iPS細胞物語 season2

第6回 iPS細胞以外の新しいアプローチ

掲載日:2012年11月15日

iPS細胞を「医療」に活かすためには、超えなければならないハードルがまだ数多く残されています。例えばiPS細胞には、まだ移植後のがん化の可能性があると言われています。また、移植医療に利用するためには、iPS細胞から適切な種類の細胞に分化させる必要があります。私たちの体は、約200種類の細胞からできています。受精卵から体が作られていく過程では、細胞分裂を繰り返しながら発生段階に応じて様々な遺伝子が働き、こちらの細胞は神経系に、あちらの細胞は消化管に、というように「細胞の運命」が決定されていきます。iPS細胞から移植のための細胞を作るには、人為的に細胞の運命を決定しなければならないのですが、そのためにどのような操作をすればいいか、全てが分かっているわけではないのです。

このような問題をクリアするため、iPS細胞とは別の解決策も模索され始めています。今回はその例として、Muse(ミューズ)細胞と、ダイレクトリプログラミングについて紹介します。

Muse細胞とは、2010年に東北大学の出澤真理教授によって発見(※1)され、藤吉好則教授が命名した細胞です。骨髄や皮膚にもともと存在するこの細胞は、「Multilineage-differentiating Stress Enduring Cell(多種系統に分化できる、ストレス耐性のある細胞)」という名前の通り、皮膚や筋肉、肝臓など多様な細胞に分化することができます。さらにiPS細胞ほどの分裂能力は持っていないため、がんになることもありません。
出澤教授は、細胞培養操作を間違えたことで、この細胞を発見したそうです。シャーレで培養している細胞に対するタンパク質分解酵素による処理を、通常では数分しか行わないところ、数時間にわたって放置してしまったのです。ほとんどの細胞は死に絶えてしまったのですが、ごくわずかに生き残った細胞が、ストレス耐性のあるMuse細胞だったそうです(図1)。
Muse細胞は、iPS細胞のように外部からの遺伝子導入が必要ないこと、そしてがん化しにくいことから、再生医療への応用が期待されています。

図1 Muse細胞

一方、ダイレクトリプログラミングとは、皮膚の細胞から神経や血球へと、iPS細胞を介さずにダイレクト(直接)に転換するという技術です(図2)。2010年1月にこれを初めて報告したのは、Marius Wernig博士が率いるスタンフォード大学の研究グループ(※2)。彼らはマウスの神経で働く19種類の転写因子(種々の遺伝子を働かせるスイッチ)に注目、それらを様々な組み合わせで皮膚の細胞に導入しました。すると、Ascl1とBrn2、Myt1lという3つの遺伝子を導入すると、皮膚から神経へと細胞が変化することを発見したのです。その後、2010年11月にはカナダのマクマスター大学のチームが、ヒトの皮膚細胞から血球を生み出す元となる「造血前駆細胞」の直接転換に成功しています(※3)。

図2 ダイレクトリプログラミング

iPS細胞登場以前は、このような細胞の転換は不可能だろうと考えられ続けてきました。しかし、山中教授がわずか4つの遺伝子導入によって万能細胞を作れることを示したことが、「細胞の運命は変えることができる」という認識を世界中の研究者にもたらしたのです。
発想の転換によって、科学は新しいステージに進むことができます。今後iPS細胞に限らず、そこから得られた知見と考え方を元に、新しい医療の可能性が次々と生まれてくることでしょう。

※1
Yasumasa Kuroda, Masaaki Kitadaa, Shohei Wakao, Kouki Nishikawa, Yukihiro Tanimura, Hideki Makinoshima, Makoto Goda, Hideo Akashi, Ayumu Inutsuka, Akira Niwa, Taeko Shigemoto, Yoko Nabeshima, Tatsutoshi Nakahata, Yo-ichi Nabeshima, Yoshinori Fujiyoshi, and Mari Dezawa, Unique multipotent cells in adult human mesenchymal cell populations, PNAS 107(19): 8639–8643

※2
Thomas Vierbuchen, Austin Ostermeier, Zhiping P. Pang, Yuko Kokubu, Thomas C. Sudhof & Marius Wernig, Direct conversion of fibroblasts to functional neurons by defined factors, Nature 463: 1035-1041

※3
Eva Szabo, Shravanti Rampalli, Ruth M. Risueno, Angelique Schnerch, Ryan Mitchell, Aline Fiebig-Comyn, Marilyne Levadoux-Martin & Mickie Bhatia, Direct conversion of human fibroblasts to multilineage blood progenitors, Nature 468: 521-526

制作 : 株式会社リバネス

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