独立行政法人
 科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業(ERATO)
上田マクロ量子制御プロジェクト
English
TOP
プロジェクト概略
Members
Research
0.イントロ
1.相互作用制御
2.不確定性制御
3.強相関量子制御
4.理論
Contact
Links


「マクロ量子制御プロジェクト」について

Prof. Ueda

研究総括
上田 正仁

1. はじめに

2005年9月より科学技術振興機構(JST)戦略的創造推進事業(ERATO)として「マクロ量子制御プロジェクト」が発足しました。このプロジェクトの目的は、絶対零度近くに冷却された原子あるいは分子集団を形状可変な電磁ポテンシャルで超高真空中に孤立させた理想環境下に置くことで、原子(分子)間相互作用、原子―光相互作用、不確定性関係を高い精度で制御する方法を確立することにあります。そして、その基礎の上に原子数密度、温度、相互作用の強さなどの物質パラメーターとその量子状態および外部環境パラメーターを連続的に変化させる極限操作法を開拓し、マクロな量子系の未踏領域を系統的に探索することにあります。ここでは、研究の背景と本プロジェクトが目指す具体的な方向について述べたいと思います。

2. 研究の背景

2001年度のノーベル物理学賞は原子気体のボース・アインシュタイン凝縮(BEC)を実現した研究者に与えられたが、受賞理由に “for early fundamental studies of the properties of the condensates" と断り書きがあるのは、BEC研究が今後もノーベル賞級の成果をもたらすだろうという期待感を物語っている。BECは現在、世界の40を超える研究グループで10種類以上の原子種で実現されており、2004年にはヘリウム3以外で初の中性フェルミ超流動体がカリウム40とリチウム6で実現された。ここでは、フェルミ温度を単位として測った超流動転移温度が0.15に達しており、高温超伝導のこれまでの上限値0.04を上回っている。冷却原子を量子情報へ応用する研究も急展開しており、光の定在波の周期ポテンシャルに配置された原子は、自然放出によるデコヒーレンスが無視できる量子情報の理想的なテスト媒体であり、これを用いて量子ゲートの基本動作が確認された。

レーザー冷却された極低温原子集団は、温度、原子数密度、閉じ込めポテンシャルの形状と次元性、なかんずく原子間相互作用の強さと符号など、系の性質を決定するほとんどすべての物質および外部環境パラメーターを連続的に変化させられる、究極の人工量子物質である。研究者のバックグランドは、原子物理学、物性物理学、量子光学、量子情報と多岐にわたり、これら異分野の研究者間の交流からクーパー対凝縮と分子のBEC間のクロスオーバーの観測や、微細加工された半導体基板上に浮揚された冷却原子で量子情報処理を行うアトムチップの作製などの画期的な研究成果が生まれている。理論的にもサイクリック相などの新しい量子凝縮相、高速回転BECにおける分数量子ホール状態、引力BECにおける循環の量子化の破れなど、実験家を刺激する新現象が次々と予言されている。当該分野の研究者の現在の心理状況はBECでノーベル物理学賞を受賞したKetterle氏の言葉 “in even my boldest dreams I could not think of so many interesting studies” (Nature vol.434, p.430 (2005)) に象徴されている。

当然のことながら研究開発競争は激しく、研究遂行上要求される技術的ハードルは極めて高い。本プロジェクトは、異なる学問的背景を持った頭脳集団が、互いのアイデアや技法を融合・発展させつつ、物理、物質科学、量子情報の分野に、系を特徴づけるパラメーターを独立かつ連続的に変化させるという全く新しい研究手法でアプローチすることで、マクロな量子物質の未踏領域を系統的に探索することを目的としている。

3. マクロ量子制御プロジェクトのコンセプト

超低温に冷却された原子・分子の持つ物質パラメーターを自在に制御できる可能性を最大限に引き出すため、「マクロ量子制御」プロジェクトでは、物質と光の量子状態の制御技術を極限的レベルにまで高めることで物質固有のパラメーターという制約を除去し、大自由度量子系の未踏の研究領域に挑む。この目的のため、プロジェクトは、概念図に示されているように(1)原子間、分子間、原子分子間およびこれらと光との相互作用の制御、(2)原子の並進運動および内部状態と測定過程における不確定性関係の制御、および、これらの技術の(3)強相関冷却原子系への応用、の三本柱から構成される。

本研究は、物質パラメーターの系統的制御という観点からは材料科学や計算物理に直接的なインパクトをもち、他方、量子状態および不確定性関係の極限制御という観点からは量子情報や素粒子の標準理論の検証などの精密測定への応用が可能である。高温超伝導では、その発現機構の解明が最大の課題であるが、そのためには相互作用の強さ、スピン、キャリアー充填率、次元性などを系統的に変化させて調べる必要がある。材料物質科学におけるこれらの困難な課題を、我々の系ではレーザー強度を変化させるだけで克服できるだけでなく、それらのパラメーターを時間的に変化させることができる。これらの制御が可能な光格子中に冷却フェルミオンをロードすることにより実現される超流動体の研究から、強相関系の中心的問題を解明する知見が得られるものと期待される。原子レーザーや分子レーザーの研究は、原子レベルの固体表面の描画や極低温での同位体に依存した化学反応など画期的な科学技術上の発展をもたらすであろう。量子情報分野の研究では、多キュービット系へ拡張する課題に直面している。ここでは原子間相互作用や不確定性関係の操作技術は大きな威力を発揮するであろう。冷却セシウムを使ったアナポールモーメントの観測の成功など、冷却原子を使った極限精密測定技術は素粒子実験を補完するものであり、ここでも、相互作用と量子状態制御は本質的な役割を果たすものと期待される。

本プロジェクトは3つの実験グループとそれをサポートする理論グループにより構成される。 第一のグループは、極性分子を1mK以下に冷却し、極性分子間の相互作用の強さと符号を制御することにより非等方でかつ長距離相互作用するマクロな人工量子物質を作り、そこで発現する新現象を探索する。

第二グループは、量子力学的不確定性関係を制御することである。特に、測定の反作用を制御することにより測定後の原子の量子状態を所望の状態へと収縮させたり、外界との相互作用により変化してしまった量子状態を修復する研究を行う。

第三のグループの主目標は、これまで物性物理の実験分野で相互作用の強さ、キャリアー密度、不純物の影響、および、次元性の効果等を明確に切り分けることができなかったためにその本質が解明できなかった問題を、光格子中の原子という人工量子物質を用いて解明することである。

4. おわりに

絶対零度近くに冷却された希薄な原子集団は、温度や原子数だけでなく、原子間相互作用の強さとその符号(引力か斥力か)を高い精度で変化させることができる。その結果、物質はいわば個性を失い、物質固有の性質から解き放たれた物性の研究が可能になる。

マクロ系の量子物質は大自由度系であり、実験の助けを借りることなく理論的な第一原理計算だけで新現象を探索することは極めて困難であるである。他方、実験でも様々な要因が複雑に絡み合っているために、我々が興味ある現象の発現にとって何が本質的なのかを系統的に調べるためには莫大な投資を必要とする。本プロジェクトでは3つの実験グループと理論グループがシームレスに協力し合うことにより、未踏のパラメーター領域を系統的に研究するという野心的な目標をあえて設定した。この目的を達成するために、関連する皆様のご支援をお願いしたい。


ページ先頭へ戻る


Copyright(c) 2006 Ueda Macroscopic Quantum Control Project, ERATO, JST