未来の担い手たち ~若手研究者を追う~

iPS細胞で筋ジストロフィー治療をめざして(1)-全2回-

櫻井 英俊 氏

京都大学iPS細胞研究所の櫻井英俊さんは30代後半の気鋭の研究者。名古屋大学医学部を卒業後、腎臓内科医として民間病院に勤務していた10年前、マウスES細胞からの血管再生を報じた論文と出会い、背中を押された。研究に転じた今も、目標はあくまでも病気を治すこと。iPS細胞を使った筋ジストロフィー治療の確立をめざして研究に邁進する。
家庭では小学生を頭に4児の父。「これも課題のひとつ。自分にできることは全部やってみようと思って。迷ったら難しいほうを選ぶことにしています」と、頼もしい。

聞き手:
内科医としてスタートした櫻井さんが再生医療の研究者になったいきさつからうかがいましょう。

写真:櫻井 英俊 氏

櫻井 英俊 氏

櫻井:
もともとはどんな病気にも対応できる内科医になろうと思っていました。医学部を卒業後、選んだのは腎臓内科です。腎臓内科では透析患者が多いのですが、透析装置によって延命できるようになったのは素晴らしいことだと思っていました。ところが、「こんなふうにして生きているのはつらい」、「こんな治療はもういらない」とおっしゃる患者さんがいらっしゃいます。これを聞いて、命永らえればそれで十分と思うのは医者の思い込みだと気がつきました。
臨床医3年目の夏、当時、京都大学の西川伸一研究室におられた山下潤先生(現・京都大学 再生医科学研究所/CiRA・准教授)の論文がNature誌に掲載されたのを読みました。マウスのES細胞から血管を3次元で再生したという内容です。「そうか、それなら腎臓もできるんじゃないか。」そう思ったのです。実は日頃お世話になっている先生方から「おまえは研究向きなんじゃないか」と言われていました。内科では、この検査データならこの病気、この病気ならこの薬を何日間処方する、というように、診断と治療のスキームが決まっています。ところが私は、どうしてその病気になるか、その薬はなぜ効くのかといった質問をよくしていたようです。そんなところが研究向きと思われたのかもしれません。どうせ研究するなら、臨床に役立つ最先端のことをやりたいと思いました。

聞き手:
この分野の研究に一歩踏み出した先が再生医療の西川伸一先生の研究室。果敢に決断して素早く行動されたのですね。

櫻井:
紹介もなしに直接西川研究室に電話しました。「来年からそちらで研究したい」と。先生は「とりあえず話しに来い」と言って下さいました。「腎臓をつくって病気を治したいんです」と希望を話すと、「当分は難しいかもしれない」、「ああそうなんですか」という具合。右も左もわかりません。発生学も知らず、ES細胞なんて見たこともない。「思ったとおりには研究は進まないかもしれないが、それでもやりたいなら来い」ということになりました。名古屋大学大学院から国内留学の形で神戸の理化学研究所に移りました。

聞き手:
さしもの西川先生も電話1本で飛び込んできた大学院生にはびっくりされたのでは?

櫻井:
ところが私と同じような飛び込み院生が同学年に4人もいました。みんな山下先生の論文に刺激された医師たちでした。直接指導していただいたのは江良択実先生(現・熊本大学発生医学研究所教授)で、ちょうどグループを立ち上げるために院生を募集していたというタイミングも幸運でした。みんな知識がなかったのでしかられてばかりでしたが、よい仲間に恵まれて、なんとかがんばることができました。

聞き手:
腎臓の再生は簡単ではないとわかって、筋ジストロフィーに展開したのはどのような経緯でしたか。

写真:櫻井 英俊 氏

櫻井:
西川研で与えられたテーマは、PDGFRα(血小板由来成長因子受容体α)が胎児においては骨・軟骨・骨格筋になる中胚葉に現れるけれども、ES細胞でも現れるかどうかを明らかにすることでした。そうとわかれば、特定の細胞のマーカーとして使えるのではないかというわけです。ES細胞で、PDGFRαが出ていてFLK1(血管内皮細胞増殖因子)が出ていないところが骨や軟骨や骨格筋になる能力が高いことを見つけて、それが学位論文になりました。
最初に西川先生に言われた「おまえは病気を治せ」という言葉が強く心に残っています。腎臓が発生する中間中胚葉のことは今もあまりわかっていません。腎臓を手がけても準備段階がすごく大変だろうと予想しました。「治ると証明すれば、いずれは研究が広がっていく」という言葉も刺激になりました。「腎臓の研究ばかりしていても広がらないぞ」とおっしゃりたかったのでしょう。
調べてみると、骨や軟骨については応用に結びつきそうな研究成果が報告されているけれど、骨格筋については何も出ていませんでした。ひとまず骨格筋に集中してみよう。自分の研究の延長として、そのころ自分で見つけていた細胞が果たして骨格筋の細胞再生に役立つかどうかにも興味がありましたし、筋肉の病気には治らないものがいろいろあって治療に誰も成功していない、なんとかできたらという気持ちもあったのです。

聞き手:
筋ジストロフィーは治療の難しい病気とされていますが、なぜ細胞移植治療が期待されるのですか。

櫻井:
最も重症で治療が難しいデュシェンヌ型筋ジストロフィー(DMD)の患者さんは10代で車椅子、20代で人工呼吸器、やがて亡くなるという経過をたどります。1985年、この病気では骨格筋細胞の膜を裏打ちするタンパク質「ジストロフィン」をつくる遺伝子に変異があることがわかりました。ジストロフィンが正しくつくれないので、筋肉にダメージが生じ、炎症が起きて萎縮します。それなら筋肉にジストロフィンを発現させてやればよいことになります。しかし、それは簡単ではありません。
現在は、ステロイド剤で炎症を抑える治療、進行を抑える薬物治療が行われますが、根治治療は困難です。最近は「エクソン・スキッピング」という一種の遺伝子治療が開発され、外国で治験が始まりました。mRNAに選択的に結合する「モルフォリーノ」という人工核酸を使って、ジストロフィン遺伝子の79あるエクソンのうち特定の個所を飛ばしてつなぐようにすると、正常ではないけれどもサイズの小さいジストロフィンができるようになります。イヌのDMDモデルに注射すると治療効果が認められました。これも根治的な方法ではありませんが、いろいろな手段で少しずつ症状を軽くしておいて、その間に根治療法として期待される細胞移植治療を開発できたらと思っています。


インタビュアー:古郡 悦子
取材日:2011年1月12日

櫻井 英俊(さくらい ひでとし)氏の略歴

京都大学iPS細胞研究所(CiRA)特定拠点講師

1973年、岐阜県生まれ。98年に名古屋大学医学部を卒業し、名古屋掖済会病院腎臓内科勤務を経て、2001~05年名古屋大学大学院博士課程に在籍。この間、理化学研究所・発生再生科学総合研究センター西川伸一研究室で研究。05年博士号取得後、名古屋大学大学院で研究。08年6月から京都大学iPS細胞研究センター特定研究員。09年11月から現職。

参考

筋ジストロフィー症とその治療についてさらに詳しく知るために・・・
「デュシェンヌ型筋ジストロフィーの治療」(社団法人日本筋ジストロフィー協会ニュースレター)

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