インタビュー『“未来”の担い手たち』

iPS細胞で筋ジストロフィー治療をめざして(2)-全2回-

櫻井 英俊 氏

聞き手:
2008年にiPS細胞研究所の前身である京都大学iPS細胞研究センターに来られましたが、どのような動機で移られたのですか。

櫻井 英俊 氏

櫻井:
学位論文を書いてから名古屋大学に博士研究員で戻りました。免疫学の研究室に置いていただいてES細胞を扱っていましたが、仲間もなく、すべてひとりでやらなくてはならない。その頃、私が見つけたマーカーを使って骨格筋の分野でよい論文を書いた外国の研究者が現れ、すっかり先を越された気分になりました。この環境ではとても戦えないという気持ちが強くなり、研究をやめて臨床医に戻ろうかと真剣に考えたこともあったぐらいです。
一方、2007年に山中伸弥先生がヒトiPS細胞を樹立され、時代はこれかなという思いがありました。そんな時に西川先生から、山中先生のところで人を探しているらしいという情報をいただき、最後のチャンスだと思って山中先生にメールで連絡しました。「そちらで研究したい」と。

聞き手:
今度は電話ではなくメールで。

櫻井:
そうそう(笑)ハードルが高そうに思えましたが、意思を伝えればなんとかつながるものですね。とりあえず1年間採用されることになり、家族がいたので名古屋から新幹線通勤をしました。京都駅を降りると自転車で鴨川沿いを北上。毎日トライアスロンをやっているような生活でした。そして任期つきながら独立した研究者になり、家族を呼び寄せることができたのは2010年です。

聞き手:
iPS細胞を使うとどのように筋ジストロフィー治療の可能性が出てくるのでしょうか。

筋ジストロフィーに対する細胞移植治療のイメージのスライド

スライド(拡大表示(PDF)

櫻井:
骨格筋には成人にもサテライト細胞という幹細胞があって、壊れた筋繊維に融合して常に修復しています。DMDでは筋肉が壊れ続けるので、修復を担うサテライト細胞が疲弊してしまうのです。ここにiPS細胞から骨格筋前駆細胞を作って入れてやると、サテライト細胞となって増殖し、筋芽細胞に分化します。これが増えると患者さんの骨格筋に融合してジストロフィンをつくるようになります。あるいは、筋芽細胞同士が融合して、ジストロフィンを発現する筋繊維ができてきます。患者さんからのiPS細胞はあらかじめ遺伝子治療をおこなって、確実にジストロフィンをつくれるようにしておきます。そういうプロセスで根治療法が期待できるわけです。スライド(PDF)
遺伝子治療であるエクソン・スキッピングが現実味を帯びてきたのが今の流れで、細胞移植治療については懐疑的な国もある一方、胎児の動脈周囲から採取した細胞を使う研究で成果を出している国もあります。私の夢は、日本発の技術であるiPS細胞を使って、特定の方法で誘導すれば骨格筋が再生することを示し、全世界どこでも細胞を調製できるような技術をつくりあげることです。

聞き手:
今、研究はどんな段階にあって、課題はどのようなことですか。細胞移植治療は実現するとしてもかなり時間がかかると思われていますが、スピードアップするには何が必要でしょうか。

櫻井:
マウスのiPS細胞をマウスに移植することについては、前駆細胞として何を使うかということと、移植の方法についても確立しており、この方法で確かにサテライト細胞ができるということ、また骨格筋にジストロフィンが発現していることもすでに確認しています。しかし、まだ注射した局所に起こっているだけなので、全身的に細胞を生着させるには何が必要か、今それを研究しています。ヒトに関しては、ES細胞なりiPS細胞から骨格筋前駆細胞をつくった例はいくつか報告されてはいるものの、再現性の高い方法はありません。こうすればできるという道筋も確立されていないのが現状です。そこをいち早く確立したいと思っています。
骨格筋細胞を誘導するにはいろいろな方法がありますが、転写因子の力を借りてもっと効率よく誘導することができれば、それが臨床応用には最短距離だと思います。iPS細胞そのものの作製法についても、センダイウイルス、プラスミド、mRNAなどを使う新しい技術がどんどんできていますから、そうした技術をうまく取り入れることもスピードアップには重要だろうと思います。ヒトの細胞を使って、マウスのモデルで治療可能であることをあと2~3年で示せるとよいのですが。

聞き手:
iPS細胞を活用した研究としてもうひとつ期待されるのがin vitroでの薬の開発です。こちらの研究はどのように進んでいますか。

櫻井:
進行を遅らせる薬の開発は移植治療と同じように意義があります。筋肉が壊れても激しい炎症が続かなければ重症の筋萎縮は起きないことが動物実験データから予測されるので、炎症を慢性化させるいくつかの要因分子をターゲットにした薬ができればと思って研究を進めています。それにはまずスクリーニングが簡単にできる系をつくっておく必要があります。炎症をおこす鍵になる分子が発現すると光るように遺伝子導入したiPS細胞を作成して、患者さんと健康な人の骨格筋をつくって、生体の条件に近づけるために筋肉の伸び縮みに似た刺激を与えます。すると筋ジストロフィーの筋肉では炎症が生じて光るわけです。マウスではすでにできていますが、ヒトiPS細胞からつくった筋で同じような系ができれば、筋ジストロフィーの細胞だけが光り、そこに候補薬剤を投与して光が抑えられれば、炎症抑制効果があったことがすぐにわかりますね。こんなスクリーニング法で特異的に効く薬が見つかるのではないかと考えています。その前提として、ヒトの骨格筋を数多くつくれる培養系づくりも大事です。

オープンラボ

聞き手:
京都大学iPS細胞研究所は、日本ではまだ珍しい仕切りのないオープンラボ形式の新しい研究施設です。若手にとって研究しやすい環境ですか?居心地は?

櫻井:
オープンラボができてから、研究がすごくスピードアップしました。必要な時に気楽に何でも周囲に相談できます。「こんなこと考えているんだけど、どうかな」とたずねると、すぐにヒントやアドバイスをもらえます。新しいことを始めるときにもその分野や技術の先達がいっぱいいるので、自分が知らなくても助けてもらえます。そういうことが可能なのも、みんな同じゴールをめざしているからでしょうね。この研究所は臨床応用を目的にしていますから、私みたいな者にはやりやすいです。共通の目的をもちながら異なるパートを担う人がオープンフロアにいる環境は本当に素晴らしく、これ以上のチャンスは世界中探してもあり得なかったと思います。山中先生のリーダーシップによるところで、先生に感謝しています。できることならずっとここにいたい(笑)

聞き手:
10年後、この分野の研究はどうなっているか、そして自分は何をしているか、思い描いていただくとどんなことになるでしょうか。

櫻井:
私自身の研究については、この細胞を使えば細胞移植治療の効果が確実にあるということが証明でき、犬を使った共同研究が始まり、それを受けて治験について議論しているという状況を思い描いています。最もうまくいった場合を想像すると、10年後に治験第1号の患者さんが歩けるようになった・・・というようなことが実現しているとうれしいです。それは全ての段階がベストに運んだ場合のことですけれども。筋ジストロフィーの治療全体については、エクソン・スキッピングについてもっと安価で効果的な核酸ができて、月1回の注射で車椅子程度までよくなる時代が来るのではないかと思います。薬については私の研究室でひとつかふたつの候補についてスクリーニングができて、動物実験で有効性がありそうだとわかる、という状況だとよいですね。
最初はイヌのDMDモデルを使った研究でもよいので細胞移植治療で成功例が出てくれば、研究者がもっと参入してくると思うのです。そのためにも旗を降り続けなくてはいけないと思っています。多くの研究者この研究に参加してくれれば一気に進むのではないでしょうか。臨床応用をめざす研究者に入って来てほしいですね。今、私の研究室では大学院生を募っています。興味があったら是非連絡して下さい。待っています。


インタビュアー:古郡 悦子
取材日:2011年1月12日

櫻井 英俊(さくらい ひでとし)氏の略歴

京都大学iPS細胞研究所(CiRA)特定拠点講師

1973年、岐阜県生まれ。98年に名古屋大学医学部を卒業し、名古屋掖済会病院腎臓内科勤務を経て、2001~05年名古屋大学大学院博士課程に在籍。この間、理化学研究所・発生再生科学総合研究センター西川伸一研究室で研究。05年博士号取得後、名古屋大学大学院で研究。08年6月から京都大学iPS細胞研究センター特定研究員。09年11月から現職。

参考

筋ジストロフィー症とその治療についてさらに詳しく知るために・・・
「デュシェンヌ型筋ジストロフィーの治療」(社団法人日本筋ジストロフィー協会ニュースレター)

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