iPS細胞物語 season2

第3回 iPS細胞へと誘導する新手法の開発と課題

掲載日:2012年10月15日

拒絶反応の少ない臓器移植、遺伝子治療、新しい薬を作り出す過程での利用など、夢のような成果が期待されているiPS細胞。その性質の理解と実用化に向けた研究は日々進められています。ここでは、「iPS細胞物語」でも注目した2つの課題について、その後の研究成果の一部をご紹介します。

iPS細胞物語 第8回」では、がん化の主原因と考えられているc-Mycを除いたiPS細胞の作製技術を取り上げました。その結果、がん化リスクは下げられましたが、同時にiPS細胞の作製効率も下がってしまうことが新たな課題となっていました。それに対して、山中教授のグループは2010年9月、同じ遺伝子ファミリーに属するL-Mycを用いれば、c-Mycと比べて効率が5~10倍になるだけでなく、ほとんどがん化リスクがないことを発表しました(※1)。さらに、2011年6月には、転写因子であるGlis1遺伝子を導入することで、細胞の初期化を促進するとともに、初期化が不完全な細胞の増殖を抑制できることも発表されました(※2)。このように、常に新たな因子の探索が進められ、より安全により効率よくiPS細胞を作製するための条件検討が進められているのです。

また、「iPS細胞物語 第9回」では、レトロウイルスベクターに代わる初期化因子の導入方法を紹介しましたが、いずれも効率が低いことが課題となっていました。しかし、そうした課題を一気に解決してしまう可能性のある発表が2010年10月、ハーバード大学のD. J. Ross博士らのグループからなされました(※3)。その方法とは、iPS細胞に誘導するために必要な因子をDNAではなく、mRNAの状態にして細胞に導入するというものです。DNAは、細胞内でmRNAにコピーされ、そこから遺伝情報が解読されてタンパク質が合成されています。mRNAは不要になったら分解されるため、iPS細胞から他の細胞に分化させた後に残ることがなく、DNAを導入するよりも安全だと考えられます。また、免疫応答を抑えるとともに、タンパク質合成効率や細胞の生存率を高めるために、mRNAに化学修飾を施すとよいことがわかりました。

RNAを導入して樹立することからRiPS細胞と名付けられたこの細胞は、従来のウイルスベクターによって樹立されたiPS細胞よりもES細胞に近く、分化誘導によって心筋の拍動が観察されるなど理想的な結果が得られています。さらに、ウイルスベクターを用いる方法に比べて2桁も効率が高く、誘導にかかる時間が半分程度ですむことなど、さらなる進展が期待されています。

「iPS細胞へと誘導する新手法の開発と課題」の図

このように、iPS細胞に関する研究が進み、様々な知見が得られる一方で、新たな課題も現れています。2011年2月の発表で、アメリカのソーク研究所のJoseph Ecker博士らはiPS細胞とES細胞の違いについて言及しました(※4)。4種類のヒトES細胞と5種類のiPS細胞を含む15種類の細胞株で、様々な遺伝子についてDNAのメチル化状態を詳細に比較したところ、iPS細胞とES細胞の大部分は同じですが、細かい部分に違いがあったというのです。DNAがRNAへと転写され、さらにタンパク質へと翻訳されて細胞内で機能するタイミングは、それぞれの遺伝子によって複雑に制御が行われています。DNAがRNAへと転写されるタイミングをコントロールしているひとつの要因がこのDNAのメチル化であり、一般的にはメチル化されることにより転写が抑制されると言われています。iPS細胞のDNAのメチル化パターンが、元になった生体組織細胞のメチル化パターンと似ていたことから、細胞が完全に初期化されてはおらず、元の細胞の「記憶」を残している可能性があるのです。これが事実であれば、iPS細胞から様々な生態組織へと分化させていく際、「記憶」が邪魔をして狙い通りの分化を誘導できない可能性も考えられます。今後の研究で、こうした問題が解決されていくことが期待されます。

※1
Keisuke Okita, Yasuko Matsumura, Yoshiko Sato, Aki Okada, Asuka Morizane, Satoshi Okamoto, Hyenjong Hong, Masato Nakagawa, Koji Tanabe, Ken-ichi Tezuka, Toshiyuki Shibata, Takahiro Kunisada, Masayo Takahashi, Jun Takahashi, Hiroh Saji & Shinya Yamanaka, a more efficient method to generate integration-free human iPS cells, Nature Methods 8 (5): 409-412

※2
Momoko Maekawa, Kei Yamaguchi, Tomonori Nakamura, Ran Shibukawa, Ikumi Kodanaka, Tomoko Ichisaka, Yoshifumi Kawamura, Hiromi Mochizuki, Naoki Goshima & Shinya Yamanaka, Direct reprogramming of somatic cells is promoted by maternal transcription factor Glis1, Nature 474: 225-229

※3
Luigi Warren, Philip D. Manos, Tim Ahfeldt, Yuin-Han Loh, Hu Li, Frank Lau, Wataru Ebina, Pankaj K. Mandal, Zachary D. Smith, Alexander Meissner, George Q. Daley, Andrew S. Brack, James J. Collins, Chad Cowan, Thorsten M. Schlaeger, and Derrick J. Rossi, Highly Efficient Reprogramming to Pluripotency and Directed Differentiation of Human Cells with Synthetic Modified mRNA, Cell Stem Cell 7: 618-630

※4
Ryan Lister, Mattia Pelizzola, Yasuyuki S. Kida, R. David Hawkins, Joseph R. Nery, Gary Hon, Jessica Antosiewicz-Bourget, Ronan O'Malley, Rosa Castanon, Sarit Klugman, Michael Downes, Ruth Yu, Ron Stewart, Bing Ren, James A. Thomson, Ronald M. Evans & Joseph R. Ecker, Hotspots of aberrant epigenomic reprogramming in human induced pluripotent stem cells, Nature 471, 68-73

制作 : 株式会社リバネス

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