iPS細胞物語

第12回 iPS細胞が切り拓く未来-2 iPS細胞による再生医療実現に向けて

2009年7月17日

2009年に入り、iPS細胞の応用研究が更に活性化しています。今回はiPS細胞の応用研究の状況をまとめ、実現に近づいているiPS細胞による再生医療について見てみましょう。

iPS細胞を再生医療に応用するためには、まずはiPS細胞を体を構成するそれぞれの細胞に分化させる技術を開発する必要があります。実際に2009年1月から、iPS細胞を特定の細胞や組織に分化させた報告を以下に記載します。

2009年1月、ウィスコンシン大学のIgor SlukvinらのグループによってヒトiPS細胞から血液を作る造血系細胞および血管内皮細胞を分化誘導したという報告※1がなされました。同時期に米ネバダがん研究所などのDavid C. Ward と Yupo Maらのグループが、iPS細胞を成長させた細胞を肝臓に注入することによって血友病を治すことにマウスを使った実験で成功※2しています。

2009年2月には東京大学の中内啓光教授らのグループが世界で初めてiPS細胞から血小板を作ることに成功しました(学会発表)。慶応大学の岡野栄之教 授らのグループはiPS細胞を用いて脊髄損傷で脚がまひしたマウスを歩けるまで回復させることにも成功しています(学会発表)。

更にウィスコンシン大学のTimothy J. Kampらのグループにより、ヒトiPS細胞から心筋を分化誘導したという論文※3が発表されました。拍動する心筋細胞は山中教授の研究室のWebSiteからご覧いただけます。

ヒトiPS細胞から運動ニューロン(神経細胞)を分化誘導した論文※4がカリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)のWilliam E Lowryらのグループによって報告されました。熊本大学の千住覚准教授らのグループによって、マウスiPS細胞から樹状細胞およびマクロファージを分化誘導したという論文※5も発表されています。

2009年3月には、慶応大学の坪田一男教授らのグループがマウスを使った実験で、iPS細胞を用いて角膜細胞を作り出すことに成功したという報道がありました。続いて大阪大学の澤芳樹教授と三木健嗣研究員らがマウスの心筋梗塞の病状を改善することに世界で初めて成功しました(学会発表)。また、ヒトiPS細胞およびヒトES細胞から脂肪細胞を分化誘導し、比較したという論文※6が京都大学の中尾一和先生らのグループにより発表されました。

国外でも北京大学のHongkui Dengらのグループによって、ヒトES細胞およびiPS細胞から、効率的にすい臓インスリン産生細胞を分化誘導したという論文※7が発表されました。スローンケタリング研究所のLorenz StuderとStuart M Chambersらのグループにより、効率的にヒトES細胞およびヒトiPS細胞から様々な神経系細胞を分化誘導したという論文※8も報告されています。

2009年4月に入ってからは岡山大学付属病院の小林直哉講師らのグループが、マウスのiPS細胞から肝細胞に含まれる「アルブミン」などのタンパク質をつくることに成功しました(学会発表)。理化学研究所発生・再生科学総合研究センターの髙橋政代チームリーダーらにより、マウスおよびヒトのiPS細胞から網膜色素上皮と視細胞(と推定される細胞)を分化誘導したという論文※9が発表されました。

2009年5月には京都大学の中尾一和先生らのグループによりヒトiPS細胞から血管内皮細胞および壁細胞を分化誘導し、そのプロセスをヒトES細胞と比較したという論文※10が発表されました。ブリティッシュコロンビア大学のConnie J. Eavesらのグループにより、ヒトES細胞およびヒトiPS細胞から造血系細胞等への分化を選択的に促進したという論文※11が発表されました。
以上のようにこの半年だけでも目覚ましい成果が世界中から報告されています。

また、日本では再生医療の実現に向けて、研究を進める細胞・組織とその研究に要する期間をまとめた研究ロードマップが文部科学省から発表されました。ここでは大きく分けると11種類の細胞・組織が研究対象にあげられています。
それぞれを見てみると、(1)脳細胞などの「中枢神経系」、(2)「角膜」、(3)角膜同様眼を構成している細胞の1つである「網膜色素上皮細胞」、(4)眼の細胞の中でも光を受け取ってその情報を電気信号に変えて脳に伝える上で必要な「視細胞」、(5)傷口をふさぐ時に活躍する「血小板」、(6)体中に酸素を運ぶために必要な血液細胞の1つである「赤血球」、(7)血小板、赤血球だけでなく白血球など血液に含まれる様々な細胞に分化する能力を持った「造血幹細胞」、(8)「心筋細胞」、(9)「骨・軟骨」、(10)腕や足の筋肉を構成している「骨格筋」、(11)肝臓細胞、血糖値を制御するために必要なインスリンを作る膵ベータ細胞、腎臓細胞などに分化する能力を持つ「内胚葉系細胞」です。

細胞・組織 研究代表者 所属
中枢神経系 岡野 栄之 教授 慶應大学
笹井 芳樹 グループディレクター 理化学研究所再生・発生総合科学研究センター
角膜 西田 幸二 教授 東北大学
坪田 一男 教授 慶應大学
網膜色素細胞 髙橋 政代 チームリーダー 理化学研究所再生・発生総合科学研究センター
視細胞 髙橋 政代 チームリーダー 理化学研究所再生・発生総合科学研究センター
血小板 中内 啓光 教授 東京大学
赤血球 中内 啓光 教授 東京大学
笹井 芳樹 グループディレクター 理化学研究所再生・発生総合科学研究センター
造血幹細胞 谷 憲三朗 教授 九州大学
須田 年生 教授 慶應大学
笹井 芳樹 グループディレクター 理化学研究所再生・発生総合科学研究センター
心筋 山中 伸弥 教授 京都大学
福田 恵一 教授 慶應大学
骨・軟骨 中内 啓光 教授 東京大学
大串 始 主幹研究員 産業技術総合研究所
骨格筋 中内 啓光 教授 東京大学
武田 伸一 部長 国立精神・神経センター
内胚葉系細胞 中内 啓光 教授 東京大学
粂 昭苑 教授 熊本大学

様々な細胞に分化させる技術が発達した後にも、必要な量を作成する技術や細胞の塊を治療用に適したシートや3次元の形にする技術などの開発が必要です。その後動物で治療効果を確認する試験を行い、動物での実験が成功したものについてはヒトでの試験を行う必要があります。
iPS細胞を用いた再生医療の実現には少なくとも5年から10年は必要になると考えられますが、世界中がその実現に向け急ピッチで研究を進めていることが感じられ、人類に大きな恩恵をもたらしてくれることでしょう。

次回はiPS細胞と、それが活かされる再生医療全体について付きまとう倫理的問題について議論します。

以下、参考文献

※1
Stem Cells First published online January 8, 2009
Hematopoietic and Endothelial Differentiation of Human Induced Pluripotent Stem Cells
Kyung-Dal Choi, Junying Yu, Kim Smuga-Otto, Giorgia Salvagiotto, William Rehrauer, Maxim Vodyanik, James Thomson, Igor Slukvin

※2
Proc. Natl. Acad. Sci. USA 106 808-813
Phenotypic correction of murine hemophilia A using an iPS cell-based therapy
Dan Xu, Zaida Alipio, Louis M. Fink, Dorothy M. Adcock, Jianchang Yang, David C. Ward and Yupo Ma

※3
Circulation Research Published online before print February 12, 2009
Functional Cardiomyocytes Derived From Human Induced Pluripotent Stem Cells
Jianhua Zhang, Gisela F. Wilson, Andrew G. Soerens, Chad H. Koonce, Junying Yu, Sean P. Palecek, James A. Thomson and Timothy J. Kamp

※4
STEM CELLS Published Online: 23 Feb 2009
Directed differentiation of human induced pluripotent stem cells generates active motor neurons
S Karumbayaram, BG Novitch, M Patterson, JA Umbach, L Richter, A Lindgren, AE Conway, AT Clark, SA Goldman, K Plath, M Wiedau-Pazos, HI Kornblum, WE Lowry

※5
STEM CELLS Published Online: 13 Feb 2009
Characterization of dendritic cells and macrophages generated by directed differentiation from mouse induced pluripotent stem cells
Satoru Senju, Miwa Haruta, Yusuke Matsunaga, Satoshi Fukushima, Tokunori Ikeda, Kazutoshi Takahashi, Keisuke Okita, Shinya Yamanaka, Yasuharu Nishimura

※6
FEBS Lett. 2009 Feb 26. [Epub ahead of print]
Adipogenic differentiation of human induced pluripotent stem cells: Comparison with that of human embryonic stem cells.
Taura D, Noguchi M, Sone M, Hosoda K, Mori E, Okada Y, Takahashi K, Homma K, Oyamada N, Inuzuka M, Sonoyama T, Ebihara K, Tamura N, Itoh H, Suemori H, Nakatsuji N, Okano H, Yamanaka S, Nakao K.

※7
Cell Res. 2009 Mar 3.
Highly efficient differentiation of human ES cells and iPS cells into mature pancreatic insulin-producing cells.
Zhang D, Jiang W, Liu M, Sui X, Yin X, Chen S, Shi Y, Deng H.

※8
Nat Biotechnol. 2009 Mar 1.
Highly efficient neural conversion of human ES and iPS cells by dual inhibition of SMAD signaling.
Chambers SM, Fasano CA, Papapetrou EP, Tomishima M, Sadelain M, Studer L.

※9
Neurosci Lett. 2009 Apr 17.
Generation of retinal cells from mouse and human induced pluripotent stem cells.
Hirami Y, Osakada F, Takahashi K, Okita K, Yamanaka S, Ikeda H, Yoshimura N, Takahashi M.

※10
Arterioscler Thromb Vasc Biol. 2009 May 7.
Induction and Isolation of Vascular Cells From Human-Induced Pluripotent Stem Cells.
Taura D, Sone M, Homma K, Oyamada N, Takahashi K, Tamura N, Yamanaka S, Nakao K.

※11
Exp Hematol. 2009 May 26.
Enhanced generation of hematopoietic cells from human hepatocarcinoma cell-stimulated human embryonic and induced pluripotent stem cells.
Lu M, Kardel MD, O'Connor MD, Eaves CJ.

制作 : 株式会社リバネス

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