欧州研究者インタビュー

スペイン laboratory urban DECODE共同代表 吉村 有司 博士
2017年3月1日


吉村 有司 博士
- 吉村さんがこれまで携わってきたプロジェクトや、現在取り組んでいる研究内容について教えてください。

私の専門は、データを活用したまちづくりです。いわゆる都市や建築の中で歩行者がどう動いていて、どこにどのくらい滞在しているかというモビリティ分析など、一般的な人々の活動に着目したビッグデータ解析を行っています。初めてこの分野に携わることになったのは、私が約10年前にバルセロナの都市生態学庁という官公庁で働き始め、そこでバルセロナの都市計画の現場に深く関わるようになってからです。もともとは建築学を専門としていましたので、人の活動に関するデータ解析は私にとって全くの専門外で、ゼロからのスタートでした。

バルセロナ都市生態学庁では、グラシア地区の歩行者空間計画という自動車道路を歩行者道路化するパイロット事業や、EUの第6次フレームワークプログラム(FP6)の「イノベーティブな政府のためのICT研究」に採択された研究プロジェクトICINGで、モビリティ分析を行うためのデータ収集法を新しい情報通信技術を使って開発するという仕事を任されました。ICINGを始めた2005年頃、交通工学の分野では車がどこから来てどこにいくのか、道路に車が何台走っているかというデータを大規模に収集するのが非常に困難な状況でしたので、日々勉強を積み重ね、必死の思いでプロジェクト実施についていきました。幸運なことに、交通シミュレーションの世界的権威であるカタルーニャ工科大学のJaume Barceló教授(当時)が私の仕事に協力してくださることになり、当時ちょうど普及し始めていた携帯電話についているBluetooth機能をキャッチできるセンサーを試行錯誤の末に開発しました。このセンサーから得られた交通データを分析してみたところ、人々の活動パターンが以前とは比較にならない程の精確さで取得出来ることが分かり、スマートシティでは欠かす事の出来ない都市マネジメントに非常に有効であるとFP6から高い評価を得たのです。

さらに、このセンサーに関心を持ったルーヴル美術館関係者との間で、来館者が館内をどう移動しているかについてのビッグデータ解析に関して共同研究を行うことになり、この結果がまた新たな研究者の関心を引き、といった具合に、パイロット事業への参加から始まったモビリティ分野への関わりが、徐々に学術性を持った研究への取組みへと広がりを見せています。私自身の関心も徐々に科学の追求に移っていき、2016年11月にコンピューターサイエンスの博士号を取得するに至りました。

- 社会実装を視野に入れた研究プロジェクトへの参加を通じて、どんなことを感じましたか?

スマートシティを構築していく為には、人の動きを計るセンサー開発だけではなく、その設置も重要な課題となります。ICINGでは、センサーをバルセロナ市内の信号機にテスト設置することにしましたが、グラシア地区の歩行者空間計画でバルセロナ市役所と既に連携関係にあったこと、また、バルセロナ市自体がイノベーションにオープンな街であるということも手伝って、市に相談をしたところ信号機へのセンサー取りつけに了解をもらうことができました。日本では法的な制約やプライバシーの問題などから、このようなセンサーを公共空間に取り付けるのは非常に困難な状況になっていると思われますので、バルセロナ市役所がセンサー設置で全面的にバックアップしてくれたことは、私が関わった都市計画パイロットプロジェクトの成功にとって大きな要素であったと思います。社会実証プロジェクトには、こうした技術をテストするための自治体の理解や環境整備がとても大事であることを実感しました。

グラシア地区の歩行者空間計画は既に終了し、以前は車の往来が多かった道路が今、街路樹が立ち並ぶ歩行者道路に変わりました。すると、徐々に人々がこの地区に入ってくるようになり、小売店やカフェなどが新たに開店するなど街の様相も変化しつつあります。この計画は、今バルセロナが2018年に向けて大規模に実施している歩行者空間プロジェクトである「スーパーブロック計画」という社会実験のパイロット事業です。自分が最初に縁あって関わることになったプロジェクトが、市を代表する都市計画に繋がっているというダイナミズムに、嬉しさと誇りを感じています。

- 今後はどのような挑戦をしていきますか?

これまでの活動を振り返ってみると、携帯電話の浸透やセンサーの設置によって、それまで数値化されていなかった人々の時間的、空間的な活動がデジタルフットプリントとして蓄積されるようになったと思います。世の中を見渡しても、社会生活にICTがどんどん浸透してきたことで、こうした人々の活動に関するデータがサーバに蓄積されるようになりました。私はこのようなビッグデータを用いて、人々の時間的、空間的な活動に関するもっと詳細な分析をしていきたいと思っています。具体的には、グラシア地区の経済活動が歩行者空間計画を実施する前後でどう変わったかを時系列で実証できたらと考えており、2017年3月からはアメリカに渡りMIT SENSEable city labで新たな研究を始めることになっています。

これまで歩行者空間プロジェクトを約10年やってきて一つ思ったことがあるのですが、それは、この歩行者空間プロジェクトはどこでもやれば良いという訳ではなく、都市の構造に合わせて、歩行者空間にして良い場所やしなくても良い場所を決めるべきなのではということです。構造とは、街全体として見たときのお店の分布や街路ネットワークの中心性ということです。例えば、歩行者空間にする前と後でお店の売り上げがどう変わったかという構造との関係性を分析して示したいと考えています。これがグラシア地区に改めて着目して研究を進めようと私が考えた理由です。

もう一つ、人々の時空間的な活動に関する分析をもっと詳細にしたいと考える理由は、こうした分析が建築デザインにも影響を与える可能性があるのではないかという考えからです。これまで建築家が人の動きを観察、予測して設計していたところに、実証データが加えられることによって、また違う展開が期待できるのではないかというのが私の目論見です。私は基本的には建築家というスタンスを守っていて、バルセロナの都市計画プロジェクトにも、建築学を専門とする立場で参画しました。現在はいわば都市のデータサイエンティストという強みも得て、モビリティ分野での活動から得られた成果を将来的には都市計画や建築にフィードバックし、新たな視点でまちづくりに関わっていけたらと考えています。