インタビュー『“未来”の担い手たち』

ES細胞やiPS細胞を膵臓系・肝臓系の細胞に

白木 伸明 氏

熊本大学発生医学研究所で細胞分化を研究する白木伸明さんは、もとは薬学の研究者。薬の魅力に惹かれて薬学を学んだが、やがて発生医学を志して、幹細胞研究で知られる同研究所の粂(くめ)昭苑教授・粂和彦准教授の研究室の門を叩いた。ES細胞やiPS細胞を用いての膵臓や肝臓の細胞への分化誘導法を研究し、臨床応用や薬物試験につながる成果を次々と挙げている。個体の発生に興味をもったきっかけは、ある"光景"との出合いだった。

聞き手:
熊本大学では、はじめ薬学部に入ったそうですね。

写真:白木 伸明 氏

白木 伸明 氏

白木:
小さな粒や粉で病気を治せる薬というものに惹かれたのです。母が看護師をしていた影響もあって、何かの形で薬に携わることができればと思っていました。薬剤師として患者さんに薬を手渡すことを想い描き、臨床の現場で働く方と接することができる大学附属病院の研究室に籍を置きました。
その頃の私の研究の関心は、生き物の発生ではなく母体にありました。妊娠10日目、15日目、20日目、各段階での母親ラットから肝臓や腎臓を取り出し、薬物動態を解析していました。妊娠ラットを解剖するので、お腹には胎仔がいます。見てみると、妊娠10日目の胎仔と15日目の胎仔では、まったく成長の度合が違うのです。「これほどドラマチックに胎仔が成長を遂げるとは、個体の発生はすごい!」と驚き、個体のなりたちを調べてみたいと思い始めました。
そのときは博士課程1年。興味の湧いた研究で博士論文に取り組みたいと考え、発生の研究を志すようになりました。

聞き手:
いま所属している医学部発生医学研究所(当時は研究センター)粂昭苑研究室に移ったのは、いつですか?

白木:
形としては2003年、博士課程3年からですが、実際は前年から粂研究室にいました。それまで教授とは面識がなかったのですが、「発生学を研究するのなら粂研究室で」と思い、教授と准教授に緊張しながら思いを伝えました。すると教授は、「それなら明日から来れば」と気さくに言ってくれました。早速、研究室を移る準備をして、数ヶ月後にはES細胞の研究をスタートしました。

聞き手:
当時、すでにES細胞は樹立されていましたが、ES細胞の有効性をはじめて認識したのはいつでしたか?

白木:
薬学研究科時代の1999年です。世間が"万能細胞"に注目していた中、「ヒトES細胞で作ったヒトの肝細胞を使って薬効評価をする日が来るかもしれない」と誰かが言っていました。そのときは、「複雑な肝臓の細胞をES細胞からつくって実験に使うなんて、難しいのでは?」という印象でした。

聞き手:
発生医学研究所に移ってから取り組んだ博士論文の研究テーマは?

白木:
マウスES細胞から膵臓の前駆細胞をつくる方法です。手法は、マウスES細胞を胎仔マウスの膵臓細胞と一緒に培養するものでした。期待どおりの結果は得られましたが、胎仔を使うので方法が煩雑でした。
そこで、博士号をとった後、胎仔マウスの膵臓細胞でなく、別の細胞を分化誘導のシグナル役にしてマウスES細胞を膵臓前駆細胞に分化させる方法に取り組んだのです。結果、「M15」という腎臓関連の細胞と一緒に培養して膵臓前駆細胞を作る方法を確立しました。シャーレにM15細胞を敷き、その上にマウスES細胞を置きます。すると、ES細胞が膵臓前駆細胞に分化していきます。

聞き手:
どのように、M15細胞に行きついたのですか?

白木:
研究室には候補となりうる20種類以上の細胞がありました。泥臭い作業ですが、この細胞はどれだけ分化するか、この細胞はどうかと順番に調べていき、残った最終候補の中でM15細胞が最適であると判断しました。
その後、M15細胞からどのようなものが発現しているか解析すると、アクチビン、線維芽細胞成長因子(FGF:Fibroblast Growth Factor)、レチノイン酸といった物質が多く出ていました。これらがES細胞を膵臓前駆細胞に分化させるのに働く液性因子だとわかってきました。
そこで、ES細胞が膵臓前駆細胞に分化する効率を高めるため、各因子の最適濃度などを検討し、ベストな組み合わせを検討しました。これで2%だった分化誘導率は、30%に上がりました。「ES細胞から膵前駆細胞への分化誘導」という論文にして、2008年2月、『Stem Cell』誌に報告しました。

聞き手:
この研究成果から半年後、今度はマウスとヒトの各ES細胞を肝細胞に分化させる方法も発表していますね。

白木:
はい。膵前駆細胞をつくったとき、実はわずかに肝細胞もできていました。膵臓も肝臓も、初期胚の内胚葉からつくられます。液性因子を変えるなど、肝細胞をつくることに特化した条件を整えれば、肝細胞への分化誘導もできるのではないかと予測しました。そして実験の結果、その通りになりました。

聞き手:
研究成果は、iPS細胞でも当てはまるのですか?


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白木:
そうです。ES細胞を使った研究成果は、すべてiPS細胞でも置き換えることができます。いま私自身は、研究でES細胞とiPS細胞をほぼ同じ頻度で使っています。

聞き手:
マウスiPS細胞の樹立発表が2006年8月。ヒトiPS細胞は2007年11月でした。iPS細胞について初めて耳にしたのはいつでしたか?

白木:
2006年5月に東京で行われた「第4回幹細胞シンポジウム」の場でした。山中伸弥先生が「線維芽細胞培養からES類似細胞を誘導する因子の同定」という発表をしました。まだ「iPS細胞」の名は出ていませんでしたが、後にiPS細胞とよばれるようになるES類似細胞を線維芽細胞からつくるという内容です。会場から「おお!」と声が上がったのを記憶しています。

聞き手:
いまの研究でiPS細胞を使うことの利点はどのようなものですか?

白木:
一つは、ヒトES細胞では避けられない倫理的問題が解消できることです。ヒトES細胞はヒトの受精卵から作ったものです。そのためヒトES細胞を使った研究を行う際には国の指針に従って手続きを行い、倫理的に適正な方法で研究をすすめる必要があります。そうしなければヒトES細胞を使った研究はできません。しかし、ヒトの体細胞からつくるiPS細胞では、ヒトES細胞で問題となる倫理的な問題はほぼ解消されます。
もう一つの利点は、オーダーメイド医療に近づくことができることです。これまで、ヒトES細胞から肝細胞をつくり、薬物動態の試験に使う方法が考えられてきました。しかし、肝臓の機能には個人差があり、ヒトES細胞由来の肝臓を使うとなると、そのES細胞の特徴が反映されることが起こり得ます。一方、iPS細胞は、比較的容易に色々な人の細胞からつくれるので、調べたい方の肝臓の薬物分解作用を調べるといったオーダーメイドが可能になります。また、原因不明の膵臓や肝臓の病気に対しても、患者さん本人のiPS細胞を用いれば、膵臓や肝臓がつくられる過程で何が起きているか調べられます。

聞き手:
白木さんのその後の研究では、内胚葉だけでなく、中胚葉や外胚葉へも分化誘導させることに成功しています。さらに2010年、支持細胞なしでES細胞やiPS細胞を膵臓の細胞に分化誘導させる研究成果も発表していますね。

白木:
ES細胞やiPS細胞を分化誘導するとき、支持細胞としてM15細胞が必要と考えていました。しかし、M15細胞がなくても、人工合成素材の疑似基底膜(sBM:synthesized Basement Membrane)という材料を使えば、膵臓に分化誘導できることを発見したのです。
私たちは、分化誘導実験の際、M15細胞から出るラミニンという物質が多く発現することに着目していました。そこで、国立環境研究所の持立克身先生に、ラミニンを多く含むsBMをつくっていただき、これを使ってES細胞やiPS細胞を膵臓に分化させる実験をしたところ、うまくいったのです。
再生医療では、ES細胞やiPS細胞以外の細胞が体内に入ることはよくないと言われています。人工膜であるsBMを使えばその心配がなくなります。一つレベルアップしたといえるでしょう。

聞き手:
臨床応用に向けた目標を聞かせてください。

写真:白木 伸明 氏

白木:
再生医療では、iPS細胞から糖尿病治療に耐えうる膵臓細胞をつくることです。血糖を調節するホルモンであるインスリンを、多すぎない程度に出す膵臓細胞をつくることを目指しています。
一方、薬の毒性試験やウイルスの感染実験などに使えるモデル細胞をつくって、それを活用することも視野にあります。現在、これらの試験に使う肝細胞は、海外からの輸入品です。しかし、肝臓には個人差同様、民族差もあります。また長期培養も難しい。ヒトiPS細胞由来の肝細胞で代替できれば、これらの問題点は解決できます。

聞き手:
熊本大学発生医学研究所の研究環境をどのように感じていますか?

白木:
規模はこぢんまりしていますが、その分、学生も研究者も研究室の分け隔てなくコミュニケーションをとりあっていますよ。異分野にも触れあえる環境です。
また、発生医学研究所をはじめとする各部局の研究が、グローバルCOEプログラム「細胞系譜制御研究の国際的人材育成ユニット」に採択されています。プログラムでは、学生やポスドクが週1回、研究会を開き、英語での発表の練習もしています。

聞き手:
最後に、白木さんご自身の研究の目標などをお聞かせください。

白木:
薬の研究をしていた私が、縁あってES細胞やiPS細胞の研究をすることになりました。「ヒトES細胞から肝臓をつくって使うなんて難しいのでは」と思っていたのに、いまやそれに取り組んでいるわけです。ES細胞やiPS細胞からつくりだした肝細胞などで、薬学研究科時代に取り組んでいた薬物動態実験も行えるかという段階まで来ています。これまでのキャリアで得た知識を活用できるような研究を、これからも進めていければと思っています。


インタビュアー:漆原 次郎
取材日:2011年2月8日

白木 伸明(しらき のぶあき)氏の略歴

熊本大学発生医学研究所幹細胞部門多能性幹細胞分野助教

1977年、熊本県生まれ。99年に熊本大学薬学部を卒業し、同薬学研究科に博士課程の途中まで在籍。2003年、同大学生命科学研究部発生医学研究センター幹細胞制御分野へ転籍(粂昭苑研究室。実質的には前年から)。2006年に博士号取得後、産学連携研究員などを経て、2009年、同大学発生医学研究所・多能性幹細胞分野(粂昭苑研究室)にて現職の助教に。

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