欧州研究者インタビュー

イギリス ユニバーシティカレッジロンドン(UCL)  鳥井 亮 講師
2016年6月28日


鳥井 亮 講師
- イギリスで研究を長くされていますが、海外で研究をしようと思われたきっかけは何ですか?

イギリスに来て10年ほどになります。最初からそれほど強く海外を意識していたわけではなかったのですが、博士取得直後に指導教官だった東大の大島まり先生の紹介で、アメリカのライス大学で3か月程、研究滞在をしました。その時の経験から、英語の研究環境に飛び込んでチャレンジしてみたいと考えたのが今思えば海外で研究を始めることのきっかけかもしれません。その後、イギリスのインペリアルカレッジで博士研究員として研究をスタートさせることになります。幸いにもその時の上司を通じて医療分野の色々な共同研究者と仕事をする機会に恵まれ、そうした方々を通じてさらなる連携先を紹介していただくといった具合に、ネットワークが徐々に構築されていきました。今では、欧州の他にもアメリカ、エジプトやシンガポール、日本も含めて様々な国の方と一緒に仕事をさせていただいています。特にロンドンはそういう意味でハブになっている場所ですので、研究を行う上での連携関係がダイナミックに広がりやすいことが海外で研究をしていて面白いと感じる点の一つです。

- 鳥井先生の進めておられる専門分野の仕事内容、また生体を対象にしようと思われた背景について伺えますか?

私はリモデリングという生体力学応答、これは力が加わっているところに体が自然に変化、適応していく過程のことをいいますが、中でも特に心臓血管系のリモデリングに興味を持って研究をしています。例えば、今やっている研究の一つに心臓弁の病気の方の血液解析があります。石灰化して開きにくくなった心臓弁を持つ患者さんの大動脈内には、ホースの先を掴んだときに水が勢いよく出るのと同じように血液がジェット状に流れ込んでいます。ジェットが当たる部分の血管壁には過大な力学的負担がかかっているのではないかという想定のもとに患者さんの組織を調べてみると、その部位がとても薄く、かつ組織が弱くなっていることがわかりました。これはリモデリングが良くない方向に働いた例です。それが弁の置換手術によってどれ程解消されるのか、どういう患者さんにどのような弁を使うのが良いかを探ることを研究テーマの一つとしてやっています。

ここでは、リモデリングが生じている場所に力学的な力がどれだけ加わっているかをコンピューターシミュレーションにより定量化することが私の仕事になります。こうした解析を大動脈や冠動脈で行っていますが、将来的には患者さんの血管を繋ぎ替えることによる血流の変化を予測し、お医者さんの診断や治療計画におけるひとつの判断基準になり得るシステムを提供することが目標です。同じ流れで、医療機器の開発などにも関わっています。例えば、人工心臓弁の形状や弁の固さを変えたら術後の血流がどのように変わるかといったことをコンピューターシミュレーションで予測し、人工心臓弁の形状最適化のための開発の一端を担う仕事もしています。

計算工学(Computational Mechanics)では、対象とする物理現象の部分が例えば固体や流体、電子など異なりますが、解くべき方程式がわかっていればそれぞれの対象に対してコンピューターシミュレーションを行うことができ、対象によって課題が違います。心臓血管系では複数の物理現象が相互作用しており、私が学生時代に生体を対象に研究を始めた頃は、それら複数を考慮した計算をやっている方がまだ多くはいませんでした。何かわかっていないものにチャレンジすることが最初は魅力的に見えたというのがあり、今こうして工学とバイオ分野の境界領域で仕事を行うに至っているのかと思います。

- 学際的といえるこの研究分野で仕事を進める中で、他分野の研究者との協力をどのように行っていますか?

私の研究は、お医者さんや医療の現場の人と対話をしないことにはどうにも進みません。そこが面白い点だと感じています。現在の所属先であるユニバーシティカレッジロンドンは大学の近くに様々な病院があり、こうした病院との接点が強く、また大学としても病院と連携していく方針を打ち出しています。このため、研究協力者との対話がすぐにできるという最高の環境にあり、とても有難く思っています。また、もともとコンピューターシミュレーションの核となる計算手法の開発と流体力学を専門にしていましたので、それが非常に役に立っていることを感じます。例えば医用画像を見たときに、こんなふうに使えば新しい情報を導き出せるのではないかといった新しいアイデアが出やすいです。ですので、学際的な研究にも自分のコア技術や分野があるのは重要なことだと思っています。お医者さんの分野は閉鎖的でもあると思うのですが、一旦信用してもらえれば逆に次から次へと人を紹介してくれます。工学と医学というお互いの専門性の違いを尊重した付き合いがうまく出来ていますし、高名な先生でも自分の専門外のことについては他者から学ぶということに非常にオープンな方が本当に多いので、仕事がやりやすいです。

- 将来の展望についてどのように考えておられますか?

計算工学分野にはたくさんの良い技術や経験の蓄積がありますので、それをもっと医療の現場で使ってもらうというのが、今一番やりたいと思っていることです。幸いにも私は、お医者さんに直接接する多くの機会に恵まれ、自分の研究データを医学研究レベルではありますが医療の現場に使ってもらっています。これをもう一歩進め、臨床で使ってもらえるように研究を発展させていきたいと考えています。実際に以前の上司で、君のデータを見て手術の方法を変えようと思っているよ、と言ってくれた先生がいましたが、そんな意見を聞くとやりがいを感じます。今後は社会貢献という意味で臨床医学への貢献という点をもっと追求していきたいと思っていますし、バイオ分野と計算工学分野との学際領域のさらなる活性化に貢献できたらとも思っています。