日

紙谷 聡英(かみや あきひで)氏の略歴

東京大学医科学研究所 幹細胞治療研究センター 幹細胞治療分野 助教

1972年、長崎県生まれ。94年に東京大学理学部生物化学科を卒業し、94~99年東京大学大学院理学系研究科生物化学専攻に在籍。99年に博士号を取得後、神奈川科学技術アカデミー・宮島幹細胞制御プロジェクト研究員、米国国立癌研究所(NCI)研究員を経て、2004年から東京大学医科学研究所ヒト疾患モデル研究センター(当時)で研究。08年から現職。07年6月に第14回肝細胞研究会会長賞、09年に日本再生医療学会第1回Young Investigator's Award優秀賞を受賞。

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