欧州研究者インタビュー

デンマーク トランスレーショナル神経科学研究所(DANDRITE)/欧州分子生物学研究所北欧パートナー/オーフス大学 米原 圭祐 准教授
2016年5月16日


米原 圭祐 准教授
- DANDRITEで研究チームを立ち上げたきっかけや、海外で研究を進めることについてのお考えをお聞かせください。

DANDRITEに2015年初めに来るまでは、スイスのバーゼルにあるフリードリッヒ・ミーシャー生物医学研究所(FMI)のB. ロスカ教授の研究室で、6年間にわたり博士研究員として視覚神経回路の機能と発達に関する研究を行っていました。神経科学分野の研究に携わり始め、特に大学院時代に面白い発見をしてから、この現象を自分の得意な研究手法で解明し、自分の研究室で継続していきたいという思いは常にありました。そのため、FMIでの研究の後は、独立した研究室を立ち上げることのできる環境を求めて様々な研究機関にアプライしました。DANDRITEは、その中でもスタートアップ資金が最も良かった点に大きな魅力を感じました。私が行っている網膜研究は、特殊でかつ高価な研究機器が必須だったことや、実験マウスを使うなどの理由で常にまとまった研究資金が必要なのですが、DANDRITEから2百万ユーロ(約2.6億円)という非常に充実したスタートアップ資金が配付されるとのことで、結果としてここで自分の研究室を立ち上げることに決めました。現在はポスドク3名、テクニシャン1名が在籍しており、今年の春からは新たに博士課程の学生2名を受け入れて新しいプロジェクトも進める予定です。より良い研究環境を求め、かねてから思い描いていた夢の一つが実現した場所が、私にとっては偶然にもデンマークだったということになりますね。

- DANDRITEに移る際にERCスターティング助成金を獲得していますが、この制度についてどのようにお考えですか?

DANDRITEは、ERCスターティング助成金に応募するステージの人を募集していました。ERCスターティング助成金は、特に博士号取得から7年以内の若手研究者が欧州内で独立した研究室を主宰するための援助をする目的で設立されました。ボトムアップの形をとっていて、欧州域外の研究者も申請が可能なとてもオープンな助成金です。他にアプライした欧州の研究機関では、ERC助成金の獲得を応募の条件にしている所もありましたので、欧州ではその獲得に関して研究機関ごとに競っているようなところが見られます。感覚的にはNatureに論文が掲載されたというよりERC研究者が何人いるかという方が研究機関にとって重要なのではないかという気がしています。私はもともと申請をするつもりで準備していましたが、DANDRITEでは、若手研究者がERC助成金に応募する際に、申請書の書き方やインタビューでの発表の仕方について組織全体でバックアップしてくれる体制があります。この助成金のおかげで、研究室立ち上げ直後から優秀なポスドクを3人雇うことができました。

欧州には、ERC助成金だけではなく、若手研究者向けの助成金が多く、額も大きいように思います。デンマークに限らず欧州では、ポスドクが終わったらグループリーダーになるという意識が研究者にありますので、そこに支援しようという制度が生まれているのかもしれません。

- 米原先生がこれまでご自身の研究を深化させてきた中で、共同研究や国際連携が意味してきたことは何だと思いますか?

周りの人に流されず、自分が良いと信じる道を追求して、その環境にまずは身を置かないと始まらないという気持ちは常に持っていますが、その過程で連携や共同研究が必要であれば貪欲に取り入れていきたいと考えています。大学院時代に幸運にもノックインマウスで面白い発見をしてから、網膜にある方向選択性細胞という光の動きの方向を検出する神経節細胞の働きに興味を持ちましたが、この細胞の光応答の測定には特殊な顕微鏡を使った高度な技術が必要でした。また、より微細な条件で測定できるような手法も身につけたいと思っていました。その2つが同時にできる場所がFMIのRoska研でした。Roska先生からは、後継者を育てることも研究者の成功の一つだと教わるなど、ここでの経験により技術的な意味で研究の幅が広がっただけではなく、現在、チームを率いて研究を行う上で持つべき心構えにも大きな影響を与えてくれました。

オーフス大学の中には、協力できそうな専門家の先生がたくさんおり、近年発表された新しい実験手法であるゲノム編集や、バイオイメージングに関する学内勉強会が立ち上がりましたので、私もこうした勉強会に参加し、各自の経験を寄せ集め相談し合っています。最新の研究発表や知識交換、ワークショップでの研究者連携は非常に効果的だと思います。

- 今後の研究展望についてどのように考えておられますか?

方向選択性細胞が何をしているかというと、眼球運動の安定化に関わっています。視覚に依存した眼球運動反射がない遺伝病があるのですが、そのマウスモデルを研究したところ、網膜の方向選択性が失われていることがわかりました。今年1月に発表した最新の論文では、先天性眼振の回路メカニズムがわかりましたので、神経疾患の原因解明に向けた研究を継続し、原因遺伝子がどう動いて網膜の回路ができるのかという基礎的な研究を進めていきたいと考えています。

一方で、今後は研究室での研究の一部に病気の治療法に繋がるデータを提供できるような応用研究も取り入れていきたいと考えています。一つの研究室で基礎と応用、どちらも両輪でできるようになれば理想的だと思っています。これは第2、第3の夢として、実現に向けてこれからも追求していきたい、そんな風に考えています。